第十四話 力と体
長めの黒髪を頭の後ろできゅっと一纏めにして、それによって露わになる意志の強そうな眉と理知的な瞳が印象的な彼。
初めて会ったときは口元にマスクをしていたので表情がわからず怖いというか威圧的な印象しかなかった彼は、実は白い歯を輝かせた笑顔が似合う男性で名を
ダヤン・スミル(28)と紹介された。
意外と人懐っこい性格らしく、伝わってくる空気は柔らかくセルクとも主と従者の関係にあるとは思えない位楽しそうに話をしている。
でも気になる事が一つ。
セルク王子よりも幾分がっちりとはしてるけど、そこまで体格の違いがあるとは思えないその人は背中に身の丈と同じくらいの大剣を背負っている。どう見てもとっても重そうだし、この人が扱うには違和感がありすぎる気がして…思わず聞いてみた。
「あの…ダヤン、さん?」
どう呼べば迷ったあげく、とりあえず”さん”付けしてみる。
私の呼びかけに隣の王子と言い合いのような話し合いをしていたダヤンがきょとんとした顔でこちらを向いた。
「はは、ダヤンでいいよ。どうした?」
「あの、その大剣。重くないんですか?」
「「へ?」」
そんなに意外な質問だったのか、ダヤンだけでなくセルクにも不思議な顔をされてしまい羞恥から顔に熱が集まってきた。
「え、と、アルスメリアにも騎士はたくさんいるし、街中で旅人の方をたくさん見た事ありますけどそんなに大きな大剣を背負って実際に使っている騎士様は見た事がなかったので…。」
二人の凝視する視線に押されるように言葉尻が小さくなってしまう。
「すみません。ただの興味本位なんですけど気になってしまって…。」
ダヤンは表情を変えず何の反応もしてくれない…。
しちゃいけない質問だったのかしら…。
でも気になるし。
質問を取りやめようか迷っていると目の前に大剣がドンッと立てられた。
「えっ!?」
私の身長よりも大きいそれは、そこにあるだけで重厚感がすごい。長さもそうだけど、普通の剣と違って刃がそんなに鋭くない代わりに厚みが凄く振り回すだけで威力が強そう。
…振り回せれば、の話だけど。
ダヤンが支えてくれてるけど、倒れてくるだけの大剣を支える事も私には無理そうだ。
「フィーナ殿、持って見るか?」
「あ、フィーナでいいです!えと…いや、たぶん無理。だけど、やってみていいですか?」
ダヤンは笑顔で頷いてくれた。
おそるおそる持ち手を握り、息を大きく吸う。
「んっ!!!」
力を入れて持ち上げる~っが!数ミリ浮き上がった時点で腕がプルプルいってこれ以上は無理っ!!
「っ~~もうダメっ!!」
ドンッとまたもとの位置に大剣を下ろして私は大きく息をついた。
ほんっとに重すぎる!さっき振り回してたのは私の見間違いかもしれないっ!!
肩で息をしながら本気でそう思っていると、目の前の大剣が音も立てず上空に持ち上げられた。
「うわぁ~」
ダヤンが片手で軽々と持ち上げて、頭上に掲げていた。
思わずすごい!と言いながら拍手。
そんな私をみてダヤンは苦笑しながら背中の鞘に大剣をしまう。
「俺は片手で持つ事は出来るが、振り回すのは両手じゃないと出来ない。まぁ、いつかは片手でも振り回せるようになりたいとは思ってはいるがこの重さだ。並大抵の努力じゃ無理だろうな。」
「片手で振り回すって…そんなに重い剣、片手で持ち上げるだけでもすごいのに…。扱えるだけでも凄いと思いますよ?」
「まぁ、機能的にはこれでも充分なんだが、主に劣るとなると話は別なんだよな。」
ん?主?
「主って、セルク、様の事ですか?」
「ああ。」
二人でセルクの方を見ると視線を感じたのか「ん?」と首を傾げてこちらを向いた。手には紙とペンを持ち、何かを書いていたようだった。
セルクに劣るってどういうことだろう。
「この大剣はセルク王子から譲っていただいたものなんだ。」
えぇ!うそ!セルクがこれを使ってたって事!?
いやいや、王族だし只単に所有していただけとか…。
「それでは…セルク、様も大剣を扱えるということですか?」
「もちろん。しかも片手で振り回せるほどに、ね。」
「えぇっ!!!!」
でもそういえば、さっき大剣で攻撃された時、軽々と短剣で大剣を受け止めていたような…。
それに人一人かかえてあんな高いところから飛び降りるってのもやっぱり凄すぎるというか、人間業とは思えないよね。
ますます納得のいかない不思議そうな顔をしている私を見かねたのか、ダヤンが説明を続けてくれた。
「俺はグランディア王国の人間だが、一般のグランディア人はこんな力は持っていない。俺は竜の血が少しだけ濃いんだ。」
…竜…
そうだ。グランディア王国にも竜の伝説があって、アルスメリアが知と技を受け継ぐ王国に対して、グランディアは力と体を受け継ぐ王国のはず。
「アルスメリアには珠巫女という存在がいるんだろう?グランディアにとってのそういう存在だと思ってくれればわかりやすいんじゃないか?ただ、珠巫女と違ってこちらでそんな力をもっていても特別視されるような存在ではないがな。」
「どうしてですか?」
「たかだか他の人間より力が強いとか、体が丈夫だってだけだ。崇められるような存在になるわけないだろう?そんなやつは国中にいるからな。しかも竜の血が比較的強い奴も男ばかりで、狙われたところで自分で自分を守ればいいだけだ。」
「…なるほど。」
確かにアルスメリアの珠巫女とは立場というか扱いが違うのも納得かも。
「セルク王子は王族であり、竜の血を特に強く受け継いでおられる。他の王子方も同じくらい竜の血を受け継いでおられるのかもしれないが、あそこまで力を使いこなせるのはグランディア国内でも一人か二人しかいないだろうな。」
つまり、グランディア国内の1、2の実力者の一人がセルクってことよね。
まだ出会って数時間しか経ってないし、粗野な雇われ兵のシンの方がイメージが強くて、王子様のセルクがよくわからない。
無茶で無謀でスケベというのは嫌でも思い知らされたけど…。
今までを思い起こしてつい先ほどの部屋での事を思い出してしまった。
ぼっと顔が赤くなる。
(ま、まずい!!)
くるりとダヤンに背を向けて顔を両手でパタパタと扇ぎ集まった熱を必死で逃がす。
「?…フィーナ殿?」
ダヤンが不思議そうに声をかけてくる。
「あ、何でもないです!ちょっと暑いなぁって!あはは!!」
今の会話のどこに暑くなる要素があったのか問われたら苦しい状況だけど、正直に言えるわけないし。
それにしても、同じく竜の加護を受ける二大国のことなのに受け継いでいる力と体の事、なにも知らなかったな。確かにグランディアの人たちにとっては変わった事でもないんだろうし、わざわざ公にする必要もないんだろうけど、これはもう少し勉強すべきだわ。
嘘か本当か、グランディアに行くというお話も出ているみたいだし勉強するに越した事はないよね。
よしっと心の中で気合をいれたと同時に後ろから何か温かいものに抱きつかれた。
「きゃぁ!―――ってセルク、様!?」
「なーに二人仲良くなっちゃってんの?」
「仲良くって…ちょっとお話してただけですよ。セルク、様こそご用時は済んだんですか?先ほど書き物されてましたよね。」
「ああ、屋敷に入ってからの状況を書いて城に送っただけだ。…それより。」
「なん、ですか?」
セルクは後ろから抱きついたまま言葉を切る。
それよりなにより離して欲しいんですけど!?
せっかく冷めかけた熱がぶり返すじゃない!
「敬語が戻ってるぞ。しかも微妙にセルク”様”って取ってつけたように敬称つけるなよ。」
…そういえば…。
だって二人きりの時と違って従者であるダヤンがいるから、不敬に思われるかと思って。
ちらり窺うようにダヤンを見ると察してくれたのか「あぁ」と頷いて白い歯と笑顔を見せる。
「セルク王子が良いと言っているのなら、俺の前でも敬語と敬称は不要だ。もちろん俺と話す時もな。というわけで、いい加減離してあげたらいかがですかセルク様。」
「はいはい。」
しぶしぶといった感じでセルクが離れていくのを眺めながらダヤンは口を開いた。
「先ほどセルク様には報告したが、この屋敷の裏にある実験棟にミランとその部下、そして数人の珠巫女と思われる少女がいて、フィーナから取り上げた木箱を爆薬で開けようと試みている。だが開かない為、フィーナを連れてくるよう命令された。箱の開け方を知っているのか?」
「知ってるというか、あれを開ける鍵が第一神殿にあるということしか知らないわ。」
「それだけ知ってれば十分だな。フィーナを使って取りに行かせるという手もある。あの珠巫女である少女達を人質に捕られれば従わざるを得ないだろう?」
「っ……じゃあ、まずは珠巫女たちを解放しないと…」
やはり想像通り珠巫女を使って種を開花させようとしたんだ。
でも思い通りには絶対させないんだから…。
「それと、ミランが直接手をかけた訳ではないが珠巫女の一人が毒草にやられて重症だ。」
「…なんですって!?」
「新種の毒草の毒らしく、ミランも解毒薬をもっていない。珠巫女たちもそれを治せるほどの力は持っていないらしい。」
「さっき送った手紙にその事も書いておいたから、解毒薬もしくは解毒できる珠巫女を連れてきてくれるといいんだがな。」
「…まずは、ミラン卿のところに行きましょう。最優先は箱じゃなく珠巫女でお願いします。」
「いいのか?」
セルクの問いかけに私は深く頷く。
「未来は箱の中ではなく、少女達の中にあります!行きましょう!!」
波乱の幕開けとなった花祭り1日目。
すでに陽は昇りきり、頂点をすぎてラストスパートに入ろうとしていた。