第十話 キス
顔を背けることが出来ないほど強く押し付けられる唇をフィーナはぎゅっと目をつぶって受け入れていた。
頭の中では何で?どうして?という疑問が飛び交っているが、不器用に押し付けられている唇から意思を読み取れるほどキスに慣れている訳でもなく、閉じてしまった目を開けて表情を読み取ろうとする勇気も羞恥にかき消されてこれっぽっちもない。
でも疑問は突然キスしてきたセルクに対してもあったが、自分自身にもあった。
(なんで私…嫌じゃないんだろう…?)
最初少し冷たかった彼の唇が自分と触れ合ってる内に熱を分け合い心地よい体温になっていくのを、嬉しいと感じてさえいる自分が不思議でならない。
きっと大暴れすれば止めてくれると思うけれど、そうしなければいけない理由が自分の中に見つからないのだから仕方ない。
(誰にキスされても受け入れる?…まさか、それはない!…一国の王子、だから?それとも彼、だから?)
不快感を感じないキスについて自問自答しながらも、大人しく受け入れていたフィーナにもついに限界が訪れた。
「っ!!……っんー!!んー!!」
すぐに離れるだろうと思っていた口付けはフィーナの予想を裏切る長さで続いて、驚きのあまり呼吸もままならなかった為に羞恥だけではなく息苦しさでも顔が真っ赤になってきた。
たまらず押さえられてる腕を必死に動かすと、気づいてくれたのか唇の押し付けが弱まった。その隙を逃さず急いで顔を背け、新鮮な空気を求める。
「ぷはっ!!…はっ…………はぁ……はぁ…」
極度の酸素不足で目には涙が浮かび頭がクラクラした。
足の力も入らず、座りたかったけど拘束が解かれたのは唇だけ。手首は相変わらず壁に拘束されているのでそれ以上の身動きは取れなかった。
怒りよりも恥ずかしさよりも息苦しさから開放された安心感から体の力を抜くと、壁に押さえられている手首がするっと開放された。
「ぁ……」
ホッとした反面、寂しいと思ったのは一瞬の気の迷いだろう。
息を整える事に必死なあまり逃げようという考えもすぐに働かず動けないでいると、手首を開放した彼の手が優しく頭を撫でてきた。
「…大丈夫か?」
頭を撫でる手の温かさに落ち着き、その優しい声音に思わず素直に頷いてしまう。
やっと呼吸は普通になってきたものの、真っ赤になった顔と身体が揺れるほど高鳴る鼓動はすぐには直りはしない。キスをしてきた人にどう接すれば良いのか、変に正気に戻ってしまった頭では羞恥が勝ってセルクの顔を見上げるのも難しかった。
(こんなことなら大声上げるとか…ビンタして逃げるとかしてればよかった!)
悔やむ気持ちを心の中で叫んでいると、頭を撫でる手と反対の手が腰に回り密着するほど引き寄せられた。
「きゃっ!?」
軽々と引き寄せる腕の力強さに胸がドキンと高鳴る。同時に目の前には整ったセルク王子の顔。
うちの王子様も綺麗な顔してるけど、セルク王子はまたタイプの違った顔立ちで綺麗だった。もっと男らしいというか…色気があるというか…放蕩王子と呼ばれていたそうだから王室内とは違う、旅の中で身についた魅力もあるんだろう。
「え、何…?」
見上げたその彼の顔は今日見た中で一番の笑顔だった。
それも欲しかったものが手に入った時の嬉しくて仕方が無いという感じの満面の笑み。
なぜそんなに笑顔全開なのか不思議に思いつつも、その笑顔に見惚れてしまい固まっていると、頭を撫でていた手が首の後ろを支えその指の隙間から髪がサラサラと流れ落ちた。
「なら…」
言葉を紡ぐその整った唇を自然と目で追う。
「今度はちゃんと息しろよ…?」
「え………んぅっ!!」
ぐっと顔が近づいたと思うと同時に唇を覆うように重なったそれは、先ほどよりも熱く深く、濃厚に攻めてきた。
口内に侵入する初めての感触に下腹がずくんと疼く。
必死に逃げていた舌も簡単に絡め捕られ、抵抗しようと押し返す行為も火に油を注ぐように激しさを増長させる行為でしかないようで…。
角度を変えて何度も内も外も吸われる度に、彼の興奮した息遣いを耳で、前髪を顔面で感じて、人と…異性と触れ合っている事を嫌でも思い知らされる。
そして先ほどと違って息をすることを覚えた私の息遣いも彼の声に混じって聞こえてきた。
それは明らかに興奮した女のものであり、本能のままに肌の触れ合いを求めたものだった。
「ゃ……んっ、んん…ぁ…はっ…んン」
お互いの唾液が交じり合う音がしばらく部屋に響く。
先ほど開放された手は自らの意思でセルクの胸にしがみつき、腰に回された腕で厚い胸板に押し付けられてしまうと抵抗する力どころかまともに立っている事も難しかった。
(ダメ…離れないと…)
長いキスの中、ほんの少しだけ回復した思考が抵抗を試みる。
震える身体を奮い立たせて何とか胸板を押し返し止めさせようとしたが、
「まって……んっ……王子っっんぅ!」
息継ぎの合間に言葉をかけるがそれはすぐに唇で塞がれてしまった。
抵抗は許さないとばかりに強く吸われ、閉じた目から涙がこぼれる。
(どうしよう。どうすればいいの?……ルーシェ!!)
ビクンッ
「ぁ………?」
口内で触れ合っていた繋がりが突如水音を立てて離れた。
何事かと目を開けて見上げると、なぜか驚いたような彼の顔が自分を見下ろしている。
少し下に目をやると、開きっぱなしになっている二人の舌の間を銀糸が伝っているのが見えて、慌てて口を閉じ下を向いた。
(恥ずかしい~!!何で私この人とこんなキスしてるのぉ~!!!!?)
これまでの人生最大ともいえる羞恥の出来事に軽くパニックを起こしそうだ。
唇に触れるとものすごく熱を持っていて、眼の奥も羞恥と興奮で熱くなっていた。
「お前…―――好きな男いるのか?」
「え?」
唐突に質問された内容が理解できなくて思わず聞き返す。
見上げた彼は神妙な顔をしていて、ふざけて質問している訳ではなさそう。
でも顔を見ると勝手に唇に目がいってしまい、またキスされるんじゃないかと考えるともう顔も見ていられず、下を向いて首を横に振るのが精一杯だった。
「ふーん…」
軽い相槌を打ってから、何か考え事をしているらしい彼の手はもう私を拘束していない。
(とりあえず、距離をとらなきゃ!)
隙をついて離れようと改めて気合を入れ直した
その時、
ドゴーーン!!!!
建物の外で爆弾が爆発したような大きな爆音がして、その爆発の大きさを表す大きな地揺れが二人を襲った。