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お供え泥棒と名前泥棒  作者: 由遥
こんにちは異世界
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第九話 大事な話。その前振り

 食事が終わって、案内された客室。


 「うわあベッドだ 」


 手始めにベッドにダイビングすると布団を抱き締めてごろごろ転がる。

 ああ、ふかふか。枕もある。今日はこれにくるまって眠れる!

 1日屋外で寝ただけなのに、他愛の無いベッドがやけに懐かしく感じる。それだけここに来るまでとんでもないことばかりだったということかもしれない。


 「うへへへへっと」


 堪能終了。


 「いやー楽しかった 」


 「よかったね 」


 もうひとつ、サイドテーブルを挟んで置かれたベッドにはティフがいる。おっさんことアベラルドさんはティフの分もベッドを取ってくれていた。


 「あの人、アベラルドさんだっけ? 良い人だね」


 布団を抱き締めたまま言う。もうこれ離したくない。


 「ん?そうだね 」


 「ねえティフ、ここって安全かな? 」


 「なにが? 」


 「今晩、ここで熟睡しても平気かなって思って」


 この世界ってどれくらい危険なんだろう。そこまで治安が悪い感じじゃなさそうだけど。


 「んー……それは問題ないと思うけど。さっきのおっちゃんがいきなり殺しに来るとかもないだろうし。あ、鍵は掛けた方がいいよ 」


 「ラジャー 」


 「ミオって変な所で用心するね 」


 「変なとこ? 」


 「うん。店に来て出された物そのまんま食べてたし。それなのに部屋に入って急に警戒し始めたからさ 」


 ううむ、反論できない。


 「それはなんというか、ここに来てやっと警戒できるくらいに余裕がでてきたから 」


 あのご馳走を前にしたらなけなしの注意も消し飛んだ。食事におかしな薬が入っていたらどうしよう。もう遅いけど。


 「ティフ、お腹痛くなったりしてない? 」


 いや、まずお腹があるのか?


 「平気だよ。薬とかは入ってなかったと思うな 」


 ばれてたか。


 「もう下手に警戒するよりどっしり構えてたら? 」


 「そうだねえ。慣れないことはするもんじゃないや 」


 ごろりとベッドに横になる。枕ふかふかー。


 「うひゃー幸せ」


 宿の外見も他の店より立派そうだったし、あの人良いとこ泊まってるんだなあ。なんで追いかけられてたんだろう。ルール違反とか言ってたけど、やばい仕事に手を出したとか?


 「ティフはアベラルドさんのとこに行くんだっけ? 」


 「どうしよ。めんどくさいや 」


 「行ってきなよ。首長くして待ってるよ 」


 「こんな風に? 」


 ティフが細長く伸びた。違う違う。そんな物理的なものじゃない。


 「物の例えだよ 」


 こっちの世界はそういうのないのかな?


 「ミオはー?一緒に来る? 」


 「私は止めとく。ここお風呂借りられるみたいだから、ちょっと行ってくる 」


 2日入らないと少し気になる。服の替えもないからなあ。

 ホテルなんかだと寝巻きくらいは貸してもらえたけど、ここはさすがに無理かな。一応受付で聞いてみよう。


 「はいよー。また後でね 」


***


 快適だ

 ああ快適だ

 快適だ


 唐垣風呂上りの一句。


 「悔しい 」


 風呂上りこそ浴衣を着ればいいのに。元々そういう用途の服だし。でも薄手のシャツと短パン楽だ。まさか着替え一式貸してもらえるとは。


 「和服を日常的に着てたわけじゃないしなー 」


 やっぱり洋服の方が楽かもしれない。

 和服キャラ崩壊の危機が訪れている。


 うーんうーんと唸りながらベッドの上でごろごろしていたら「ただいまー 」とティフが帰ってきた。


 「あ、おかえり 」


 ドアと床の間から染み出すように部屋に入ってくる。

 スライムそのまんまでうろうろしてたのかな。

 寝そべったままなのも何なので身を起こす。


 「やー、参っちゃったよ。あのおっちゃんしつこいよ 」


 愚痴っぽく言いながらこちらにやってくる。


 「そりゃまあ、気になることもあるでしょ 」


 「知らないよ。根掘り葉掘り聞いてきてさあ。僕は秘密主義なのに 」


 「ティフの生まれはどこ? 」


 「シーへヒムの実験所 」


 おかしい。即座に返事が返ってきた。


 「……秘密主義じゃなかったの? 」


 「相手に寄るってことで 」


 例外ってことか。嬉しいじゃないか!


 ティフは体の大半を私の影の中に収納済みで、程良い量が膝の上でぷるぷる揺れている。

 私は後ろに倒れこんだ。掛け布団に身が沈む。このまま寝れそう。


 「明日からどうしようかな 」


 真面目に身の振り方を考えないと。……ティフもいつまでも一緒にはいてくれないだろうし。ここまで色々お世話になり過ぎなくらいだ。爪箱ひとつの代金としては破格だろう。


 なんとかして仕事を探さないといけない。そんなに上手く行くかな……。いざとなったら浴衣を売ることも考えないと。背に腹は変えられない。言葉は通じるみたいだから本当に良かった。


 「ミオ?おーい、ミオー 」


 ティフの声に慌てて起き上がる。


 「あ、ごめん。何だろ 」


 「んー、大丈夫?具合悪い? 」


 「ちょっと考えごとしててただけだよ」


 「ならいいんだけど。これ何なのか気になってたんだ 」


 そう言ったティフの中から浮き上がってきた物を見て、私は思わず声を上げた。


 「えっ、それ 」


 「ミオがくれた箱の中にあったやつ。何かの道具? 」


 「あー、うん。まあ、道具だね。箏……楽器を弾くのに使うんだよ 」


 指輪のような黒い輪、そこに差し込まれた白くて薄い、小さな長方形の板。


 「ミオは楽士だったの? 」


 「ううん、違うよ 」


 何故だか職を誤解されてばかりだ。こっちの世界には学生という職業自体珍しいのかもしれないけど。


 「これは爪っていうんだ。こうやって指に嵌めて使うの 」


 爪を手に取るとひょいひょいと利き手に嵌める。使い込んで馴染んだ爪は、それぞれの指にぴったり嵌まる。


 「本当の爪とは逆なんだね 」


 「そうだね。この爪で弦を弾いて音を出すんだ 」


 こう、と言って親指で糸を弾く真似をする。


 「へえ。この爪って何で出来てるの?動物?植物? 」


 「へ?えーと、動物かな。象牙って言ってね、象っていう動物の牙から作ってあるから」


 「ああ、なるほどね 」


 「何が? 」


 「なーんか箱の方より体に馴染むなって思ったんだ。動物から出来てるからなのかな」


 野菜より肉の方が吸収早いみたいな?そういうもんなのかな。


 まあいいや。これごとティフにあげたんだし。


 「はいこれ 」


 「あれ?いいの?僕に渡しちゃっても 」


 「元々ティフにあげた箱の中身だしねえ。楽器も、もう弾くこともないだろうし 」


 箏が存在してるかも怪しいこの世界。持っていても使い道がない。ん?象牙って高いって聞いたけどどうなんだ?


 「箱と一緒に持っててくれればいいよ 」


 売って行方知れずになってしまうよりは、知り合いが持っていてくれた方がいい。


 「じゃあ預かっとくよ。必要なら言ってね」


 「うん。お願い 」


 会話がひと段落すると、途端に眠気が襲ってきた。下手の考え休むに似たりだ。今日はもう休んでしまおう。


 「ティフ、私もう寝るけど、明かり消してもいい? 」


 「明かりは僕が消しとくから。ミオは休みなよ 」


 「……うん、ごめん。ありがとう 」


 言うが早いか、すぐさまベッドに倒れこむ。重い体で何とか掛け布団に潜り込むと、私の意識はすぐに眠りに落ちていった。


***


 「い、いいんですか。朝ご飯までご馳走になって…… 」


 席に着いた私の前には焼きたてのパンと温かいスープが。いかん、涎が出そうだ。

 昨日と同じように向かいに座っているアベラルドさんは既に食事を始めている。


 「おう、冷めねえ内に食っちまいな 」


 アベラルドさんはそう言ってニヤリと笑う。む、来るか。


 「ちょいと話してえこともあるんでな 」


***


 時間を少し遡って。


 翌朝、目を覚ました私はベッドの上で何度目かの確認をしていた。

 見覚えのない天井。自室でない部屋。窓の外には見慣れない景色。行き交う人の少し古めかしい服と日本人離れした容貌。

 それと、


 「おはよう、ティフ 。……起きてる?」


 「おはよう。うん、起きてるよ 」


 私の影から出てくるスライムのような謎生物。

 ああ、ここはやっぱり知らない世界だ。


 のろのろとベッドから降りる。ぺちゃ、と少し冷たくて柔らかい感触。机のうえに畳んだ肌襦袢を手に取って考える。

 着替え、しようかな。

 


 「手伝おうか? 」


 足元から声がする。この2、3日ですっかり慣れてしまった。苦笑しながら返事を返す。


 「後で頼むよ 」


 ティフの手助けを受けて浴衣を着る。なんだかこれでやっと私、みたいな感じがする。よかった、和服キャラはまだ健在。


 昨日あれだけ食べたのに、私のお腹は空っぽだ。お腹空いたけど無一文だし。宿も今日引き払わないと。うーん、本当に先行きが不安だ。


 「ミオー。お腹空いたしご飯食べに行こうよ 」


 「そうしたいのは山々だけどね、お金がね…… 」


 待てよ、もしかしたら一泊分の料金には翌日の朝食分まで含まれているのか?


 「あのおっちゃんが奢ってくれるってさ 」


 おっちゃんて、アベラルドさん?何で?

 驚いて目を丸くする。いや有難いけども。


 「なんかね、話したいことがあるらしいよ」


 話したいこと。ティフに聞いて私に話す。成る程、バランスが取れている。何のバランスかは知らないけど。


 「へえ。何だろ 」

 

 ともかく朝ご飯が食べられるなら是非もない。甘えさせていただこう。ついでに働き口の相談とかしようかな。


 鏡台の前で髪を整えて準備完了。部屋を出ようと、ドアノブに手をかけたところで立ち止まる。

 言うか言うまいか悩んで、


 「ティフ、あのさ。ご飯食べ終わったら、話があるんだ 」


 あーあ、言っちゃった。

 なんというか有耶無耶にしておきたかった部分もあるんだけど。そうもいかないし。


 「いいよー」


 了承の返事を聞いて廊下に出る。そこには同じように朝食を取るために食堂に向かう人達がいて、その中に混じって私たちも移動し始めた。

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