第三話 幼馴染の二人
王との謁見を終えて廊下を歩きながら、フィーナは知らず溜息を零した。
(まったく…。仲が良いのも考えものだわ。)
アルスメリア国の王と王妃が仲が良いということは、国中暗黙の了解となっている。とはいえ、臣下の前でもイチャイチャするのはどうだろう。羨ましいと思うことも多々あるが、最低限場所をわきまえて欲しいと思っているのはぜっったいに私だけではないはず。
「まぁ、両親が仲が良いということは、喜ばしい事なんでしょうけどね。」
あの二人が実は自分の実の両親でもあると思うと、抱く感情も色々と複雑で…ついつい苦笑気味に呟きが零れてしまった。
はっ!として口を手で押さえ、右左と周りを見渡してホッとする。
私がアルスメリア国現国王夫妻の実の娘であり、正当な王家の血をひく王女である事は王と王妃、そして兄王子のルカシェーラと弟王子のウィルナート、そしてサウラ王妃の兄である叔父上しか知らない。
当事者の私でも、よく今まで隠し通してこられたものだと関心通り越してあきれてしまう。
ある事情の為、幼い頃から王女として育てることは出来ないと教えられてきたけれど、本当に隠す気があるのだろうかと幼心にも疑問に思うほどあの両親は愛情を注ぎまくってくれたと思う。侍女として働き出してからは「私達を本当の親として慕ってちょうだいね」という対外的な名目を背に、やはり愛情を注ぎまくってくれた。
おかげで特殊な環境で育ったにも関わらず、両親を憎むという発想も微塵もなく今に至る。
これはこれで平和だし楽しいし…両親のラブラブがあってこそなのかしら……と改めて先ほどの両親を思い返していると、前方に見える渡り廊下の方から楽しそうな話し声が聞こえてきた。
「レインとアステルだわ。こんな朝早くから何してるんだろ?」
渡り廊下の柱に寄りかかり腕組して話を聞いている方が王宮騎士団近衛隊の一人。
名をレイン・カシュナート。
青みがかった灰色の短髪に意志の強そうな眉毛と瞳が印象的な精悍な顔立ちをしている。
二十四歳という若さで近衛隊随一の弓の使い手と言われる彼は、感情の見えない無表情と言葉数の少なさから一見冷たそうな印象を与えてしまうのだけど実は面倒見が良かったりする。弓の訓練をしてほしいと頼まれて無表情のまま目を彷徨わせ困りに困り果てた結果しぶしぶ訓練しに行く姿をみては、笑いを堪えるのがもう大変なのだ。
そんな彼と対照的に明るくムードメーカー的存在でもあるのが、そばに居る同じく王宮騎士団近衛隊の一人で、
名をアステル・スージー。
長めの茶金髪に深い碧眼が整っている優しい顔立ちと程よく溶け合っていて、黙っていれば大人の魅力溢れる男性で通る。でも彼は無邪気な子供のように全開笑顔の時の方が女性には人気があるらしい。母性本能がとても刺激されるそうで、その笑顔見たさに料理やお菓子を差し入れに来る女性たちが後を絶たない。
基本的に来る者拒まず去る者追わずな彼ではあるけれど、最近お気に入りの侍女がいることを私は知っている。
レインと同年で幼馴染でもあるこの二人は良き友、良きライバル関係。
私にとっては暇な時に弓と剣を教えてくれる先生でもあり、兄のような存在でもあり、友でもある。
そんな二人に朝から会えて、街に行く前に会うことができて良かったと思いながら近づいていくと二人もこちらに気づいたようで手を上げて話しかけてくれた。
「おっ!おはよう、フィーナ。今日天気良くて良かったな!」
「おはよう。…大丈夫か?目の下にクマが出来てるみたいだけど?」
「えっ!!?」
アステルにおはようと返す前に、レインに言われた台詞で目元を押さえて固まってしまった。
うそっ!やっぱり昨日夜更かししたせいかな!?
焦る私を見ていたアステルが笑い出した。
「っはは!嘘だよ。クマなんて出来てない。」
「えっ!ホントに?確かに昨日あんまり寝てないんだけど…」
心当たりがありすぎて一概に嘘だと信じきれない私はあまり二人に顔を見せたくなくて自然俯いてしまう。
「じゃあ、ちゃんと顔見せたら。」
レインの声が聞こえたと思ったら、目元を押さえていた両手を横から伸びてきたレインの右手で軽く下ろされた。
え?と思う間もなく「そうだな。」という声と共に正面から伸びてきた手の指が顎にかかり顔を上げさせられる。
(!!?)
開けた視界にはアステルの顔のドアップ!
私よりも遥かに高い身長が生み出すほの暗い影の中、朝日を浴びて金色に光る髪と青い瞳が目に焼きつく。見慣れているはずの顔でもこの至近距離は嫌でも男を感じさせて心臓に悪い。
でもこの二人に対して今更女として男性を意識していると悟られるのも何故か恥ずかしいと感じてしまい、動揺して高鳴る鼓動が吐息からばれないように慎重に言葉を紡いだ。
「……どう…かな?」
顔は上を向いたまま、視線は顎から目元に上がってくる指の軌跡を追っていた。
そのまま流れるように瞼に触れようとした指に反射的に目を閉じてしまう。
閉じて鋭くなった感覚の中、一瞬ぴくりとアステルの指が緊張したのを感じた。
どうしたんだろうと目を開けようとするのと、後ろから涼やかな声が聞こえたのは同時だった。