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王子が娘に謝るまで殴るのをやめない

作者: リーシャ
掲載日:2026/07/23

 王子が娘の婚約を破棄しに来たので殴りつけた。幸いにも王子は側近も王家の影的な存在も引き離して来たのか最高にいい状態を引き当てた。天は我らに味方しているのだ。


 バシッと鉄入り扇子を振り上げて二振り目に入ると王子の両頬がパンパンに腫れ上がる。


「グフォッ!?なにするんだ!わたしは王子だグフォッ」


 三撃目の最中に話しはじめると舌を思っ切り噛んだらしく、口元がもごもごと言うし話せなくなる。見下しながら唱えた。


「ヒール」


 緑色の光を纏わせて王子を再び椅子に座らせて、治った後にまた振り上げる扇子。今ここには自分しかいない。娘は泣いてしまい自室に籠り、夫は丁度地方に赴いている。

 治癒魔法を極めた己に治せぬ傷はないと自負していたが、娘の心の傷だけは治せないことに気付いた。

 なんということかとショックを受けて、娘の背中を摩ると王子を閉じ込めて振り上げるものの威力も上がる。伊達に腕を鍛えていないし肺活量もまぁまぁある方だ。


 夫が帰って来たら王子の後ろ盾の撤廃と慰謝料に王家へ、娘が不自由しないための支度金回収を頼まないと。今まで割と安く王家の治療を請け負ってきたのに。それはひとえに、将来の娘が恩を積み立てた母親の庇護下にあると王室の者たちへ意識させるため。


 誰だって王家に入るのなら安全にちやほやしてほしいと思う。厳しくなんてとんでもない。うちの娘はいい子で賢くて、悪口なんて言わない親孝行もよくしてくれるできた子なのだ。


「ぐは!?やめっ」


 それを。


「やめろっ!王族への、ふけっ」


「お黙りになって?」


 よくも。


「不敬ですって?我が家の至宝を渡したわけではありませんのよ。貸しただけの宝石を傷付けたら、その分は補填せねばなりませんの。王子ともあろう方が世の道理もわからないなんて」


 扇子の風を切る音がやめばまた緑の光が男を包み、癒す。


「暗愚ですわね?」


 しかし、男は癒やされて傷がなくなったところで喜べない。癒やされるとまた痛みが繰り返される。


「痛いですか?娘はもっと痛かったでしょうね?無能なあなたの代わりに毎日頑張って代理になれるよう学んでいると言うのに、王の子ともあろうものが」


 バシッ、バシッと生まれて一度も感じたことのない怪我や痛みを初めて思い知らされ、王子の精神は呆気なく崩壊しかけている。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「年下の子にお膳立てされて恥ずかしいですこと……恥知らずの恩知らず……穢らわしい……」


 王子が謝ってもやめない。二度とこんな幸運はないだろうから、今日の限りある時間全てを娘の健気な捧げられた人生の代わりにもならないが、それでも手を引いて払って振るい続けた。最高威力の治癒を使って何度も。


「謝ったところで娘の傷は癒えませんのよ?」


「ご、め、な」


「謝るのなら最初からやらなければよかったのです」


 王家も王家だ。王子だから甘やかすのではなく、王子だから厳しく机に縛りつけなければ。なんのための予算だろう。

 娘に公務を将来させるだけではなく、己の治癒を遺伝させる可能性まで未成年にのしかからせていることを知っていた。

 本当は盆暗な王家の子供になど渡したくなかったのに、王命だなんだの高位貴族の義務などとそれらしいことばかり並べて。

 たいそうなことばかり言う割に王家の子育ての甘さと杜撰さ。義務なのだったら、娘のやっている課題を王子に解かせるべきである。王子にはまともに答えられないか。


 フッと笑う。


「本当に……娘をやるには勿体無い穀潰し」


 言葉という毒を流し込みながら扇子が鈍い音を立てて、王室のご自慢の血筋を汚していく。だが、治癒にかかれば証拠も共に消える。


「足を引っ張って、王家の恥が……!」


「ひぃっ、がんばります、がんばります」


 相手はひたすら何か言うが、今更頑張っても公務をこなせるまで何年かかるのだろう。後ろ盾を無くした王子は、治癒魔法を使う夫人まで無くしてしまうのだ。

 王家の者たちは怒り狂うだろう。将来よりも夫人の治癒が使えなくなるのが死活問題だ。あるから無茶ができるのに、拒否されるとなれば今までのように国を運営できるかも怪しい。


 失敗作を盛大に国の顔として扱っていた国だ、無理だろうとわかりきっている。この国はまさに自分の魔法と娘の賢さに依存しかけている。夫の政治手腕も言わずもがな。


 特に今まで敵にも足手纏いにもならなかったのに、王子の頭の悪さくらい夫と妻で娘を支えれば大丈夫だと言って、実際王家にたくさん手のモノを入れており娘の意のままに動く駒は、あちらこちらにいる。


 王室に入っても、娘がケーキを食べながら日々を過ごせる準備をちゃんとしていたというのに。あろうことかバカは娘に婚約破棄を申し立て、今夢中になっている男爵の娘と婚約をすると宣ったのだ。


 王子の耳に唇を近づけて、目も開かない状態の恐怖をそのままに「婚約者にしたかった男爵令嬢を連れて来たらお前を今日で解放してあげるわ」と囁いた。


 王子は手を出すなと言うだろうか?


「連れて来ますっ。絶対、連れて来ますっ。だから、だから」


 役に立っているつもりの男は結局、釣った魚に餌をやらないどころかサメがやってきたら囮にする小物なのだ。

 解放したのは発言した二時間後。これ以上いないとなれば王家も捜索し始めてうちに押しかけることになる。


 鬱陶しい上に何様なのかという煩わしさもある。婚約破棄を一方的に言い募っただけでも我が家に敵意ありと判断しているのに、王家までうちに押しかけたりしたら冷戦が始まる。


 勿論、物理的なものから政治的なものまで全て止める。うちの派閥が王家を支持しているから安定した政治を維持できて、王族たちも身の危険を感じることなく私生活を送れるというのに。

 熱さが喉元を通った途端に忘れるというのは本当のことだったらしい。呆れる。うちのおかげでどれだけ利益が出て、王族らしい生活ができているのか何もわかっていない。


 一体誰のおかげで今までの安定した政治と生活と、派閥が荒れずに皆が落ち着いて話し合えているのか。普通ならここまで表だけでも、呑気に話し合えない。

 誰だって考えは違うのだから内心険悪になってきたり、これ見よがしに嫌悪を隠さずに過ごす人もいるのが常。


 娘という婚約者がいるから、うちが後ろ盾だから反王家も中立の派閥もうちならばと王家が苦悩するような調節や窺いをせず、恩恵を受けて笑っていられるのだ。


 それを婚約破棄という言葉で壊すなど普通の人間はしない。王室に卸している質のいい服、質のいい髪用の薬、服薬の薬、食べ物に質の良い花。最高の教育担当をする人材とてこちらが用意したものだ。

 娘が生まれる少し前まではそこまでではなく、ラピヌアが少しずつ良質なものを育てて使えるようにした。夫も協力してくれたこともあり、予測よりも何年も早く実現したことだってある。


 それを全て手放すというに等しい発言をした王子は、きっとなにも考えていない能無しなのだ。手放すことは考えてなくて、娘だけが居なくなると思っていることなどお見通しだ。


 が、そんなわけもなく全て回収することになるので、この男は全部無くすだろう。生活の全て、貴族の後ろ盾、便利な道具に約束されていたやりやすい政治。今進められている隣国と直で行き来できる橋の建設は国の中で一大プロジェクトなのだが、開発中止になるだろう。


 他の国も行きやすくなると人の流入が激変し、他の国も無視できないような大陸での発言権とて上がるというのに。王子はたった一言、娘一人を切り捨て全てを無にして泡に帰すつもりなのだ。


「痛い……痛いよぉ」


 おっと、王子が赤ちゃん返りし始めてしまった。ヒールをかけつつ王子の服を整えて馬車に乗せて送る。行きと帰りでは世界観や人生観がひっくり返って別人になっているはず。

 気にせず、執事らに夫へ書簡を送るように強く命じて夫の帰宅を足す。仕事などさせたらその分夫は娘のために働いていたのに、さっきまで娘のためにならない仕事をしていたと憤慨してしまう。


 いなくなった王子のことなどもう忘れて、娘が泣き続けて落ち着くまでにしなくてはいけないことは山とある。娘が国を案じる前に国のことなど、考える必要がなくなればいいのだ。


「あああっ、忌々しいっ!!」


 今すぐ王子を産んだ王家の親や系譜、先祖全てを無に帰したい。娘のために王家と国の生活を良くしたいとまっすぐ歩いていたのに、婚約者であるはずの婚約者がそれを当然のように受け取り、それで育った事実を消し去りたい。

 婿になるわけではないし、娘が幸せになるのならと自主性に任せていたから娘がバカの分も抱えるなんて大変になるけれど、執務だっていずれ楽になるように作っていこうとした。


 王子はそれを今後も使えると思っている。魔道具や仕事の効率をよくする方法などを考案しては娘がいずれはいることになるのなら貸し出すくらい可愛いモノ。


 娘と付属しているそれは娘を捨てるのなら、与えたものがなくなるのは当然の摂理。娘の部屋へ行き「お母様」と泣く我が家の宝石の頭をこれでもかと撫でる。


「お母様ごめんなさい。婚約を、継続できませんでした」


「いいのよ。婚約はあちらが是非、どうしてもとしつこいから受けただけだもの。あなたのためになる婿の候補にあの王子はいなかったのよ。たくさんいるのだから今からじっくり決めればいいわ。おひとり様になっても誰も気にしないわ。あなたの好きなように生きればいいの。お母様たちの望むことはあなたが自分のやりたいことをすることなのだから」


 言い聞かせると溶けそうなほど泣く瞼にキスをする。


「わかってるの……でも、せっかくお父様たちが色々してくれて、用意してくれたものがダメになるのは悔しいんです」


「構わないわ。お父様も怒ったりなんてしない。私たちはあなたがいればなんでもいいから、安心して次に行きなさい。それとも王子妃や王妃がどうしてもいいのかしら?わたしの小魚ちゃんは」


「お母様、もうわたし小魚ではありません」


「金魚かしらね?ちっちゃくても大人なのだから、あなたみたいなのよ。ふふ」


「もっと大きいお魚がいいです」


「可愛い大きなお魚なんてあるかしらねぇ……」


「足を生やして陸を歩くのでっ」


 まだ目が赤いが、歩くと言えるから打ちひしがれているわけではないと頷く。バカに付き合って落ち込むなど時間の無駄だ。

 バカが何を言ってもどうせその場限りのろくに清書もしてない言葉がボロボロ出ただけなのだ。可愛い天使に暴言など愚の骨頂である。


「王子のことは好きだったのかしら。実は、なんてある?」


「いえ、浮気男は嫌です。お父様みたいにカッコ良くもないし賢くないし。理想の男性はお父様なので最初から範囲外でした」


「お父様が好きねえ。王子は男としてランク外だからわかるけれど」


 王子の肩書きでなければ恋愛脳に頭を溶かされた思春期の子供だ。賢くもなく勉強も結局、教育を受けているからやったことがあることを再度やっている分点数がいいだけ。

 現に習ってないところになるとわからないから間違えるし、答えられない。応用もできない、頭が悪い王家の出来損ない。地頭も悪いとなれば王になど本来できないだろう。


 痛みを知って漸く謝れるようなアホ。誰に何を言ったか、誰を敵に回したか。これからもっと理解させられる。まだこれからだ。王子を扇子で殴っただけでは治まらないグツグツとした怒りは、今も燻っている。


 夫が二時間後に帰って来て駆け寄る。


「あなた……あの子に」


「読んだから知っている。王家を許すことはない。初めに言っておく」


 夫と出会ったのは幼い頃。いわゆる幼馴染。幼馴染なのでお互いの思考は筒抜けで、傍若無人な顔をしてもどちらも今更驚かない。

 王子を扇子で何度も殴りつけてヒールで治したことも、ちろりと言ったが特に何か言われることはない。自分もその場にいたら同じことをしていたからと温和な笑みを見せつける。


 お互いそういうところが似たもの同士なのだ。攻撃をされたら許さない。なにがなんでも追い落とすのが二人の性格であり性質。娘のためなら敵に回すことも厭わない。


 敵に回してはいけない夫婦と家を敵に回したと王家には代償を支払ってもらわねば、腹の虫が治まらない。夫も同じ気持ちなので妻の怒りが変化していないのを、しっかり把握して頷く。わかっていると。


「あの子の時間を無駄にした代償は支払ってもらう」


 彼はキリッとした顔でこちらを見て母親として妻として、なんと頼りになるのかと惚れ直す。協力してくれるのならば百人力。

 彼と何から始めようかと話し合う。まずは婚約の継続不可を王家に決定事項として通知、娘のために用意した追加予算に高品質な小物。小道具に家具や周りのもの。

 我が家から派遣している使用人に料理人、特別な薬にハーブ。良質な化粧品、王家も手に入れるのが難しい食べ物や布。効率的で画期的な方法。


 全てを迅速に回収する。二人で話し合い、王家に配置している手駒たちへ各自迅速に回収と撤収を指示する。


「あの子は今どうだ?泣いていると聞いているが」


「泣きはしたのだけど、婚約破棄されたことより私たちが用意したものが意味をなさなくなることに悲しんでいるの」


 悲しんでいる点は合っているが、悲しんでいる中身は、王子が婚約をなかったことにしたことではない。そこをはっきり伝えれば彼は安堵したように笑う。


「なら、よかった。あの子は強いな」


「私たちを見て育ったのだから、賢く優しい子。でも、頑張りすぎているみたいで」


 今回は縁談相手が悪すぎた。今度こそ、二度と王家の者に渡すものかと意気込む。王家が望むのなら最高品質は約束されるし、揺らぐ気はないので王家だろうと嫁ぐのだったら何も問題はないと油断した。

 油断したというより、王家の育てたものが粗悪品過ぎて目視確認が足りなかったらしい。足りないというよりバカでアホで頭が悪すぎる故に、どうでもいい枠に入れてしまった。


 バカはバカなりに何もせずにいれば王族以上の生活ができたのに。バカだから今の生活が水準になっているから、生まれて一度も親たちの世代の生活は知らないはず。


 今の生活が自分が生きる中で最低限だと思っているに違いない。娘と婚約して少しずつ良質になり、今や美味しすぎる料理や服が今後も続くと思い込んでいるだろう。そんなわけがないのにおめでたい頭。

 なくなると知らないだろうとわかる王子は娘を切り捨て、たかが男爵家の娘と共になろうとしているから誰だって愚かな選択肢だと、周りも知って察して離れていくに違いない。


 離れて行かないのならばうちに反意ありと思われるので、残る派閥も人間もかなり少なくなるだろう。近付いたり残ったりするのは、うちに成り代わって王家と懇意になりたい上昇思考がある人たち程度。


「王に会いにいこう」


「ええ。支度するわ」


「全く……どこまでもうちを愚弄する。あれだけ恩恵を受けているのに足りないと?」


「足りないのは王家の教育と人を思いやる心よ?きっとボンクラな子はあの子がいなくなっても今の恵まれたものがなくならないと思って、なら好きな子を妻にしたいと思ったみたいなの」


 男爵令嬢については情報を得ている。そろそろ王家に対して警告をせねばと準備してどうしてやろうと思っていたところに、王子が訪問するからその時にこっそり娘を仇なすのならば、速やかに婚約を無かったことにすると告げる予定だった。


 なのに、引導を渡して来たのは何も持っていないのに持っていると思い違いをしている方だ。怒りを感じて咄嗟に振り上げた扇子にいけないと思ったが、治癒魔法もあるから消せば済むと瞬時に弾き出して振り抜いたらどんどん止まらなくなった。

 男爵令嬢にはもっと苛烈な罰をくだそうと決めて、王子はどういう処遇にするか夫と相談せねば。幽閉なんて甘いことにしない。


 絶対に追い込み王家の存在ごと沈ませる。ただ追い落とすだけではない。入れ替えをするのも手間がかかるので王と王妃はそのままだが、王家のこれからの生活品質はガクッと落ちることになる。


 今更落とすとなると大変だろう。食べ物も過去食べたものより味は落ちるし、使っている身の回りのものも落ちる。仕事にも影響していくことすら、もううちには何の関係もないので助けがない状態だ。


 仕事の効率は非効率な過去に戻ることになるので、王室が保ってきた余裕も皆無になる。休む時間も取れなくなり、目の隈が出現するだろう。

 うちは完全に手を引くので、助言もなく他の国へ優位に立つことも今後できなくなる。誰がそんなガタガタなところへ行きたいのか見ものだ。


 先ぶれを出し、夫婦で王宮に向かう。高品質の馬車に乗ると揺れもなくふかふかのソファ調に造られたスプリングは、体を優しく保護してくれる。馬も大柄な黒い血統書付きで、いななきは力強い。


 一歩一歩が大きくあっという間に辿り着いた。王妃らはこちらのやってきたことを知っているので会う時間をすぐに取ったあと、出迎えてくる。顔つきを見れば王子が何を言ったのか知らないらしいとわかり、口元は愉快に笑みを形作った。


「よくぞ来たな」


 王は何も知らない声音で問いかけてくる。


「あとでわたくし、カフェンロのボディクリームを注文したいのだけれど、よろしいですか?」


 王妃も同席にしており、特別に作っておいた数量の限られたものを強請る。娘のために心情をよくし続けたい親心を相手もわかっているから、それをわかっている前提でやりとりして来た。


「ふふ。お断りいたします」


 口元に手をやり、フッと鼻で笑う。王妃はピシッと固まりこちらを凝視する。王族の割にポーカーフェイスもできないとは随分緩いままだ。


「え?あの、え?」


「清算しにきただけなのですぐに帰ります」


 王妃の戸惑いに夫がすでに渡している報告書を従者に預けており、二人はそれを渡されて戸惑ったまま読む。読み終わる前から顔色が急変していく。

 周りは慌てていたが慌てるだけでは済まないことを彼らもじわじわ理解していくから無視した。王たちはブルッと震えるがこちら側は微動だにしない。


「読みましたか?」


「……ああ、だが」


「だが?なんですか?」


 夫が王へ笑みを貼り付け、目が笑っていない瞳をただの椅子に成り果てた人間が座っただけのハリボテを、ジッと見つめる。


「なにかの間違いだ……息子が、そんな、婚約を、そんなわけが」


「使用人も聞いており、私も目の前で意思確認をしました」


 退路を塞ぐ。王子は目の前に娘の母親がいるというのに言い方もなにもなく、明け透けもなく言い放ったのだ。王子妃教育も王家としての教育も全て無駄にすると。


「わ、私たちは承認しておりませんっ。男爵家の女など絶対に認めませんっ」


 王妃が立ち上がりそうなほど言うが、目を光らせた。


「なるほど。娘というものがありながら男爵家のご令嬢と不適切に交流していたことはそちらも把握していたのですね」


「!!」


 報告書には誰が相手とは書いていない。ただ、好きな人と婚姻したいと言われたと書いただけ。どこの誰かなど一切記載されていない。それを彼らはどこの誰かを言い当てた。


「裏切り者が多い一族なのねぇ。血筋って怖いですね、旦那様」


 暗に知っていて対処しなかった上にあぐらをかいていたことをあてこすると、王室の者らはヒュッと喉を鳴らして目を少し伏せた。


「不誠実者たちにこちらの優しさはどうやらいらなかったみたいだ」


 あんなに優しく対応して、支援して国が富むようにしたのに。ここまでこちらを甘く踏みにじるとは、随分と舐められたものだ。二人して二人に向けて睨みつけるように目を細める。


「ち、違うのだ」


「ええっ。友人なのと言っていたから」


「王家の王子がただの友人に婚約を申し込んだというのですか?それは何と言いますか……お頭は平気?」


 すでに婚姻を仄めかしていることは把握しており、娘の負担になるのなら辞退も視野に入れていた。


「なっ、婚約を?……知らなんだのだっ」


 いやいや、そこは把握しないとダメだろう。王子の側近はなにをしているのかとなる。王家の影はなにをしているのか。粗が随分目立つ監視。


「言い訳をされたところで我が家は王子たっての願いを承認いたしましたので、ご報告に参っただけです」


 夫が冷ややかな目で承服したと膝と腰を折って、こちらも同じ動作で最後の挨拶をする。今後うちが個人的に付き合いをすることはない。

 最初で最後だ。パーティで会ったとしてもそれは親戚付き合いではない、何の関係もない王族と貴族の形式的なものだけになる。


 頭を上げると瞬時に王たちの静止を告げる声がかかるが、夫婦は歯牙にもかけず笑みを保ったまま下がる。


「待ってくれっ」


「待ってちょうだい、お願い待ってぇ」


 指示を受けていないはずの騎士や使用人が扉を開けて共に去るが、それもまともに気づかないで唖然とする王家夫妻が残された。

 ぱたりと扉が閉まった途端、使用人たちや関係者が目配せしたり冷や汗をかく姿が見受けられたが、元王子妃候補筆頭を娘に持つ馬車は何事もなかったように屋敷へ帰還していく。




 麗らかな季節に咲く花々を眺めながら、高級シリーズのカップのフチを指先で緩く撫でつける。カラッとした風が三人の親子の髪を吹き抜けた。


「留学先は決めたか?」


「魔道具に特化した学科がある学園にします」


「では、そこにしましょう」


 希少なジャムを紅茶にたっぷり入れながら娘の決めたことを肯定する。祖国からしばらく離れることにしたのだ。

 爵位などいらないと返すつもりだったのだが、生活水準が低下した王位を持つ夫婦たちは目の下に太い隈と血色の悪い顔色をそのままに、家に来て頭を地面に突けて五体投地を行うとそれだけはやめてほしい!と懇願してきた。


 条件を付けて籍だけ残すことを許した。国からいなくなれば他の貴族たちはハメを外すとわかっているのだろう。

 好き勝手して国が荒れたら、今度こそ質のいい物が国から撤退されると薄らわかっている頭のいい者たちが今度は舵取りするだろう。

 あんなにお膳立てしたのに好意を不意にした王家をお人好しのように助けることはもうないので、好きにすればいい。


「作ったら一番に見せてね」


 娘の成長を見れる幸運を噛み締めてくるりとスプーンで混ぜる。


「お母様に見てもらえるなんて楽しみです」


 娘の顔や目には哀しみがない。元婚約者になった王の息子の進退は聞こえてこない。社交界から居なくなったのは明らかだ。

 王たちはこちらの顔色を窺いながら表に出すこともなく、華のある生活ができなくなった不満を延々と息子にぶつけ続けるのだろうか。


 浮気相手の男爵令嬢は王子を叩いた日に約束させた通り、王家に差し出させた。言わなくとも勝手に好きにして欲しいと言ってきたから、それならばと罰を与え続けている。


 娘から王妃になりたいのならなればいいのではないですか、と突き放された世間知らずの子供は泣き言を言いながら王子と共に王族の教育を受けているだろう。

 教育料は王子の個人資産から出ているので無駄にはできないと皆が目を光らせ、バカ子息には徐々に減る己の私的予算を見せられ続け愛は残るのか少し期待している。

 もし、令嬢の育成がうまくいかなかった場合王子のお金は無駄になるし、うまくいったとしても過去の華々しい生活には二度と戻れない上に、やりたくなかった勉強や仕事もしながら親や貴族たちにお前のせいで!と責められる生活に耐えられるとは思えない。


 扇子の殴打にも耐えられず愛していたはずの男爵令嬢を差し出した、情けない次期王候補には王家という看板は重すぎたのだ。娘を嫁がせなくて済んだことだけは喜んでもいい。


 男爵令嬢は身代わりに差し出されたと知って、横取りしたはずの王にならない王子に会うたびヒステリックな言い合いをするらしいと小耳に挟んだ。

 貴族たるもの、優雅に怒りを表現せねばならないというのに。やはり教育も満足に施されていないとなれば娘の地位を奪ったところで貴族と渡り合える教養はなかった。


 おまけに期待していた贅沢もなく、予算も資産もない。美味しいと王子から聞いていたものはすでになく、ランクを落とした食材や料理。それだけでも男爵なら贅沢なのだが、王子は微妙な顔で食べるのを眺めて味が違うと言い出す。


 友人を誘いたいと茶会を開こうとしても来るのはあなたのせいで、と詰られる手紙。こうなるはずじゃなかったと叫ぶ不相応さに嘆くのみ。残るのは何かあれば真っ先に責任を取らされて切り捨てられる肩書き。


「試験会場に魔道具について熱心に語る方が居て、つい話し込んでしまったのです」


 娘の弾む声音におや、と夫と顔を見合わせてから嬉しそうな娘の方を見ると爛々と目が輝いていた。


「そうか……早速友人ができてよかったな」


 父親へ我が家の可愛い天使がふわりと頷くのを視界に収めながら口元をゆるりと上げた。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。母親に痺れた方もポチッとお願いします。最強つよつよ母親はなんぼあってもいいですよね

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― 新着の感想 ―
ヒールと暴力の繰返しは精神的に来ますね。 これ程、拷問するのに最強のコンボはないでしょう。
タイトルのインパクトよ…。
最後らへんまで、とても痛快で面白くてよかったのですが、最後の一行。 >父に言われて天使がふわりと頷けば、真っ白い羽を視界に収めながら口元をゆるりと上げた。 突然なんの前触れもなく天使とか真っ白い羽…
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