第七話 わたしのかんがえたとうそうけいかく
私が立てた計画というのは極めて簡単。極めすぎて御都合主義という言葉すら生温いお粗末なものだ。
あの2人が争っているところにパンパカパーンと登場、どちらかに加勢してそのお礼にご飯をご馳走になろうというものだ。小学生でも6年生ぐらいになれば、まだマシな計画を練るだろう。
名付けるなら 「私の考えた最強計画 」とでも言おうか。ぼくのかんがえたモンスターと同程度。
「そのしぶとさは確かに賞賛に値するな。だがもう終わりだ 」
綺麗な人は声も綺麗だな。おっさんの首に剣を添えているのはさっきの美人さんだった。まあこれで違っていたらそれはそれで驚きだ。いつの間にか違う組み合わせを追いかけていたことになる。
「首を落としてしまえば証言ができないから殺しはしない。安心しろ」
おっさん何をやらかしたんだ。首を落とすとかグロいグロい。年齢制限ものです。
「何度も言ってるがね、生憎と心当たりがねえんだよ 」
おっとここでおっさんが口を開きました。何か事情があるようです。それもそうか。何もしてないのに剣を突きつけられては堪らない。
「組合の許可が必要な品を勝手に販売しただろう。それが理由だ 」
ふむふむなるほど。原因はルール違反と。それで首落としちゃうのかこの世界。おっかない。
美人さんの方は、加勢は必要なさそう。おっさんの方にする?どうしようか。目の前で首ちょんぱされるのもなあ、嫌だし。
「あれについてはギルドからの依頼だって言ってるだろうが 。報告が遅れたことは謝罪するが」
「ああ、そうだな。ギルドにも何かしらのペナルティはあるだろうな 」
ふむん?どういうことだろう。それに、なんだか会話が噛み合ってない気がする。
まあいいや。決まったし。
よし、行くか。
「あの、すみません 」
2人に向けて声をかけると、ぱちんと泡の弾けるような音がした。それはティフがかけてくれた術が消えた音だとなんとなく理解する。
知らない人間が突然現れた。そんな驚きは、目の前の2人がこちらを見る表情からも十分に分かることだった。
2人の視線に緊張しながら口を開く。なるべく余裕の雰囲気を出せ。へらへら笑え。相手が呆気に取られている内に。
「ええと、ですね。夕ご飯を奢ってくれる方に、加勢しようと思うんですが」
この計画の問題点は、失敗したり予想外のことが起きた場合について何も考えていない所だろう。思いついて2秒で実行に移したわけだし、そこまで気が回らなかった。何かあったら逃げればいいさと完全にティフ頼みだ。
「どうします? 」
さてどうなる。
***
アベラルドは困惑していた。
自警団の騎士崩れに追われること丸一日。逃げ切ることも叶わず追い詰められた。
アベラルド自身は何も疚しい所はない。向こうが騒ぎ立ててくる容疑とやらも、てんで見当違いなものだ。公の場に出れば間違っても罪には問われないだろうが、それをしなかったのは、相手に付き合う馬鹿らしさと単にその手間を惜しんだためだ。
しかし、
(今回ばかりは読み間違えたなぁ )
如何に自警団の相手が面倒でも、2日や3日無駄にしようと、身の潔白を証明しておくべきだったと今更思う。
仕方がないので、大人しく連行されようかとも思っていたのだが。
いつの間にか、目の前にもう一人。東方の服が目を引く子供が、夕飯を奢るなら加勢すると言う。目の前に突然現れた驚きも手伝ってアベラルドも自警団側も困惑して言葉が出なかった。
「いやまあ。その、加勢するといってもですね、どっかに逃がすくらいしか、できないんですけど 」
そう言って困ったように笑うと、チラリとアベラルドを見た。
(なんだそりゃ。逃がすなんて、俺にしか意味ねえぞ)
自警団の側はこのままアベラルドをしょっぴいて行けばいい。逃げる必要性なんてどこにもないのだ。それに、ここからどうやって逃がすというのか。
しかし、
「晩飯だけなんて言わねえ、酒でも宿でも付けてやる! 」
その提案はアベラルドにとっては十二分に価値がある。
「よっし、ティフ! 」
子供が意気揚々と何か叫んだ。
アベラルドは首に添えられた剣の腹を裏拳で弾く。相手の意識がそちらに向いた隙に、子供の方に飛び出した。
「なっ!?おい貴様! 」
慌てた自警団の声に笑う。顔を見れないのが残念なくらいだった。
アベラルドが3歩目を踏み出すと、ズボッと地面に足が沈む。
「っ!? 」
下を見ると、黒い粘液のような物が広がっている。
(なんだこりゃあ!?)
もしやとんでもない悪魔か化物の誘惑にでも乗ってしまったか。子供に視線を転じれば「問題ないです 」と笑っている。
「はい1名様ごあんなーい。で、どこ行く? 」
子供のような甲高い声。しかしそれは、彼の目の前にいる子供ではない。
「そうだなあー。取り敢えず、めっちゃくちゃ遠いとこ! 」
彼の眼前にいる子供も、異国の服に包まれた体を既に膝上まで黒い粘液に沈めていた。
子供はアベラルドと目が合うと、
「大丈夫です。そんな遠くまでなんて行けませんから 」
と、小さな声で言った。
その後ろからは黒い波が落ちてきていて、アベラルドと子供を容赦無く飲み込んだ。