プロローグ
白いレンガで造られた幅広い大通りは、新月の夜の星明りの中でも細かな光を放ち、決して小さくはない王都の入り口から王城までをいくつものうねりを見せながら長く導いていた。
大通りの両側には民家や店が連なり、昼間は活気ある民の姿が溢れかえる。
今は真夜中。
窓からこぼれる夜更かしの明かりも一切見えなくなった頃。
長い大通りのちょうど真ん中辺りに位置する大広場に、黒いローブを纏う二人の姿があった。
その内の一人が片手を腰に当て、片手を口元で固定する。
大きく息を吸い、
「や――――――――――――っほブッ!!」
勢い良く叫んだ声は容赦なく遮断された…。
「何してるんですか!あなたは!!」
こちらは怒鳴りつけてはいるものの、小声。
片手には紙束を丸めたものを握り締めている。深夜の騒音を発した人物の頭をスパーンといい音で鳴らせるだけの厚みはあったようだ。
「何って…王国の皆様に深夜の挨拶をしようと…」
「国民を叩き起こすおつもりですか!?そもそも深夜とはいえお忍びで街に来ているのですから、余計な騒ぎは起こさないで下さい!」
注意されても反省の色無く、叩かれた頭を擦りながら恨めしそうな目を向けてくる人物に睨みを利かせたまま、丸めた紙束を戻し内容に目を通す。
「明日から行われる花祭り…いつになく気合が入ってますよ。色とりどりの花で作った竜の模型を大通りを通って城まで担ぐのも例年通り行われます。この広場も明日には花で飾られるでしょうね。」
広場を見渡すと花を飾る為の下準備の後があちこちに見られる。
お祭り前の高揚を誘う雰囲気が広場を中心として国中に広がっているようだった。
「…おまえは?」
「え?」
問われた意味がわからず書面から視線をあげると、もうその人は恨めしそうな顔はしておらず、口元に笑みを浮かべ優しい瞳でこちらをみていた。
「今年も参加するのか?」
「…はい。」
「…そっか。」
そっけない返事をしながら視線を街中に向ける人に、苦笑して声をかける。
「―――王子。
毎年申し訳ないとは思いますが、今年も花祭りの三日間は、遠慮なく楽しませていただきますね。土産話とお菓子は忘れずに持って帰りますから。」
にーっこりと満面の笑顔で言うと、王子と呼ばれた方はしょうがない奴とばかりに軽く肩をすくませて。
「しかたないな!マーゼラの木苺パイを買ってくるなら三日間位、侍女の暇つぶしに目をつぶろうかな。」
「寛大なお心に感謝いたします、王子。」腕組をして尊大に言う王子にかしこまって返事をすると、二人は夜闇に響かない程度に笑い声をあげた。
「…ところで…、今は二人きりだぞ?」
「……それが何か?」
「…『王子』?」
「……ーーあ!」
「最近また『王子』が染み付いてきちゃったみたいだなぁ」
「…そうみたい、ですね。…だね。」
「寂しいよなぁ…」
「ごっ、ごめん。」
顔を背けて完璧に拗ねモードに入る王子のローブを指先でつまんで謝ってみる。
幾度か軽く引っ張っても返事無し。
「…明日も早いし、こっそり抜け出したのばれたら怒られちゃう。そろそろ帰ろう?
――――――――――――――――――――――――ルーシェ。」
そう呼ぶとパッと音がする勢いでこちらを向いて、ニンマリと笑った。
「ばれたら侍女の悪い誘惑に引っかかりました~って言ってやろう。」言いながら大股で王城の方へと歩いていく。
「っな!人を真夜中に叩き起こしておいて!!」まだローブを掴んだままだった為、引っ張られる形で小走りでついて行く。
二人が向かう先では白を基調とした白亜の王城が、次の朝日が昇るのを静かに待っていた。
あるいは二人の、二人だけの時間の終焉を、見届けていたのかもしれない。
もうすぐ夜が明ける。
花祭りの始まりと共に
世界の歴史もまた大きく紡がれようとしていた。