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お供え泥棒と名前泥棒  作者: 由遥
こんにちは異世界
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第五話 道中お色直し

 とりあえず、人がいるところに行くことにした。


  どうもこの墓場、町から大して離れていないらしい。敷地から出れば道があったし、割と近くに建物の集まりも見えた。


 「ここって、昨日の路地裏からどれくらい離れてるのかな」


 「そんなに離れてないよ」


 「あそこに見えてる町じゃないよね?」


 これから目指す町を指差す。あの六人組とはち合わせするのはごめんだ。


 「違うよ。僕らは反対の方向から来たから」


 「そっか」


 しかし油断大敵。気をつけよう。


  お世話になった墓場に別れを告げて歩きだす。この一歩が未来へと続く一歩なのだ。なんちゃって。


 ぺちゃぺちゃとスライム、もといティフの上を歩く。


 「あのさ、歩くとき下にいてくれるのは嬉しいけどさ、嫌だったら別にいいんだよ? 」


 ティフのお陰で自由に歩けているようなものだけど、しかし歩くときにずっとティフを踏みつけるのは申し訳ない。早急に靴を手に入れなければ。


 「別にいいよ。退けって言われても困っちゃうし 」


 「困る? 」


  「いま、ミオの影の中にいるから 」


 「へえ」


 おい初耳だぞ。


 「ちょっと魔力すっからかんでね。ここなら力を使わなくていいんだ 」


 「そうなの? 」


 「そうなのさ 」


  にょ、とスライム状の触手が一本伸びてきた。パタパタと先端が動く。


 「僕らはこっちにいるだけで魔力を消費しちゃうけど、ここなら平気」


 「僕ら?」


 「僕みたいな魔族のこと」


 「いっぱいいるの?魔族って」


 「あれっ。見たことない?」


 「ないなぁ……。私の、私がいた世界には、魔族はいなかった……と思う」


 いたらびっくりだ。


 「ふうん」


 そのまま双方無言。少し歩いた後、私が口を開いた。


 「そういえばさ、人間以外の種族も沢山いるって聞いたけど、どれくらいいるの?」


 「さあねー。細かい種類まではわかんないや」


  「あー、種類の数じゃなくて人数。街中歩いてれば普通にいる感じ?」


 「場所によるかな。ある程度大きい町ならいると思うよ」


 「そっかあ」


 「見たいの?」


 「ちょっとね」


 ***


 またどちらも黙って、黙々と歩く。


 「ん? 」


 遠くに何か影が見えた。土煙りをたてながら近づいてくる。少し経って、どうやら二頭立ての馬車らしいと気づく。

 そのまま歩いていると轢き殺されそうなので、少し道から外れて草の中を歩いた。ティフ万歳。砂利道でもどこでも歩ける。

 

 「ねえ見てティフ、馬車だよ馬車。馬だー 」


 「どうしたの急に。そんなに面白いかな?」


 「面白いっていうか、珍しいなあ 」


 「ただの乗り合い馬車だよ 」


 いいなー。私も乗ってみたい。


 馬車は割とのんびりした速度で走っている。ずっとガン見していたせいか、すれ違うとき、乗客の多くがこちらを見ていた。目につくのは色とりどりの髪の毛。目の色までは見れなかったけど、彫りが深い、と言うのかな。顔立ちも日本人とは違うような。西洋の人とかあんな感じじゃなかろうか。


 大分町に近づいたせいか、その辺りからぽつぽつと人とすれ違うようになった。大体の人は馬を連れている。荷物を乗せるか、荷馬車を引かせるかだ。自分で馬に乗る人は少ない。最初はいちいちはしゃいでいたけど、その内慣れた。

 その中で、気になることがあった。


 「なんか見られてる? 」


 すれ違い様にちらっと視線が来る、気がする。自意識過剰ぷぎゃーと言われてしまえばそれまでだけども、気になるものは気になるのだ。


 「その服じゃない? 」


 ティフに言われて自分の格好を見直す。

盛大に着崩れした青地の浴衣。崩れた帯。ぼっさぼさの頭。ついでに裸足。

 道中見かけた人達はみんなシャツにズボンやスカートといった洋服だったことを思い出す。足元はサンダル、靴、ブーツと色々だったけれど、ちゃんと何かしら履いていた。


 「……目立つかな? 」


 「うん 」


 なんてことだ。「おぅ…… 」と呻いて道端に蹲る。そうだった。色々と超展開過ぎて気に留めてなかったけど、私の服浴衣だったよ。ティフのお陰で気にならなかったけど裸足だよ。昨日の今日だけど気づいてもよさそうなものなのに。

 どうしようか。町はもうすぐ近くなのに、思わぬ問題が出てきたものだ。変に目立つのは絶対に避けたい。最悪あの六人組と遭遇しかねない。顔は覚えなくても服を覚えられている可能性はある。ううむ、石ころ帽子が欲しい。


 「町で普通の服と取り替えてもらったら?それ、ぱっと見良い布だし、高値で売れるよ 」


 「んー……。それは嫌だな。逆に脱ぎたくない。脱がない 」


 「そこまで言うの?」


 もう浴衣をアイデンティティにしてしまおう。浴衣といえば私、私といえば浴衣。みたいな。そうと決まれば善は急げ。


 「ティフは魔法を使えるの?」


 「魔法は無理だけど、魔術ならものによっては使えるよ」


 魔法と魔術。その違いは今は置いておこう。


 「じゃあその魔術で、私の姿を見えなくすることはできるかな?」


 「透明化?」


 「透明っていうより、周りが私を気にしなくなるような」


 「できるよー」


 「ねえティフ、頼みがあるんだ」


 「大体予想つくけど何?」


 「その魔術を私にかけてくれるかな?」


 「いいよ」


 「やったー。ありがとう」


 「でも人目に付かないところの方がいいかな」


 「あいあいさー 」


 道を外れて木の影に入る。今なら道に人もいないし、問題ない。


 「あ、待って 」


 はたと気づく。折角だから着崩れも直してしまおう。髪はおろしたままでいいや。


 「ごめん。ちょっとこっち向かないでね 」


 帯を解くと軽く畳んで置く。帯飾りなくしてなかった。嬉しい驚き。胸紐と腰紐を解いて浴衣を脱いだ。


 「あれっまたその服着てる」


 肌襦袢のことか。


 「おい見んな 」


 「手伝ってあげようか? 」


 「いまはいい 」


 「必要なら呼んでね 」


 触手がうねうねした後、影の中に引っ込んだ。なんか信用ならん。


 「マジで見るなよ 」


 釘を刺してから肌着の前を開ける。新鮮な空気が肌に触れた。そういえば昨日からシャワーも浴びてないし着替えもしてない。それどころじゃないのは分かっているけど。

 この先も服はこれ一枚、というのは困る。少し考えただけでも問題は山積みだ。


 「……ん、ねえ、この世界に季節はあるのかな? 」


 裾の長さを調節しながら尋ねる。今のところ、特に暑いとか寒いとかはないけども。基本的に快適。けど気になるところだ。春夏秋冬、あるのかないのか。


 「あるよ。今は春の終わりだよ 」


 「あ、そうなんだ。次は夏? 」


 「そうだね 」


 気合をいれて腰紐を締める。この辺は同じっぽいなあ。夏かー。トウモロコシとかトマトとか。


 とりあえず寒さに震えることはなさそうだと一安心。衣紋の開きを調節。


 「……指3本、と 」


 「出番まだ? 」


 「まーだだよー 」


 そうこうしている間に浴衣の方は完成。後は帯だ。半幅帯だし作り帯じゃないから一人じゃ厳しい。


 「ティフ出番。手伝ってくれるかな 」


 「オッケーオッケー任せなさい 」


 結果、スライム凄い。うわーやりやすい。


 「うん、それでその端引っ張って 」


 「はいはーい 」


 文庫結びってこれで合ってるのか自信ない。けどこれしか出来ない。

 

 「よし。じゃあこの結び目後ろに回してください 」


 「いくよー 」


 背骨の上に結び目の中心が来ていることを確認。


 「できたー。ありがとう 」


 唐垣澪完成である。

 コーリングベルトや帯板なんかの小道具がないもんだから所々甘い。けど裾の長さは丁度いいしおはしょりも真っ直ぐ。上出来だ。あの道具の数々を使いこなせる自信もないし。


 「その服っていつもそんなに時間かかるの? 」


 「いやあ、もっとかかる場合もあるけどね 」


 本格的に着付けるなら小道具の数もそうだけど何より本人の負担が大きい。まともに息が出来ないくらいまでぎゅうぎゅうに帯を締めるのだ。今は軽く締まっている程度だから苦しくない。


 「これが私の基本形態です 」


 腰に手を当てて宣言する。

 

 「そうなんだ 」


 いま決めた。


 「浴衣を着ることによって心が落ち着く。背筋が伸びて姿勢がよくなる。帯を締めることで気持ちが引き締まる。他にも数え切れないくらいの効果が 」


 「いいから早く行こうよ 」


 「そだね 」


 いざ再出発。


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