第六話 荷馬車での攻防
「おーーろーーしーーてーーーー!!!」
叫ぶフィーナを男が二人がかりで押し止めていた。
馬車が走り出した直後に腕に木箱を抱きかかえたまま、馬車から飛び降りようとしたせいだ。
馬車の荷台に乗っていたのは四人の男達。
皆口元に布を巻いていて顔はわからない。
今私を押し止めている二人は、馬車の中に連れ込んだ男達だ。
「ったく、大人しく座ってろ!!」
「…きゃっ!!」
痺れを切らしたのか一人の男が私を荷馬車の奥に突き飛ばした。
女性を突き飛ばすなんて男として最低!と心で叫びながらも、箱を抱えて受身を取れないので背中への衝撃を覚悟して目をつぶる。
だけど、やってきたのはぬくもりのある力強い腕の感触。
え?と思って顔を上げると口元の布の他に頭にバンダナを巻いた男の人が左腕だけで私を抱きとめてくれていた。
(…助けてくれた?)
悪い人たちばかりでもないのかな?と思っていると、
「先輩。一応商品なんで、怪我させない方がいいんじゃないすか?」
(商品!!??私の事ですか!?)
信じられない言葉に思わず口を開けて呆けていると、先輩と呼ばれ私を突き飛ばした最低男がまたも最低発言を繰り出した。
「まぁ…そいつはオマケみたいなもんだけどな。依頼主に会わせるまではその方がいいか。」
(オマケ扱いされた…。朝の子供扱いよりヒドイ…)
「シン。これでも被せて、隅に座らせておけ。」
傍に立って見ていた四人目の男が布袋を投げてきた。
シンと呼ばれた人は私を支えている腕とは反対の手で投げられた布を掴むと無言でうなずいて私に向き直る。
見知らぬ人の居る見知らぬ場所で視覚を塞がれるという状態が恐ろしくて私は荷馬車の奥に後ずさりしながら顔を横に振った。
「嫌。嫌です。……ひゃっ!」
入り口が布で仕切られている為、荷馬車の中は薄暗く足元も見えづらい。
後ずさるうち足元にあった縄につまずいて後ろに転んでしまい、結果的に隅に追い詰められてしまった。
軽く打ちつけたお尻の痛みに気づかない振りをしてまた立ち上がろうとすると、目の前にきらりと光るものが見えた。
シンという人が短剣を抜いて眼前に見せ付けてきたのだ。
「大人しくしてろよ。痛い思いはしたくないだろ?」
さすがに目の前に刃物を見せ付けられて身動きが出来ず、生唾を飲むと同時に頷き返す。
さっきは怪我させないほうがとか言ってたのに…と心の中で文句を言ってシンという人を睨みつける。
実際に傷つけるつもりはなくても、刃物というものは存在が傍にあるだけで背筋が震える。
人を脅す道具としてこれほど身近で最適なものはないだろう。
…自分を守る道具でもあるけどね…。
早くこの人たちから逃げて神殿にこの箱を届けなくてはという思いでいっぱいの私は、刃物を突きつけられても形勢逆転のチャンスを狙っていた。
アステルやレインに教わって剣の扱いも多少なら出来るし、彼らに自分を傷つけるつもりはない。
相手は四人。
馬車は走り続けてはいるけれど、曲がる瞬間とか止まる瞬間とかきっとある。
…反対にこの短剣奪って逃げられないかな~…と無謀な考えを一瞬よぎらせたところで変な違和感を感じた。
目の前にある短剣の刃の部分に淡く浮かぶ紋章があったのだ。
(え……なに……?)
光の加減で見えたり見えなかったりするけれど、青紫にぼんやりと浮かび上がる紋章に見覚えがあった。
紋章に目を凝らしながら記憶を探っていく。
ついこの間も見た気がする…。
確かルカシェーラ王子に届いた書簡の中にあの紋章があったような。
でも、どこのだったか思い出せない…!
王子が見る書簡は身元が証明されたもの、もしくは親しい友人や親戚からのものがほとんどのはず。私も中身までは見ないけれど、誰から何が何日に送られてきたかはチェックしていて本当に重要なものは内容も見せてもらっている。
考え込んでいる姿を、逃げるのを諦めたと思ったのか目の前から短剣をひいて鞘におさめようとした。
―――――――――あ。
気づけば、がしっ!!と音がつきそうな勢いで剣を持っていた方の腕を掴んでいた。
剣は半分鞘におさまった状態で止まっている。
弾かれた様にこちらを見たその人の目を覗き込むと、驚きと戸惑いで揺れていた。
見えるのは目元だけだけど、良く見ればそこだけで整った顔立ちの青年だとわかる。
凛とした眉毛に長いまつげ。
深いセピア色をした瞳は暗い馬車の中でも輝きをもってそこにあった。
「………あなた…………これ………!!!」
どうしたの。という言葉は腕を軽く振り払われたと同時に頭にかぶせられた布袋によってかき消された。
それでも口を塞がれた訳ではなかったのでそのまま話しかけようとしたのだけど、
「これ以上無駄話をしようとするなら口も塞ぐし腕も縛る。自由の身で座っていたいなら大人しくしてろ。」
それは嫌。
しかたなく箱を抱いて大人しくすることにした。
しばらく私の様子を見ていたらしい彼も近くに座るのを気配で感じる。
彼の様子を肌で意識しながらも先ほどの短剣について考えを巡らせる。
あの紋章。
思い出した。
なぜこの人があの紋章の浮かぶ短剣を持っているんだろう。
貰った?
盗品?
人攫いなんてする人達の仲間だから、それもありえない話じゃない。
問いただしたところで持ち主に返すとも思えないし、自分のものだと言われたらもう仕方ないんだけど、気になったら知らずにはいられない。
その事だけに限らずわからないことだらけだ。
男達はなぜ私を誘拐したのか。
依頼主とか言っていたから、この人たちは雇われただけ?
あの最低男は私の事をおまけと言った。
ということは、目的はこの箱かな。
中に入っている物はお金でも金目の物でもない。
金銀財宝が入っていると思って盗むのも、何が入っているか知らずに盗むのも、どちらにせよ意味のない行為としか思えない。
これは、これを必要としている人の手に渡ってこそ威力を発揮するものだから。
その為にも早く第一神殿に届けないといけないのに!
そこまで考えて、深く溜息が出た。
アステルとレイン、大丈夫かな…。
心配、してるだろうな。
”おまけ”なら私も一緒に誘拐することなかったじゃない。
あの男の最低発言を思い出してイライラもぶり返す。
一人怒ったり悩んだり悲しんだりして、疲れた。
膝に乗せた箱に腕を乗せて突っ伏すと、こんな状況でも眠気がやってくる。
あの二人が知ったら緊張感が無さ過ぎると怒られるかもしれないな。
怒った顔を思い描いて一人笑った。
でもなぜか、傍にいるシンという青年の存在に安心感を持っている自分がいた。
彼がいれば何もされない。
根拠の無い自信。
その理由を考えるだけの意識はもう無く、助けてくれた時に彼が触れたぬくもりを思い出しながら眠りに落ちていった。