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竜の紡ぎ歌  作者: はるか
14/15

第十三話 不意打ち

 「花の種?」


 「そう!」






 フィーナとセルクは部屋を出てひたすら長い廊下を走っていた。

 他に人の気配も無く、話し声は廊下に反響し散っていく。


 「あれはお祭りで作られる竜の模型の両目を飾る大花の種。本来は百年に一度しか咲かない花を、珠巫女たまみこの力を使って一日だけ咲かせるの。」


 「ふ~ん。だったら祭りの最後の日にさえ間に合えば大丈夫なんじゃないのか?」


 「それが、百年かけて咲く花を一瞬で咲かせられるほどの力は珠巫女全員を集めてもなくて…。だから二日間かけて巫女たちの負担にならないように時間をかけて咲かせているの。せめて夜までには神殿に届けないと、本当に間に合わないかも。」


 「ミランは知ってると思うか?箱の中身が花の種だと。」


 「たぶん…。あの花の種はもうこの世にあの二つしか存在しないと言われてて、価値としては国宝級だから自分の成金コレクションにしたかったんだと思う。」


 「じゃあ球巫女を自分で集めて花を咲かせることも?」


 「もちろん出来る、と思う…けど、そんなことを考える人がいるとは思ってなかったし…、でもミラン卿ならやりかねない気がする…。」


 「だな。」


 走りながら周りを見渡すとエントランスと同じように廊下中にも煌びやかな調度品が並べられ、この屋敷自体があの男のコレクションルームのように思える。

 片っ端から壊してやろうかとも思ったけど作った人には罪はないし、やめておいた。


 走る先に見える突き当たりには天井からシャンデリアが吊るされていて、そこがエントランス上空の吹き抜けらしい。

 二人で手すりにそっと近づいて下を覗いて見るとエントランスには人もいなくて、静まり返っていた。


 「よかった。誰もいないみたい。今のうち急いで下に行こう!」

 ほっと息を吐いて誰もいないうちにと、急いで階段に足を向けたところで後ろから腕を掴まれて引き戻された。 

 不思議に思って振り返るとセルクがエントランスを見下ろしながらニヤリと意地の悪い笑みをこぼしていた。


 「ど、どうしたの?」


 「急いでるんだろ?」


 「そうだよ!だから早く…!」掴まれている腕と一緒に引っ張って急かしてみるもののビクとも動いてくれない。


 「最短コースあるんだけど、どう?」


 「どう…って。他に道があるの?」

 見渡す限りそんな道は見当たらない。奥に続く廊下と手すりを越えて3階分下に広がるエントランス、そして後ろには階段。窓から外を見下ろした時、近くに掴まれそうな木もなかったから窓からも無理だろう。


 「高いところは平気?」

 不思議に思ってるとこにされた質問に疑問を抱きつつも素直に頷くと、覆いかぶさるように近づいてきたセルクの左腕にひょいっと子供抱きされてしまった!!


 「ちょっ!!何っ!!?」

 驚いて暴れた拍子に落ちそうになった為、とっさに目の前に首にしがみついた。


 男の人に抱きつく形になってしまい、慌てて身体を極力遠ざけてみると今度は目の前にセルクの端正な顔があって顔に熱が集まる。

 

 真近に見える端正な顔が白い歯を見せて楽しそうな笑顔を向けてくるが、正直その笑顔には嫌な予感しか感じない。

 そもそもこの歳になって男の人に子供抱っこってどうなの!?


 「お、重いから下ろしてよ!自分で歩けるってば!」

 そう言ってはみるものの、重たがってる素振りも様子もない。本当に片手で軽々といった感じだ。


 「だから、歩いてたら時間かかるだろ?」


 「じゃあ走れるから!!」


 「走るより早いって!」

 笑顔で笑うセルクに対してフィーナの顔は焦り一色だ。


 もう一度抗議しようと口を開いたら突然フワッと身体が浮く感じがした。

 え?と思って下を見るとセルクはフィーナを抱えたままエントランスを見下ろす手すりの上に立っているではないか!


 短い悲鳴をあげて再度セルクの首にしがみ付く。


 「何してるの!!?危ない!!降りてーーー!!!」

 セルクの耳元で叫ぶけど聞いてませんという風に無視された。


 階下から背中に這い登ってくる風に背筋がぞわぞわする。

 少しだけ下を覗いてみたけど、クラリと眩暈を感じてすぐに止めた。

 何で手すりに乗るのー!

 考えたところで、ふと気づく。



 …………え。



 …まさか!!!!!?????????


 「…セルク?まさか…ね?」


 まさかでしょ!!!???


 「ちゃんとしがみ付いてるんだぞ?」


 え?という呟きが発せられたのと、身体が宙に投げ出されるたのは同時だった。


 フィーナの視界には遠ざかっていく長い廊下と先ほどまでいたであろう、手すり。

 それを静かに見送ったのはきっと一瞬。



 

 「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」



 あとは私の悲鳴と共に景色が縦に流れていった…。








 無理!!!!


 


 死ぬ!!!!




 ありえないーーーーーーー!!!!!!





 馬鹿!!!アホ!!!間抜け!!!スケベ!!!放蕩王子!!!!馬鹿王子ーーーーーー!!!!!



 3階から飛び降りて大丈夫なわけないじゃない!!



 助けてーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!
















 心の中で罵詈雑言を吐き出してセルクの首にありったけの力でしがみ付いていた。

 体の中に直接響く内臓が押し上げられる浮遊感と、しがみ付いていないと身体が宙に投げ出されそうな不安が手足中に広がる。


 それでもいつかは終わりが来る。

 細めた瞳の先に、流れる景色の終焉に、エントランスの地面が近づくのが見えた。




 みんな心配かけてごめんなさい!



 怪我するかもしれないけど、怒るなら、怨むならセルクにしてね!!!! 




 来るであろう衝撃と痛みを覚悟してフィーナはぎゅっと目を瞑った。

























―――トンッ!!









―――――――――――――――――?










………………??








 あれ?


 まだ、地面につかない?


 どうなって…?




 「フィーナ?着いたぞ?」


 「え?」


 ぱっと目を開けるとすぐそこに地面があった。

 顔を上げるとそこは確かにエントランスで、遥か上空には先ほど真横に見えたシャンデリアが吊るされている。


 「どうして…」

 

 「な?この方が早かっただろ?」

 唖然とするフィーナに気づいているだろうに、得意げに言ってくるセルクに一気に頭に血が昇った。


 「あんな高いところから無事に降りて来られる訳ないでしょう!!」

 別段痛いところもないのか、先ほどと変わらず片腕にフィーナを子供抱きしたまま飄々と立っている。


 「い、痛いところないの?怪我は?ってか降ろしてよ!!あぁ!!思いっきり首絞めちゃってたけど苦しくなかった!?何で無事に着地出来たの!?なんかロープでも使った!?」


 矢継ぎ早に質問しながらセルクの腕から降りて身体を観察して見るけど、やっぱり怪我はしてないみたい。

 信じられない!!

 あんな高いところから飛んで大丈夫な人なんてありえない!

 でも、まさか…。

 

 「…グランディア人は空が飛べるの?」

 一つ呼吸を置いてからすっごく真剣に聞いてみた。


 「……ぶっ!!」


 笑われた。


 しかも大爆笑。


 恥ずかしくなって真っ赤になった顔を誤魔化すように反論する。


 「人が真剣に聞いてるのに!!!だって、じゃなきゃ、おかしいじゃない!!」


 顔を真っ赤にして怒るフィーナに対して、セルクは笑いで滲んだ涙を指先で拭いながら頭をぽんぽんと撫でてきた。


 「まぁ、あそこから飛んで無事なのは俺くらいだろうな。グランディア人は身体が丈夫な奴はたくさんいるが、空を飛べる奴は一人もいない。怖い思いさせて悪かったよ。」


 その軽い謝り方に反省の気持ちがこもっているとは到底思えなかったけど、笑っているし、怪我も本当にしてないみたいだし、次第にまぁ、いっかという気にもなってきた。

 でも高鳴っていた心と身体は落ち着きを取り戻しても、胸のモヤモヤはまだ晴れない。

 自分の身を危険にさらされた事よりも、あんな無茶を平気でしてしまうセルクに腹が立っていた…その気持ちは拭えていない。


 笑うセルクをキッと強く見つめて言い放つ。


 「もうっ…無茶はしないでっ!今回はたまたま無事だっただけかもしれないでしょう!?怪我で済めば良いけど死んだりしたらあなたには悲しむ人がたくさんいるのよ!!」


 もしかしたらこの人にとってはこんなこと日常茶飯事のことなのかもしれない。


 私なんかが心配したって、見ていないところではきっと平気で無茶したりするんだろう。


 でも、知って欲しかった。


 さっき出会ったばかりだけど、私がこんなに心配していること。


 余計なお世話かもしれない。


 迷惑かもしれない。


 セルクがどんな顔をしようと、どう思おうと言わないと気がすまなかった。



 おそらく興奮で顔を真っ赤にしている私の顔を、瞳を大きく見開いて見つめていたセルクがふいに右手を上げた。


 (殴られる!?)




―――ぎゅうっ



 

 

 「…え?」

 次の瞬間、なぜかセルクに抱きしめられていた。


 なに?どうして…?


 「セル…ク?」


 「主人と従者って似るんだな。」


 「へ?」


 「ルカとお前だよ。あいつがうちの国に来て俺と出会って初めの頃、同じような感じで怒られたんだ、俺。」


 「王子に?」

 王子るかしぇーらもよく無茶して私に怒られるけど、その王子に怒られるという事はそうとう無茶したんだろうな。


 「そう。…いい奴らだよなぁ、お前ら。この国の人ってみんなそうなのかな?」


 自分の事を含めて、国の人たちを褒められてなんだかくすぐったくなった私はつい笑ってしまった。


 「ふふっ。そう、みんな良い人達ばかりだよ。…だから、この国では無茶はダメ。」


 「…善処するよ。」


 会話をしながらなんで抱き合っているのかふと疑問に思ったけど、不思議と先ほどまでの不安とか興奮とかがすーっと消えていくのを感じていた。


 会話が終わってもまだ抱き合ったまま、目を閉じてすぐ傍の体温を感じていると、後ろから風を切る音がした。



 (なんだろう?)



 疑問に思った時には私はセルクに抱きこまれたまま横に飛び、直後今まで居た場所を突き抜けて大きな壷が壁に激突して粉々に割れた!!


 「きゃあ!」

 その割れる不快な音が響ききる前に今度はシャンデリアの細かな光を反射しながら大剣が弧を描いて二人を襲う。

 横目に見える光景に鋭く息を吸った。

 空気を巻き込むようにすごい勢いで振りかぶってくる大剣は大人の身丈程もある大きさで、それが確実に私達を捉えていた…。


 (間に合わない!)

 避け切れないと判断して目を伏せた。




――――――ギンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!


 



 鋼と鋼がぶつかり合う一瞬の音が部屋に響く。


 はっとして見上げると、セルクが右手に私を抱いたまま左手に短剣を持ち、その片手だけで大剣を受け止めていた。


 その顔は苦しげでも無く余裕を残したまま。

 両者力を入れたままの刃の隙間からはカチカチと音が小さく鳴り響いている。 

 あの大剣を受け止めたという光景に唖然としてセルクの顔を見上げていると、その口から出会ってから今まで聞いた事のない怒気を含む重い声が発せられた。



 「どういうつもりだ?――――――ダヤン。」


 初めて聞く声に驚きつつも、ダヤンと呼ばれた大剣の主に目を向ける。


 「―――あっ!」


 それは私を荷馬車から下ろした、あのフェミニスト男だった。


 そうだ。期間限定とはいえ一時的に仲間同士?だった二人だもの名前を知っていて当然だろう。

 でも何で攻撃してきたんだろう。

 二人の様子を見る限り、ダヤンと呼ばれた男は両手で大剣を握り締め精一杯力を込めているのがわかる。本気で攻撃したということだ。

 そりゃ、部屋で待機と言われていたにも関わらず私と一緒にここにいるのだから、怒るくらいはするだろうけどいきなり攻撃はどうかと思う。

 なんてひどい人なんだろうと考えて勝手にイライラしていたフィーナだったが、この考えとかけ離れた事を二人は話し出した。




 「部屋で待っているよう言ったはずです、セルク。」


 「だから、これか?」

 ダヤンは横目で刃の合わせ目を指して言うセルクを一瞥して、次にフィーナを見た。


 「フィーナ殿まで連れ出して、何をしているのですか。」


 「連れ出してって…こいつが行きたいって言ったんだぞ!?」


 「それを止めるのもあなたの役目でしょう。まったく…上から降りてきたのを見たときは本当に驚きましたよ。」


 「全部俺のせいかよ…」


 「自覚が足りないと言っているのです。フィーナ殿まで怖がらせる必要はないはずです。」


 「今!この状況を一番怖がらせてんのはお前だっつーの!!いい加減剣を下ろせ!!!」


 おや?と言う顔をした後ダヤンは静かに大剣を下ろした。

 セルクも「まったく…」と文句を言いながら短剣を腰にしまう。

 二人の間にあった切迫した空気がなくなり無意識に詰めていた息を吐いて改めてダヤンを見ると、数刻前には見られなかった笑顔がそこにあって驚いた。


 「あ、あの……」

 状況としては敵に見つかってしまったようなものなのだが、セルクの知り合いでもあるし、どう声をかけたら良いか迷っていると横からセルクが紹介してくれた。


 「さっき会ったから顔は知ってるだろ?ここの奴らの仲間ってことになってるけど、こいつ、俺の従者でダヤンっていうんだ。」



 ――――――はい!?



 「先ほどは手荒なマネをして悪かった。セルク王子の従者でダヤンという。よろしく!」




 びしーっと親指突き立ててくるダヤンの顔は敵地には似合わない笑顔で。





 最初の印象が無口で乱暴なフェミニスト男だったその人は、実は白い歯の似合う笑顔の素敵な人でした…。

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