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お供え泥棒と名前泥棒  作者: 由遥
蜘蛛がいる屋敷
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第四十八話 仲間が増えたよ

 自分が見ている前で、年端もいかない子供が倒れたらどうするか。

 善良な一般市民なら大体助けようとするんじゃないだろうか。


 けれどもし、その子供が口が悪くて腹立たしいガキだったら?


 まあほっとかないよね。


 「大丈夫ですか?」


 よく聞く常套句だけど、これは意味の無い問いだと思う。だって明らかに大丈夫じゃない。目はきつく瞑ってるし呼吸も苦しそうだ。


 少年の肩に触れてみる。こういう時は揺すっちゃいけないらしいので、軽く押すだけに留めておいた。


 「……ぅ」


 お、反応あり。ということは意識もあり?


 しかし彼は小さく呻き声を上げただけでピクリともしない。意識があってもなくてもこれはまずい。もはや私の手には負えん。最初からだけど。


 さてどうするか。ここに寝かせとく訳にもいかないし。

 気は進まないけど仕方ない。


 「18番さん呼びますか」


 この子は18番さんのことを知っているらしいし、一緒ならすぐ肉塊にはされないだろう。


 口に出したのは、私自身の後押しと、確認の意味もあった。呼んじゃうけどいいかなみたいな。この分だといいともーなんて返事は期待できないが。


 ところがどっこい。


 「止めろ」


 「わっ」


 素で驚いた。


 「……止めろと、言って、いる……」

 

 少年は切れ切れながら言葉を紡ぐ。その目はいつの間にか薄く開き、震える腕を使ってち上がろうとしていた。


 「無理ですよ。腕ガクガクじゃないですか」

 

 「……あいつは、呼ぶな」


 「18番さんですか?」


 「あいつを呼んだら死ぬ」


 どっちが。


 慄く私をよそに、物騒なことを言った少年は尚もどこかへ向かおうとする。ちっとも動いてないが。


 「あーもう、分かりましたよ。18番さんは呼びません。それであなたはどこへ行こうとしてるんですか」


 限界の向こう側とかならやめた方がいいぞ。


 「……おい」


 「はい?」


 なんじゃワレ。大体予想つくけど。


 「運べ」


 「はいはい」


 仰せのままに。

 もうどうにでもなーれ。18番さんが出てきたら囮にしてやろう。


 「じゃあ失礼します」


 少年の横に移動して、片膝を立ててしゃがんだ。胴体と胸の辺りに手を入れて抱え込む。

 

 「いきますよー。せーの、」


 よっこら軽っ。


 なにこの子、尋常じゃないくらい軽い。見た目と実際の重さが吊り合ってない。片腕でも余裕で運べる。

 いつかの忍者さんじゃないけど、ちゃんとご飯を食べているのか疑わしい。


 「移動しろ。部屋に、入れ……どこでも構わん」


 「部屋ですね。……って沢山ある」


 今更気づいたが、玄関から随分離れていた。ホールをほぼ横切っている。

 壁で見えなかった奥を覗くと、まちまちな間隔を開けて幾つものドアが並んでいる。


 「どこでもいいんですか?」


 「……早くしろ」


 大人しく抱えられてはいるが、口のきき方は相変わらずだ。この状態で18番さんを呼ばれるとか考えないんだろうか。


 「それじゃ、おじゃましまーす」


 キックしてもしもーし。

 私は1番近くにあったドアを蹴り開ける。ぱっと見、他のドアより古そうだからいけるんじゃないかと思ったら案の定いけた。


 部屋の中を窺う。中に何かいる気配はない。気配なんて分からないが。


 「この部屋、入っても大丈夫ですか?」


 「早くしろ……」


 素早く部屋に入り込んでドアを閉める。

 壁に背を預けて大きく息を吐いた。


 こちら唐垣。潜入に成功した。


 部屋に詰め込まれた家具の隙間を縫って進む。

 あ、ラッキー。ソファ発見。


 「よ……っと」


 小さな身体をソファに置いて寝かせてやる。目はまた閉じられていて、身体の向きを変えてもぐったりしてされるがままだ。

 それにしても、この子冷たいな。体温的な意味で。本当にこのままで大丈夫だろうか。

 

 落ち着いた所で部屋を見回す。奥から色んな物がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。物置だろうか。

 少なくとも誰かの私室や寝室ではないと思う。少年を寝かせたソファもいかにも置いただけって感じがするし。


 部屋の中を一通り見て、少年の所に戻る。多分、ここにティフはいないだろう。

 そうなると、今1番切迫した問題は少年の容体だ。お互いの額に手をおいてみるが、やはり少年の方が冷たい。水に近いぬるま湯みたいだ。ここまで来ると、肌の白さも病的なものに見えてきてしまう。

 勝手に触ったことに文句のひとつも飛んでくるかと思ったら何も無い。寝ているのだろうか。


 面倒なことになった……のかな。この子を置いてティフを探しにいく気にはなれないし。


 少年の足元の方、ソファの空いたスペースに腰掛ける。うわーふかふか。

 張り詰めていた糸が緩むように緊張が解けていく。また張り直せるだろうか。激しく不安だ。ソファは背もたれまで恐ろしく触り心地がよく、座っていると緊張感や警戒心といったものが片っ端から消えていきそうになる。


 ティフは大丈夫かなあ。屋敷に来たことに気づいているだろうか。18番さんは今どこにいるんだろう。シャンデリアが落ちた時、かなり大きい音がしたから様子を見に来ていてもおかしくはない。


 少年が18番さんは蜘蛛だって言ってたけど、どれくらいの大きさなんだろう。本物よりは大きいだろうか。17番さんくらい大きかったら……。うわ、逃げたい。今すぐ逃げたい。


 つらつらと考え事をしていたら、「うぅ……」と声がした。


 隣を見ると、少年が小さく身じろぎして目を開けた。


 「起きましたか。具合はどうですか?」


 「……先ほどよりは、辛うじてマシといった所だ」


 言いながら身体を起こす辺り、多少なりとも回復はしているらしい。と思った矢先、少年の身体が横に倒れた。


 「ちょあっ!」


 ソファから落ちる寸前で何とか抱き留める。危ない所だった。ナイスファインプレー私。


 「全然駄目じゃないですか!」


 「問題ない。空腹なだけだ」


 空腹って。さっき倒れたのもお腹減って目が回ったとかそういうのか?でも顔は苦しそうだったしなあ。


 少年をソファの上に寝かせ直す。気のせいか、さっきよりも苦しそうだ。目もぼんやりして虚ろだし。これやばくね?


 「……飴食べますか?」


 今ある食べ物なんてこれくらいだ。服のポケットから飴入りの瓶を取り出す。


 少年からの反応はない。いや、できないのか。


 瓶を少年の頭の横に置いた。少年の症状が果たして本当に空腹からくるのかは不明だが、何も口にしないよりはいいだろう。


 「食べられそうなら食べてください。あとこれ、痛み止めです」


 鞄から出した小さな布袋を少年に見せる。


 「中に薬が入ってます。苦しかったら飲んでください。効くかは分かりませんけど、まあ念の為ということで 」


 今できるのはこれくらいだ。さて、いい加減ティフを探しにいかないと。


 「それじゃあ、私はそろそろ行きます……? 」


 薬を瓶の横に置くと、少年が私の腕を掴んだ。

 なんだ?やんわり引き抜こうとしても、万力みたいにしっかり掴んで離さない。その細っこい体のどこからそんな力が出てくるんだ。具合も悪いだろうに。


 1人になると思ったら急に心細くなったとか?それなら案外可愛い所もあるものだ。

 しかし忘れてはいけない。私がここへ来た目的は子供の看病ではない。ティフの救出及びこの屋敷からの脱出なのだ。なのでここは心を鬼にして、などと思っていたら、少年の口がかぱりと開いた。


 綺麗な歯並びと、だからこそ一際目立つ牙のように尖った犬歯。


 そしてがぶり。


 少年が私の剥き出しだった手首に噛みついた。ぶつりと皮が突き破られる音が聞こえた気がする。


 「いっ……ぎゃああああああ!! 」


 痛ってええええ!

 痛い!痛い痛い痛い!


 臆面もなく悲鳴を上げた。大声出したら18番さんに聞きつけられるとか、そこまで気が回らない。


 歯が!少年の歯が食い込んでる!皮破って肉に!見えないけどこれ絶対肉抉れてるよ!注射とは比べ物にならないくらい痛い!


 「ちょ、あの、……いぎっ 」


 異義を申し立てようとして失敗した。

 ミチっと嫌な感触がして、痛みが一層ひどくなる。歯が更に奥まで潜ったらしい。


 「うるさい。少し黙っていろ 」


 くぐもってはいるが、十分聞き取れた。人の腕に噛みついといてよくまあ器用に喋るものだ。クソガキめ。


 不本意ながらこちらも無駄口を叩く余裕はない。歯を食いしばって苦痛を堪えた。


 不意にクソガキは僅かに口を離した。肉に食い込んでいた歯が外れたことで痛みが和らぐ。傷口からは血が流れ出していた。

 ここからが驚きだ。クソガキは腕を伝っていた血を舐め取ると、あろうことか再度腕に口を付けて傷口を吸い始めた。


 全身隈なく鳥肌が立った。髪が逆立っていないのが不思議だ。何してんだこいつ。カニバリズム的な何かか。


 ドン引きしながらも視線は私の腕とそこに吸い付くクソガキに固定されている。目を離したら、その隙に肉を食い千切られそうで恐ろしい。


 ややあって少年の喉が小さく動く。何か飲んだ。何だろう。

 ……まさか血か?


 だとしたら、いきなり噛みついてきたことにも一応納得がいく。どうにかして肌を切らなきゃ血は出てこないんだから。


 「……つかぬ事を伺いますが」


 「なんだ」


 ジロリと下から睨まれる。


 「今何を飲み込んだんですか?」


 「血液だが」


 うわ当たり。ドンドンパフパフ嬉しくなーい。誰のかなんて聞くまでもない。私の血に決まっている。


 ふざけんなーと腕を上下に振り回すが、少年の手に抑え込まれて殆んど動かない。


 「何をする」


 こっちの台詞だ馬鹿野郎。全力で腕を引く。


 「冗談じゃないですよ。なんでいきなり血を吸われなきゃいけないんですか」


 「血が足りなくて死にそうなんだ。飴は要らん。血を寄越せ」


 なんだてめえ、貧血か。どれだけ適当な鉄分補給だ。レバーとほうれん草食っとけや。


 「嫌ですよ私が貧血になったらどうしてくれるんですか」


 言い合う間にも手首に空いたふたつの穴からは血が湧いている。少年は流れ落ちる血を片手で受けると、ある程度溜まった所でべろりと舐めた。


 「なにも死ぬまで搾り取る訳じゃない。精々カップ1杯程度だ」


 さあ寄越せと言うように少年が腕を引っ張る。負けじと私も腕を引く。


 「嫌です」


 「さっき助けてやっただろうが。恩を返せ」


 「ここまで運んであげたじゃないですか。おあいこです」


 少年はチッと舌打ちをした。顔を憎々し気に歪めて吐き捨てる。


 「幼気( いたいけ)な子供の頼みを断るのか。血も涙もないな!」

 

 「どの面提げて幼気ですか!血だってありますよ!ほら見ろ、あなたに噛まれたせいで絶賛出血中です!」


 まず幼気な子供は舌打ちをしないだろう。


 「あるなら寄越せ!このままでは歩くこともままならん。先ほどの醜態を見ただろう!」


 ホールでぶっ倒れたことだろうか。


 少年は悔しそうに顔を伏せた。


 「これで18番に見つかったら終わりだ。棺桶に叩き込まれるだけならまだしも、腹いせに小間切れにされないとも限らない」


 まだ見ぬ18番さんへの恐怖が留まる所を知らない。やべえ絶対会いたくない。なんだよ小間切れって。棺桶の時点で死んでるじゃないか。なのにまだ刻むのか。


 「……血、あげてもいいですよ」


 そう言うと、少年は口の端を吊り上げた。笑った顔なのに、目が全く笑ってない。


 「ふん、同情か。俺も随分と見くびられたものだな」


 あげるって言った途端これだ。もしやこのガキは天邪鬼か。


 「ちげーよ取引だ。事情も知らないのにほいほい同情なんかすると思うなよクソガキめが」


 「取引?」


 「そうです」


 少年の手に込める力が緩んだ隙に引ったくるように腕を戻す。


 「……望みは何だ」


 「簡単ですよ。情報提供と同行。それだけ」


 少年の探るような視線に肩を竦める。捻くれたお子様だこと。


 「友達探しを手伝ってくれるなら、そのお代に必要な分の血液を差し上げます」


 言うのは簡単。実際にやるのは命がけ。


 「何度でも言うがな、お前の友人はここには」


 「いますよ。絶対にいます。だから探さなきゃいけないんです」


 些か乱暴に穴が空いた手首を突き出す。

 血は中々止まらず、手首には流れた血で赤い線が引かれていた。

 飲め。おら飲め。死なば諸共だ。地獄の果てまで連れ回してやる。


 「お代は先払いで。どうしますか」


 「……ひとつ聞かせろ。取引とやらはお前の友人を見つけた時点で終了か」


 「いいえ。友達を見つけて、保護して、ここから脱出するか、その算段がつくまでです」


 「条件追加だ。脱出する面子の中に俺も加えろ」


 この子もここから出られないらしい。それも18番さんの仕業だろうか。


 「……私だけでは何とも言えません。友達の意見を聞いてから決めさせてもらいます。それで構わないのならどうぞ」


 ホリゾンブルーの目が私を見据える。

 少年の顔には、見た目に似合わぬ老獪な笑みが浮いていた。


 「乗った」


 そう言って、握手でもするような気軽さで少年の小さな手が私の腕を掴む。


 「ラルフ・オリアーダだ。短い付き合いになることを祈っているぞ」


 「唐垣澪です。間違われやすいのですが、澪の方が名前です」


 こういう自己紹介って仲間が増えた感じがするね。うわ、達成感とか全然ないや。


 それきり少年は黙って血を啜っている。手持ち無沙汰になった私も瓶から飴を出すと、数粒纏めて口に放り込んだ。うん甘い。


 これからどうするかなー。とりあえずこいつに色々聞かないと。主に18番さんのことを。

 ずっとここにもいられないし。18番さんはもうシャンデリアの様子を見に来たのだろうか。物音が何もしないので全く分からない。

 そういえば釘バットがない。きっと今頃はシャンデリアの下だろう。こんな別れ方をするなんて夢にも思っていなかった。


 口に含んだ飴が大方溶けた頃、 少年が手首から口を離した。


 「人間にしてはそれなりの魔力だな」


 何だその血液評価。5段階中だとどれくらいになるんだろう。


 「そりゃどうも」


  手首をまじまじと見て顔をしかめる。うわ、まじで穴空いてるよ。よくも乙女の柔肌に傷を付けてくれたな。深く窪んでるし、痕が残らないといいんだけど。

 鞄から出しておいた血止めを塗る。悲しいかな早速役に立ってしまった。


 「ピギェエエエ」


 しみた。クソ痛い。噛まれた時とは別の痛さ。

 ソファからずり落ちて床で丸くなる。


 「遊んでいる暇はないぞ」


 「……遊んでるのとは違うんですけどね」


 涙目になりながら起き上がる。今日は厄日だろうか。


 少年は手を握ったり閉じたりと、動作確認のようなことをしている。


 「4……いや、精々3割程度か 」


 「何がですか?」


 「回復の度合いだ。動き回る分には支障は無い」


 少年はソファから降りるとさっさとドアの方に歩き出す。これが空元気でないなら大丈夫だろう。


 「それじゃ、よろしくお願いします。オリアーダ、さん」


 「面倒だったらラルフでいい。」


 「じゃあラルフさんで」


 オリアーダさんより呼びやすい。少年改めラルフさんは、ドアを開けると特に警戒する様子もなく廊下に出た。


 「大丈夫ですか。そんなあっさり出て」


 「気配がしない。それより、お前の友人とやらは一体何だ。もしや先ほどから屋敷を走り回っているネズミか?」


 「それはまあ、追々話しますよ。先に私の質問いいですか?」


 18番さんのこと。この屋敷のこと。ラルフさんのこと。

 ターヴァーさんのこと。


 さて、何から聞こうかな。


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