暁の海より出しもの
For a Samurai to be brave, he must have a bit of Black blood.
黒人学の教科書で、日本の諺として紹介されている言葉。
アメリカの黒人知識人の間では有名な言葉ではあるが、日本語としてどういう文章だったのかは、日本人は誰も知らないらしい。
そもそも構文からして、あまりにも英語臭すぎる。
まるで日本語の素養がない誰かが捏造したような言葉だ。
時代遅れのラジカルな黒人運動家が、日本の最初の征夷大将軍の坂上田村麻呂は黒人だったとか、そういう論文が日本人から隠されるように出回っている。
なんでこんなこと、今思ってるんだろう? アタシは自問する。
それは、アタシの中に現れた何かが、アタシの中から引きずり出したこの言葉に対して皮肉な興味を持っているからだ。
そしてその興味は、目の前のろくでなしに思うさま試されることになるだろう。
アタシを組みしだいている目の前の下卑た男たちに。
例えるならそれは、追いつめた子猫が虎に化けたことを知らない野良犬の群れ。野良犬は、野犬や山犬ですらない、連携もできないただの犬。
そして私は、これから虎に等しい何かになる。少なくとも、決して無手の人間が組みついていい生き物ではない何か。
それは、日本の戦国時代を生きた本物の侍。
殺人者の中の殺人者。それはアタシの報復の願いを無視しつつ、興味本位の殺戮の意思で心を塗りこめていく。
「まこと侍に黒い血が必要なりければ、黒き血のみで生まれし者は如何なりや?」
侍は、誰にともなしに口にする。それがアタシが暗闇に落ちて行く間際に聞いた、最後の言葉だった。
……面白きかな!
侍の武勇に至るには、わずかな黒き血が必要であると?
ならば黒い血だけでできた此方がどれほどの兵か、一手組み打ちご指南願うとしよう。
初手は、睾丸。人差し指から薬指にかけて指を広げ玉袋を挟み込み、拳を握り締めて全力で引き抜く。鈍い手ごたえの後、
袋の中の玉が双球ともに破裂する感触が手に伝わる。
強姦は、愚行の中の愚行。男の人体最大の急所を晒すゆえに。
組み打ちのいろはも分かっておらぬような痴れ者が、男であってよき道理なし。
返す手で、親指を鼻梁に沿って指を眼球深く指を突き立てて深奥をこじり回す。
その抜け穴から、鮮烈な桃色が飛沫く。
それは、黒くなどない。
赤黒くさえない。
強いて言うならば……体幹深くをゆるゆると流れる、出してはいかぬ色の血よ。
死に行く獣の風情のない叫び声を聞きつけた徒党が、駆けつける。
その手前に向かって、今しがた抉り出した眼球を放り投げる。
追手が狼狽する束の間、その身を捧げた女 の知識から、武具となりえるものを探す。
硬いもの、尖ったもの、長いもの……
武具より前に、出口があった。窓を塞ぐ透き通ったものが閉ざしている。それは、ガラスという名の『ぎやまん』で、
強い衝撃を与えると割れて危険なものだという。
どう危険なのか? 硬く尖り、掃除する手を傷つけるゆえに。
即座に横に転がる煉瓦という四角い石を握り、窓ガラスに叩きつける。
窓ガラスは砕け、尖った破片となって外向きに振りそそぐ。
そのまま窓枠に手をかけたところで、背後を取られ引き寄せられる。
引き寄せられる勢いで、振り返りつつ手を振りぬく。窓枠から離れた手には、人差し指と薬指に挟んだガラスの破片。
……この血もまた、鮮烈なる桜を超えた桃の色よ。
最後の一人が手にしたもの、それはウージーなる火縄銃の一種。
小さく、短く、短時間で大量の弾丸をばら撒く剣呑な火縄銃である様子。
首から血を噴き出しつつ死の叫びをあげる男を、ウージーの銃手に突き飛ばす。
銃手は首から血飛沫く男を撃ち続ける。
その男の影を縫い、銃手の視角から外れる。
味方を撃った衝撃で生まれた隙を突き、眼球をえぐった男の尻からピストルという火縄を取り出す。
火縄銃とは思えぬ小ささ。しかし、火縄の握りはわかるものの、その撃ち方を女は知らぬ。
ならば、鉄の塊として扱うべし。
胴にめがけてピストルを投げつける。至近距離からの鉄の塊は、女の腕力でも威力はあなどれるものではない。
銃手は防護の反射でウージーを握った手の甲を見せた。
その手の甲に先ほど目をえぐった親指を、裂帛の気合とともに押し込む。
苦痛にもがく男はウージーを握る手を開く。
そして人差し指ごと、猿の動きで銃口をかわしながら、全体重をかけて銃手のウージーを折り取った。
銃身は灼熱しているゆえ放り投げ、着地と同時に銃手を腰だめに脳天から投げ落とす。
銃手の全体重はその首にかかり、首はありえぬ方向に向けて曲がる。
3人の男の口からは、死にゆく人間だけが発する奇怪な咆哮が発せられている。
部屋の外からは、騒ぎを聞きつけた男たちの声が聞こえる。
しかし、どうということはない。
部屋の床には、金属バットというものが転がっていた。バットというだけあって、抜き身の刀のように扱える、軽くて硬くて握りの良い、鬼の金棒であった。
本来は遊戯に使うもののようではあるが、これほどの武具を遊戯に使うなど勿体ない。なにしろ、刀と違って折れ曲がりや刃こぼれがないようだ。
握りに巻いた布が、腕に伝わる衝撃を和らげるのも良い。なにより3人の男の頭でその威力を試してみての結果である。まこと天晴な金属抜刀よ。
常世の稲荷殿よ照覧あれ!
『目覚めたとき、目の前にいる男は必ず仕置きなさるよう。そのために依代の娘はその身を捧げまするゆえ』
その約束は果たした、そしてこれからまた果たす。
『あとは、思うがままを為されませ』
その約束も、必ず守ろう。
黒い娘御、わしはおぬしを助けた。ゆえに、おぬしは今よりわしのモノだ。
最初に部屋に入った男の脳天が、爆ぜる。
そして鬨の声とともに、エリナ・ウィリアムズだった侍は金属バットの死の旋風となり、少女たちの絶望と死に塗り込められた監禁部屋から躍り出た。
「こいつぁすごいね! 表彰モンだ」
新米刑事は、感嘆の声を上げる。
スナッフ(殺人)ムービー撮影集団の捜査中、被害者の少女がスタッフを全員殺害して行方をくらませたと報告が入った。
1人を残して頭は全員潰されているものの、身体的特徴から間違いなく刑事達が追っていた連中だった。
「こいつらは俺達が処刑椅子に引きずり出すはずだっただろ。俺たち何人分の獲物をかっさらわれたと思ってんだ」
老刑事は、そう言いながら残ったビデオの画像を見る。最初の2人までは撮影用カメラが、4人までは室内の防犯カメラが
その殺害の模様を完全に記録していた。
まずは行動不能になる致命傷を負わせ、片がついたら金属バットで確実にとどめを刺して回っている。
「ほとんど全員が、まずは手足や首を折られてから頭を叩き潰されている。4人目だけが、真っ先に頭を叩き潰されて
即死させてもらえたラッキーガイだ」
一番小柄な男だけが、全裸で死んでいた。その体には殺害時に付いたであろう無数の血痕が指紋跡も鮮やかに残っている。
シャワー室には、使用跡があった。
「エリナは、金属バットで全員殺害したあと服を盗むために一番小柄なアルフォンス・ホワイト、通称クレイジー・アルだけを生き残らせ、
自分で服を脱がせた後で素手で殺し、シャワーを浴びた後でそれに着替えて出て行った……ということか」
「根性が据わってますね。ジャーヘッド(海兵隊員)でも小便ちびりそうだ」
「根性で年端もいかん娘が、大の大人を13人も殴り殺せるか。しかもこいつらはほぼ全員武装してて、2メートル近い
ゴリラ野郎も混じってた。しかも3人は元マリンコ(海兵隊員)だ」
「ますますもって表彰モノですね。SWATを3チーム送り込んでも、こう手際よく行きません」
「……ワシらの事件が、こんな形でケリがつくとはな」
老刑事は、新米刑事のようには素直には喜べなかった。理不尽が、より大きな理不尽に踏み潰されただけのように思える。
そしてその予想は、当たった。
「これよりこの現場は、アカツキ機関の管轄となる。諸君、ご苦労だった」
パンツ姿のビジネススーツに身を包んだ30代の女が、現場に現れるなり言い放つ。
突然の宣言に、若手刑事は食ってかかる。しかし、それは無駄なことだと老刑事は知っている。
女子が関わる異常な大量殺人事件に、ほぼ必ず立ちふさがる女だけの機関、アカツキ。それに直接邪魔をされるのは、今回で2度目だった。
政府議会の諮問機関のひとつとも言われるが、なぜそれに日本語の名前が冠せられ、しかも司法機能まで有しているのか、一切不明。
ただ彼らが現れた事件は、必ずSWATの極秘任務ということになり報告される。これもまた、『そういうこと』になるのだ。
「……そういえば、アカツキさんって知ってる?」
「正義の味方の幽霊さんのことだよね」
「うん、どんなピンチからも助けてくれるんだよね。でも、その見返りにバージンを奪われるの」
「……だったら、あんた助けてもらえないじゃん」
「うっせコノ」
非常線が張られた現場の外を通りすがるジュニア・ハイの女生徒の声が響いた。
Arcadiaからの転載になります。
ご一読ください。