第一話 花祭り一日目~
春も半ば。
様々な花や緑が美しく咲き乱れる季節に、ここアルスメリア王国では毎年大きなお祭りがある。
”竜の花祭り”と呼ばれ、国中が色とりどりの花で飾られ芳香な香りが楽しめる。
三日間にわたって行われる祭りのメインイベントは最終三日目にあり、花だけで形作られた巨大な竜の模型を大通りを通り城に向かって練り歩くのである。
竜の木枠に花を飾りつけるのは国の人々。願いを込め、祈りを捧げつつ一本ずつ差し込まれていく。二日間かけて製作されるそれは観光客や旅人など国外の者でも参加可能な為、大量の花の準備や人の対応に人手が足らず、毎年城の侍女までもが借り出される。
わたし、フィーナ・アルベルト(18)もその一人。
一応、アルスメリア王国第一王子の筆頭侍女を務めている立場であるから、人手不足だからといって借り出されるような身分ではないのだけれど、毎年自らお願いして手伝わせてもらっている。
街の大神殿で寝泊りして三日間も街に居続けが出来る至福の時間は、お手伝いとはいえ身分を自分から明かさない限り町の人たちは只の街娘として接してくれるから思う存分羽を伸ばせるし、王子のお守り…もといお世話をしなくてもいいし、というわけで竜神がわたしにくれたご褒美なのだと遠慮なく楽しんでいる。
その間王子はどうなるのかというと…
第一王子であるルカシェーラ王子は城の中にある竜の神殿の祭壇に三日間祈りを捧げ続けるという大事なお役目がある為、お祭りには不参加。
その間、主が不在なわたしは街でお祭りに参加して国民とのふれあいを楽しんでいるのだ。
そしてお祭り一日目の朝。
王様と王妃様にルカシェーラ王子の神殿入りのご報告と、私自身の外出の許可を頂く為に謁見の間に来ていた。
報告が終わり出て行こうと背を向けた時、不意に王妃様に呼び止められた。
「そうそう、言い忘れていたわ。グランディア国の王子がこの国に来られるそうなの。もしお会いしたら国を案内してあげてねフィーナ。」
「………え?」
半分振り返った状態で固まってしまった。
グランディアの王子?初耳だ。
「サウラよ、本当か?誰に聞いたのだ?」
サウラ王妃の隣に座っていたハザール王も初耳だったようで驚いた様子で聞いている。
「ルカシェーラから昨日聞いたのですよ陛下。手紙が届いて、花祭りに遊びに来ると書いてあったと。…その様子では何も聞かされていなかったようね?」
後半は苦笑交じりにわたしに向けられたものだ。
急いでここ数日の王子との会話を思い出して見るが、そのような会話をした記憶はない。
本来であれば王子が不在中は筆頭侍女であるわたしが、他国の王子殿下のお世話を言い付かってもおかしくない位の事である。何で神殿にこもる前に言ってくれないのよ!?と焦りと同時に微かな怒りが湧き上がっても許して欲しい。
「……申し訳ありません。初めて耳にいたしました。グランディア国の王子殿下……どなたがいらっしゃるのかお伺いしてよろしいですか?」
たしかグランディア王家には王子が四人いたはず。
直接お会いしたことがないので顔はわからないけど、どなたが来るのか名前だけでも知っておきたい。
すると王妃はおもむろに豊満な胸を支えるドレスの胸元から一枚の紙を取り出した。
ど、…どこにいれてるんですか王妃様!!
わたしだけではなく、隣の王様もぎょっとして顔を赤くしていた。
というか、王様は胸元見たまま生唾飲んでる?
ちょっと王様!いい加減目を離してくださいよ!
若干身を乗り出し気味に見ている王様に何故かこちらが焦り始めると、
「陛下…、夜までおあずけですよ?」
紅い口紅を塗った艶やかな口元に笑みをのせて王様を流し見る。
直接笑みを向けられていない私も思わず固まってしまうその強烈な流し目と言葉に、王様は「うむ」と一言うなずいて反対を向いてしまった。
口元を手で隠してはいるが、夜への妄想をかき立てられてニヤついていることは明白だろう。
エロオヤジめ!!
失礼を承知で自分の主でもある王様を白い目で見ていると、紙の内容を王妃が読み上げ始めた。
「えーっと、『グランディア王家の中でも、眉目秀麗、頭脳明晰、武術にも優れ、真面目で誠実、穏やかな中にも熱い情熱を持ち、大人な色気と魅力も兼ね備え、民からの信頼も厚い』…………王子様がいらっしゃるそうよ。楽しみね!」
そんな王子様がいるなんて聞いたことがないような……?
「………………………………お名前は?」
「知らないわ」
「え?」
「私もルカシェーラに聞いたのだけれど、こういう方が来るから楽しみにしているといいって教えてくれなかったのよ。でも本当にこのような王子様だったら一目でわかるわね。フィーナ、頑張って見つけてらっしゃいな!」
目をキラキラと輝かせて言う王妃様は本当に楽しそうで…わたしはぎこちなく笑みを作った。
「王子殿下に会えるかどうかは別として、花祭りを楽しんでいただけるよう、精一杯働かせていただきます。お会いすることが出来ましたら、急ぎご報告いたしましょう。」
改めて胸に右手を当て、深々とお辞儀をする。
「ええ、お願いね。それじゃお祭り、楽しんでらっしゃい。」
「毎年この三日間はルカシェーラもフィーナもいなくなるから寂しくなるな。身体に気をつけて楽しんでおいで。」
サウラ王妃につづいてハザール王にも温かい言葉をかけて貰って心の内側が、ぽっと温かくなるのを感じた。この二人の自然な優しさと温かさがわたしは大好きだ。
顔を上げて、二人の温かい瞳を見つめる。
「では、いってまいります!」