第八話 得体の知れない子供たち
今現在アベラルドがいるのは右と左どころか上下も分からない暗闇の中。先程、黒い粘液の波に飲み込まれてから体内時計で数分。飲み込まれた直後に聞こえた 「暴れると危ないので、大人しくしていてくださいね 」という言葉に従い、胡座をかいて座っている。
最初に注意を促されてから、甲高い声も子供の声も聞こえない。いつまで続くのか分からないこの状況に、下手に下手を重ねたのでは、と加勢の申し出を受けたことを後悔し始めた頃。
「着きましたよ 」
という声が聞こえ、彼の眼前に夕闇に沈む街の景色が広がった。
日はとうに沈んで、家々からは灯りが漏れる。アベラルドの横には東方の服を着た子供。2人は民家と民家の間に座っていた。アベラルドは胡座で。子供は膝を抱えて。人通りが少ない場所を選択したのか、突然現れたであろう彼らを見咎める者はいなかった。
「はい到着です 」
そう言って子供が立ち上がる。
こともない、といった調子にアベラルドは呆気にとられることしかできなかった。
***
「ところでなあ、お前さんたち一体何者だい? 」
「はいももおむもむもも 」
何者と聞かれましても。
「食ってからでいい 」
失礼しました。詰め過ぎて口からパスタが出る所だった。
場所は変わって街の宿屋兼酒場。宿屋ハムハンという名前らしい。
約束通りに夕飯を奢ると言って連れてこられたのがここだった。おっさんが泊まっていた宿だとか。
酒場ということもあるのか店内は賑わっている。
「ええと、それでなんでしたっけ? 」
「茶化すなよ。おめえさんたちが何者なんだいって聞いてるんだ 」
「何者かと聞かれても 」
私の場合は人ですとしか言いようがない。ティフはどうだか知らんけど。魔族だっけ。
それにお前さんじゃない。たち、と来ている。質問に含まれるのは、私だけじゃない。
下手なことは言えないよねえ。
「私に答えられるのなんて、名前くらいしかないですよ 」
それもさっきの自己紹介で言っちゃったし。どうも唐垣澪という者です。おっさんはアベラルドというそうな。名前聞き取るだけで精一杯だった。ティフは名乗る以前に出てこなかった。
私としても、そっちがなんのルール違反をしでかしてあんなことになったのか知りたい。
「まあな、正直嬢ちゃんというよりは、その机の下にいる奴に聞きてえな 」
おっさんは、テーブルの下から伸びて鳥の唐揚げが乗った皿を運んでいく黒い触手を見ながら言った。
「あ、唐揚げ一個ちょうだい 」
なんだ。ハナからティフ狙い。
まあそりゃそうか。私なんて服がちょっと珍しい程度のガキンチョだろうし。
「僕のこと聞きたいの? 」
テーブルの下に引っ込んだ皿と触手はすぐに戻ってきた。皿は付け合わせの野菜まで綺麗さっぱり消えていたけど。
「気になって気になって仕方ねえよ。ぱっと見スライムの変種かとも思ったがな。喋るスライムなんて聞いたこともねえし、あんな真似するなんて尚更ねえだろ 」
あんな真似?あれか、包み込んで影に入るやつか。
ティフも普通に話してるけど周りの人は気にした風でもないし。また何かの魔法、じゃなくて魔術かな。
「スライムじゃないからねえ」
「だから聞いてんのさ。何者だ?ってな」
「僕はティフだよ」
「名前か?それだけじゃ納得できねえよ 」
ここはおっさんとティフに任せてよさそうだ。私は手付かずのサラダにフォークを伸ばした。生野菜がシャキシャキしてて美味しい。櫛形に切られた赤い野菜はどう見てもトマトです。味もトマトですありがとうございます美味しいです。不思議だなあ。
「それをここで話すのはちょっとねー 」
「どこならいいんだよ 」
「後でそっちの部屋に行くよ。僕らの分も部屋取ってくれるんでしょ? 」
あーそうだ。酒でも宿でも付けてやるって言ってた。やったー布団だ。いやベッド?
「ああ、そりゃ構わねえよ 。元からそのつもりだしな 」
「じゃあその時で良いにしてよ。僕まだ食べ足りないんだから 」
私は積み上がった空の皿を見る。傍目には私が食べたように思われそうで嫌なのだが、全てティフが食べた分だ。高さは1メートルに届くかもしれない。
「まだ入るの? 」
「育ち盛りだからね 」
何歳だよ。