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竜の紡ぎ歌  作者: はるか
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第五話 朝の襲撃

 朝日も昇りきり青い空を真っ白い雲がゆったりと流れていく様を、馬車の中から窓を開けてのんびりと見上げる。

 城から街までは少し距離があけていて、その間様々な花が点々と咲く原っぱが一面広がっていて景色もとてものどか。


 景色を楽しみながら春風をめいいっぱい吸い込んでいたらお腹がすいてきて、自然と話題も食べ物へ。

 「ねぇ、レインはマーゼラおばさんの木苺パイ買いに行く?たしかレインも好きだったよね。」

 この国では甘いものが名物の一つにもなっていて、基本的に一人一ホール買って帰ることが日常風景。

 数あるお菓子屋さんの中でも有名なのがマーゼラおばさんが開いているフルーツパイの店で、冬に実る不思議な木苺を使った花祭り限定の木苺パイは毎年の楽しみの一つにもなっている。


 私の質問にもレインはしばらく腕を組んで外の景色を眺めていたけど、やっと軽く小首を傾げながら振り向いてくれた。

 朝も早く起床、ぽかぽか陽気、心地の良い馬車の揺れ。

 王宮騎士団の中でも近衛隊は国中から羨望の眼差しを向けられる人気のある役職だ。アステルやレインは若いけれど実力が認められての近衛隊入隊で、二人とも顔も綺麗だから街の女性達からも人気がある。 けどその綺麗な顔も今は崩れまくっている。

 (眠いのはわかるけど綺麗な顔が台無しだよレイン…。)

 いや、意外とこの無防備そうな顔が乙女心をくすぐるのかも…。でもなぁ…。

 心の中でもったいないと思っていると、明らかに眠気眼のレインがしばらくの沈黙を破って発言した。


 「………………………………………好きだけど一ホールは、いらない。一人では食べきれないから。」

 「えぇー!?あんなに美味しいもの私なら一人でペロッといけちゃうよ!?人生損してるよ!」

 一つといわず二つでもいける!

 あの生地のしっとりな食感と中のクリームのとろける様な甘さを、上の木苺の甘酸っぱさが一まとめにしてくれていて食べても食べても飽きがこない!

 毎日でも食べていたいのに花祭りの期間中しか食べられないのが心の底から恨めしいのに!!

 信じられない!とばかりに人生にケチまでつけられたレインは寝ぼけ眼をさらに細めてじーっと見てきた。


 「な…なに?」

 「太るぞ。」 

 「ぐっ!ちゃんと働いて運動して遊んで消費します!大丈夫!」

密かに心配していたことをズバッと言われて怯んだけれど、そこは意地でも反論する。

 そーよ、動けば大丈夫なんだから。

(とか言って毎年お祭りのあとに体重増えて焦ってるのも毎年のことなんだけど…)

 何となくレインの視線が気まずくて外に向かって自分に言い訳をぶつぶつ言っていると、肩の辺りで風がふわりと動いた。


 「…大丈夫…。」

振り向くとレインが身体の位置はそのままで片手を伸ばして私の髪に触れていた。

 「フィーナが好きなだけ食べるといい。太っても俺は気にしない…。」

言いながらも私の髪を手でもて遊んでいる。

 優しい目をして壊れ物にでも触れるような手つきが妙にくすぐったく、恥ずかしい。

 「レインが気にしなくっても私は気にするんだけどね……。でも、ありがとう」

肩をすくめて笑顔でかえすとレインも微笑み返してくれた。

 毎年体重を気にしていることも長い付き合いから知ってるから、周りの目を気にせず好きに食べられるように言ってくれたんだと思う。

 普段無表情で言葉も少ないレインだけど、たまに見せる笑顔と裏表のない正直な言葉にとても癒される。

 二人でニコニコ笑顔を交し合っていると…


 「…楽しそうだな、お二人さん。」

 「え?」

 レインとは反対側の開けた窓の外を見ると、アステルが羨ましそうに中を覗いていた。

 アステルは馬に乗っているので、馬車の窓の高さと同じくらいの高さで会話が出来る。

 「レイン、フィーナに触るな。話すな。微笑むな。そして俺と代われ。」

 「嫌だ。」レイン即答。

 今乗っている馬車は四、五人は乗れる大きさなんだけど、乗っているのは私とレインの二人だけ。

アステルも本当なら一緒に乗るはずだったんだけど…。

 「あー…ごめんねアステル。私もまさかこんなに荷物増えちゃうとは思ってなくて。でもこれでも必要最低限に絞ったつもりなんだよ。」

 「これでかよ。」


 そう、馬車に乗る私とレインの前の席には巨大な袋が何個も積まさっていた。

 三日間を過ごす為の身の回りのもの一式。

他に城にいる人たちから街の人たちへ渡して欲しいと頼まれたものなど色々入ってる。

 荷物のせいで座る席が足りなくなり、しかたなくアステルとレイン二人のうちどちらかが馬に乗ることになったんだけど、コインの裏表当てでアステルが負けてしまった…。


 今も馬車の中と外でにらみ合う二人。

 そしてレインの手はまだ私の髪に触れたまま。

 「あーあ、俺もフィーナと馬車の中が良かったなー。レイン!触るなっての!」

 「フィーナの髪はさわり心地がいい…。」

 「フィーナ!お前も嫌がれ!」

 「え…別に嫌じゃないし。アステルだってたまに触ってくるじゃない。自分はいいのにレインは触っちゃダメなんて、子供じゃないんだから。」

たしなめるように言う私の横でレインが吹き出して肩を震わせ笑いだした。

 なに!?と思って見ていると外のアステルからも重く長い溜息が聞こえてきた。

「ほんとにお前はもう…」と首を左右に振りながら呆れかえっている。


 なんか今日このパターン多くない!?

 「もう!また二人してバカにしてるでしょ!?手作りのクッキー二人にはあげないからね!」

 「クッキー?」

 「フィーナが作ったのか?」

このレインの台詞には作れるのかという響きが込められていたような気がしたけどあえて無視。

 「そうよ。今日から頑張ってくれる珠巫女たまみこさん達にあげようと思ってたくさん作ったの。」

言いながら目の前の荷物の一つを開けて中のものを取り出して見せる。

 小さな袋にクッキーが3,4枚入ってるだけなんだけど、二日間かけて仕事の合間に頑張って作った努力の結晶。

 「へー、この袋の中ぜんぶクッキー?…頑張ったな。」

レインが感心そうに覗いてくる。

 「でも二人にはあげませんから。残念でした~。」

 「そんなこと言うなよ。俺達も警護で頑張るんだぞ?」

アステルに続いてレインも「そうそう」と便乗してくる。

 「先に機嫌そこねるような事言ったのはそっちでしょう?…でも、まぁ、無事に竜の模型が完成して、その時まだクッキーが残ってたらあげてもいいよ。」

 膝の上に置いてある箱をそっと撫でる。

 この中にはお祭りに欠かせないものが入っていて、これを毎年神殿にもっていくのも私の役目。

 毎年頑張ってくれてるし、クッキー喜んでくれるかなぁ、珠巫女さん達…


 この珠巫女たまみこというのはこのアルスメリア国の血筋にしか生まれない特殊な能力をもった女の人のこと。なぜか男性でこの力を持つ人が生まれる事はないらしい。

 竜の知と技を受け継ぐアルスメリアでは、珠巫女は聖なる竜の力を持つ者として大切にされていて、これから行く第一神殿では竜神に祈りを捧げて人民を助けるというお役目の他に、この珠巫女を教育・保護するというお役目がある。

 珠巫女さんの為の学校って感じかな。

 強弱の違いはあるけれど、大抵の人が持っている能力なのが治癒能力や再生能力。

人の病や怪我を治したり、壊れたものを力で修復したり。

 完璧に力を制御できている人は稀らしいけれど、そういう人達はほとんどが第一神殿の巫女教育を卒業した人たちだ。

 そして力を持った珠巫女は人買いの標的にもされやすい。

 自ら名乗るか、力を示すかしないかぎり珠巫女と判ることはないはずなんだけど、どこから情報が漏れるのか未だに人攫いにあう珠巫女がいる。

 そういう事が起こらないように能力を持つ人は保護を目的に第一神殿に集められる事になっているんだけど、生まれつき能力を持っている人もいれば、ある日突然開花する人もいるらしいので、珠巫女という存在を知らない人は第一神殿に教育・保護してもらえるということも知らない。

 現在第一神殿にいる珠巫女たちはきっとほんの一部の女性達なのだろう。


 そんな珠巫女さんたちの力を借りて竜の模型が完成する。

 今年はどんな竜になるのかな。

 楽しみだな。





 「…ってことはクッキー貰えるのは早くても三日後ってことか。それも楽しみに仕事頑張るとするかな。」

 「ふふ、頑張ってねアステル。レインも明日も頑張って起きてね。」

 「…努力する。」

 その嫌そうな顔にアステルと二人で笑ってしまった。

 結局、一緒の馬車に乗っていようが乗っていまいが三人でいると楽しく時間が過ぎてしまい、気づけば目の前に町並みが近づいていた。




 昨日までと違って花の香りに満たされ、色とりどりの花びらの舞う街中はどこをみても美しい。

 まだ早い時間の為、出店の準備に追われる人たちだけがせわしなく動いていた。

 第一神殿はこの国で一番大きな神殿で、大通りを通り中央広場を左に曲がり進んだところにある。

 曲がるとすぐに神殿に大門が見えるんだけど、その門の大きさがまた半端ない。

三階建ての家がまるごと通れる位の大きさの門がそびえ立っているので、結構遠くからでもわかる。

 相変わらず大きな門だな~と窓から半分顔を出して見ていたら、急に腕を掴まれ中に引っ張られた。

なにっ!?と思った時にはすでに短剣を抜いたレインが鋭い目を外に向けていた。

 馬車もいつのまにか止まっている。

 何が起きたのかと声を発しようとしたら片手を挙げて遮られた。



 「…囲まれた。」

 「え?」


聞き返すと同時にバラバラと数人の足音がして視界にも馬車を取り囲むように男の人たちが立ちはだかっているのが見えた。

 その手には剣をもっている。

 アステルを探し見ると馬上の彼もゆっくりと長剣を抜いているところだった。


 「早朝から元気だねぇ。あいにくだけど相手を間違えてるんじゃないのか?この馬車には金目の物も絶世の美女も乗ってないぜ?」

 口調も表情も軽いけど発せられる気は鋭く、隙がない。


 馬車の中からだとどの位の人数で、何をしようとしてるのか良くわからないけれど顔を布で隠し、抜刀する人たちが、まともな理由で囲んでいるとは思えなかった。

 まだ朝早いこの時間では、大通りでは人も多く賑わっているが一歩横道に入ってしまうと薄暗く人も通っていなかった。

 男達はアステルの軽口にも無表情に口を開かず、威嚇するばかりで目的も何もわからない。


 アステルが馬からゆっくりと下りるとき、馬車の中に居る私達にだけ聞こえるように小声で話しかけてきた。

 (馬車の馬が押さえられてる。俺とレインでこいつらを食い止めるからフィーナは全速力で神殿に駆け込め)

 神殿は目の前。

 馬車の中で二人が敵を倒すのをじっと待って足手まといの状況になるよりも、私を神殿に逃がしたほうが良いと判断したみたい。


 「…っきゃ!」

アステルの言葉を聞くと同時にまた腕を掴まれて、反対側にあるドアから外に連れ出された。

 掴まれていない方の腕には箱を抱きしめている。

他の荷物はどうなってもこれだけは死守しないと!

 外に出ると男たちは一斉にレインに切りかかった!

出来る男レインは弓だけじゃなく、短剣の腕もピカイチ!流れるような動きで男達の剣や体を私をかばいながらも受け流していく。

 馬車の反対側からも剣戟の音が聞こえてくるから、アステルも戦っているんだろう。

 馬車を背にして両手で箱をぎゅっと抱きしめて様子を見ていると、レインが想像以上に手強いと感じたのか容易に攻撃してこなくなったのがわかった。

 レインもその様子がわかったのか、私のところへきて背を押しながら神殿に向かおうとする。

 「今だ。囲いを抜けたらフィーナは一人で神殿に走るんだ。出来るな?」

 「もちろん!」

 逃げようとする私達に気づいて男達がまた襲い掛かってくるが、レインが走る足を止めないまま退けてくれて、男達の囲いを抜けた瞬間レインの腕に押されるようにして私は一人神殿へと走った。

 後ろから剣戟の音と共に「逃げたぞ!」とか「追え!」とか聞こえてくるけど、怖くて振り返れない。


 私を狙ってたの!?なんで!?

 それともこの箱…?確かに貴重なものだけど!

 心の中でやーだー!と叫びながらも必死に走る。

 もう少し…!!

 神殿の大門の横にある通用門から中に入ろうとラストスパートをかけた瞬間、けたたましい音と共に目の前に黒い影がよぎった。


 「っきゃ!!」

 ぶつかりそうだったので思わず足を止めたのがいけなかった。

 屋根のある一台の荷馬車が目の前を通り過ぎたと思ったら、後ろの荷台から二人のマスクをした男が飛び出してきて荷台に連れ込もうとする。

 「やっ…やだ!!放してよっ!!アステル!!レイン!!」

 必死で身体をひねって二人の名前を叫んで抵抗するが、箱を抱えているので抵抗にもなっていなかったのかも。

 両腕を捕られて荷台に連れ込まれてしまう。

 直後、現れたときと同様にすごい勢いで荷馬車は走り出す。

 走る爆音に混ざって「フィーナ!!」という叫び声が遠くから聞こえた気がした…。


 波乱の花祭りかもしれないなぁと他人事のように心の中でフィーナは思った。

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