無能将軍の伝令兵Aですが、なぜか英雄と讃えられました
新作です。
着弾の衝撃が波となって伝わり、前線基地の天幕を激しく揺らす。
立ち込める硝煙の匂いと、絶え間なく響く爆発音。
我が王国軍と帝国軍の衝突は、開戦からわずか三時間で一方的な蹂躙劇へと変貌している。
ただ、残念なことに蹂躙されているのは、我が王国軍である。
豪華な刺繍が施された総司令官の天幕の中、私は直立不動の姿勢を崩さずにいた。
私は『伝令兵A』。
もちろん本名ではないが、軍という巨大組織において、私如き一兵卒はAという記号で十分だ。
だが、私は逃げ出した『B』や、流れ弾に消えた『C』や、それら有象無象とは格が違う。
彼らが早々に退場する中、私はこの絶望下でも恐怖に呑まれず、将軍の言葉を待つエースなのだ。
「ひいぃ……!? また近くに落ちたぞ! 死ぬ! 余は死んでしまう!」
天幕で悲痛な叫び声が聞こえた。
我が軍の総大将、ボルト・フォン・ピッグス将軍である。
将軍は溢れんばかりの贅肉を高級な軍服に押し込め、執務机の下に潜り込んだ。
一般兵士が見れば、「なんと情けない姿だ……」と嘆くかもしれないが、私は違う。
私は優秀な伝令兵。
物事の本質を見抜く目を持っている。
将軍は怯えているのではなく、この激しい砲撃によって天幕が崩落した際、最高司令官としての頭脳を守るため、あえて床に伏せているのだ。
なんという危機管理能力だろうか。
「将軍閣下! 前線からの報告によりますと、右翼、左翼ともに崩壊寸前! 敵の機甲師団が本陣へ向けて前進中とのことです!」
私は腹の底から声を出し、正確な戦況を伝えた。
机の下から、脂汗にまみれ、全身を振るわせている将軍の顔がのぞく。
「も、もう終わりだ……」
「閣下?」
「終わりだと言っておるのだ! おい、伝令兵!」
将軍が机から這い出し、私の軍靴にしがみついた。その手は恐怖で震えているように見えたが、私には『武者震い』にしか見えなかった。
いよいよだ。
この窮地において、将軍がついに秘策を授けてくださるのだ。
その時、「ドーンッ!」と至近距離に榴弾が着弾した。
鼓膜を突き破るような轟音と共に、強烈な衝撃波が天幕を吹き飛ばし、机上の地図やワイングラスが粉々に砕け散った。
私はとっさに身を伏せ、すぐに体勢を立て直す。
耳鳴りが続き、音が一切聞こえない。
だが、戦場ではよくあることだ。
砂煙の中、将軍が何かを叫んでいた。
顔を真っ赤にし、目を見開き、私に向かって必死に何かを訴えている。
音は聞こえないが、私には『読唇術』の心得がある。
私は将軍の唇の動きに全神経を集中させる。
「ぜんぐん、てったいだ!」
将軍は涙目で口を大きく歪めて叫んだ。
この絶体絶命の状況を覆すための、起死回生の命令。
本来であれば、それは「撤退」という言葉かもしれない。
しかし、私の脳内補正機能と、将軍への過剰な忠誠心フィルター、そして「英雄になりたい」という潜在的欲求が、都合よく解釈した。
それは「撤」ではない。もっと激しい破裂音を伴う言葉――「突」だ。
そして引き攣ったように横に開かれた口の形は、「撃」に他ならない。
『全軍、突撃! 余に続け!!』
電流が走ったような衝撃を受けた。
なんという勇気。なんという決断。この敗色濃厚な状況で、退くどころか全軍での突撃を命じるとは。
常識的な指揮官ならば、ここで撤退を選び、追撃されて全滅されるのがオチだが、ボルト将軍は違う。
あえて敵の懐に飛び込むことで、活路を見出そうとしているのだ。
私は感動に打ち震え、バッと敬礼した。
「はっ! 承知いたしました! 全軍突撃、将軍もそれに続く! 必ずや最前線に伝えてまいります!!」
私は踵を返し、天幕を飛び出した。
背後で将軍が泡を吹いて倒れ込んだのが視界の隅に見えたが、きっと作戦決行前の瞑想に入ったに違いない。
外は地獄だった。
空を覆う黒煙、降り注ぐ鉄の雨。
だが、私の足取りは軽かった。
胸には熱い使命感がある。
この命令を前線の兵士たちに伝えなければならない。
そう、将軍の熱き魂を。
目指すは最前線、第一歩兵連隊の陣地である。
◇
戦場を走るというのは、スポーツとは訳が違う。
右から迫撃砲の爆風、左から機関銃の掃射。足元には泥と、そして今は語ることをやめた戦友たちが転がっている。
だが、私の足は止まらない。
なぜなら、背中には「将軍閣下の熱き想い」を背負っているからだ。
ヒュンッと耳元を何かが掠めた。
熱い風圧を感じる。おそらく敵の狙撃兵だろう。
だが、私の情熱に気圧されて手元が狂ったに違いない。
前方から、味方の兵士たちがバラバラと逃げてくるのが見える。
彼らは武器を捨て、兜を脱ぎ捨て、泥まみれになって本陣の方角へ走っている。
「おい! どこへ行く!」
私はすれ違いざまに怒鳴った。
一人の兵士が、涙でぐちゃぐちゃになった顔を向ける。
「だ、駄目だ! 前線は崩壊した! もうおしまいだぁぁぁ!」
「馬鹿者! 戻れ! 将軍閣下の命令が届くぞ!」
私が叫ぶと、兵士はさらに怯えて逃げていった。
嘆かわしいことだ。
だが、彼らを責めることはできない。
彼らはまだ、ボルト将軍の『真意』を知らないのだから。
私は逃亡兵の流れに逆らい、死の淵である最前線へと突き進んだ。
◇
第一歩兵連隊の塹壕は、もはや墓場と化していた。
五千人いたはずの兵力は半減し、残った者たちも弾薬が尽きかけ、泥水の中でうずくまっている。
その中心で、連隊長のゲイル大佐は、古びた懐中時計を握りしめていた。
「本陣からの連絡はまだか……」
ゲイル大佐の声は、砂を噛んだように乾いていた。
歴戦の勇士である彼も、今回ばかりは覚悟を決めているようだ。
敵の機甲師団は目前。
撤退命令が出なければ、あと十分でここは更地になるだろう。
私は塹壕の縁に手をかけ、滑り込むようにして大佐の前に着地した。
「伝令! 総司令部付、伝令兵A! ただいま到着いたしました!」
私の元気な声に、死に体だった塹壕内の空気がわずかに動いた。
ゲイル大佐が、縋るような目で私を見る。
「おお……! やっと来たか! ボルト将軍からの命令だな?」
「はい! 将軍閣下より、直々の命令を預かって参りました!」
周囲の兵士たちが身を乗り出す。
誰もが「撤退」の二文字を待ち望んでいた。
早く逃げたい。
早くこの地獄から去りたい。
その一心だったはずだ。
ゲイル大佐がゴクリと喉を鳴らす。
「それで撤退ルートは? 殿はどの部隊が務めるのだ?」
私は背筋を伸ばし、泥だらけの顔で笑った。
そして、あの轟音の中で読んだ将軍の言葉を、ありったけの声量で告げる。
「全軍突撃でありまーすッ!!」
時が止まる。
着弾の音さえ遠のいた気がする。
ゲイル大佐の目が見開かれる。
「は……?」
「ですから全軍突撃です! 退くのではなく、前に出るのです!」
「貴様、正気か!? この状況で!?」
大佐が私の襟首を掴み上げる。
当然の反応だ。凡人には天才の戦略は理解できない。
「正気です、大佐。さらに将軍閣下はこう仰せでした。『余もすぐに行く。余に続け』、と」
その瞬間、大佐の手から力が抜けた。
彼はへたり込むように尻餅をつき、呆然と私を見上げた。
「あ……あの、ボルト将軍が……?」
ボルト・フォン・ピッグス将軍。
その臆病さと自己保身への執念は、軍内でも有名だった。指のささくれ一つで野戦病院へ逃げ込むような男。
その将軍が「突撃」を命じ、しかも「自ら先頭に立つ」と言ったのか?
大佐の脳内で常識の再構築が行われているのが分かった。
あの臆病者が来るということは、勝てる算段があるのか?
いや、我々が彼を誤解していたのか?
実は稀代の英雄だったのか?
混乱と絶望、そして一縷の希望。
様々な感情が混ざり合い、やがて大佐の顔に、奇妙な笑みが浮かんだ。
「……く、くくく。そうか、あの豚……いや、将軍閣下が来るのか」
大佐は立ち上がり、軍刀を抜く。
その瞳には異様な光が宿っていた。
それは死を受け入れた者の静けさと、どうにでもなれという破滅的な高揚感からだった。
「野郎ども、聞いたか!!」
大佐の怒号が塹壕に響く。
「本陣からの命令だ! 撤退は無し! 全軍突撃だ!! あのボルト将軍ですら突っ込んでくるそうだぞ! 最高司令官に特攻させて、我々が泥の中で寝ているわけにはいかんだろうがッ!!」
兵士たちの顔から恐怖が消え、代わりに狂気が宿る。
あまりに理不尽で、あまりに絶望的な命令。
しかし、「あの将軍が来る」という一点の事実(嘘)が、彼らのリミッターを外した。
「「うおおおおお!! やってやるぞ!!」」
喚声があがった。
それは組織的な鬨の声ではなく、集団ヒステリーに近い絶叫だった。
私は満足げに頷いた。
やはり我が軍の士気は高い。
私は大佐に向かって敬礼した。
「では大佐、私は次の部隊へ伝令に向かいます! ご武運を!」
「おう! 貴様もな、伝令兵A!」
大佐は笑いながら塹壕の縁を乗り越え、敵の戦車群に向かって走り出した。
それに続き、残存兵力が雪崩のように飛び出していく。
さあ、次は左翼の部隊だ。
この素晴らしいニュースを、戦場全体に広めなくてはならない。
私は再び、弾丸飛び交う荒野へと駆け出した。
背後で、本陣の天幕の方角から、新たな爆発音が上がった気がしたが、きっと将軍が景気づけの祝砲を上げたのだろう。
◇
戦場の対岸。
帝国軍の前線指揮所は静寂に包まれていた。
ここには泥も汗もない。あるのは整然と並べられた戦況表示盤と、それを解析する優秀な参謀たち。
そして指揮を執る、フレデリック中将だけだ。
彼は「氷の理知」の異名を持つ、帝国きっての理論派である。
彼の戦術に「不確定要素」という言葉はない。
全ては計算され、予測され、その通りに遂行される……はずだった。
「閣下、異常事態です……」
参謀の一人が、震える声で報告した。
フレデリック中将は眉一つ動かさずにモニターを見る。
「何が異常だ? 敵右翼は壊滅、左翼も敗走中。予定通り殲滅戦に移行している」
「いえ、それが敵の全部隊が、こちらに向かってきています」
「なんだと!?」
モニターに映し出されていたのは、信じがたい光景だった。
塹壕から這い出した王国兵たちが、銃剣一つ、あるいはスコップ一本を振り回し、帝国軍の最新鋭魔導戦車群に向かって突進しているのだ。
「死にたいのか? いや、これほどの規模で……?」
歩兵が戦車に勝てる確率は万に一つもない。
それは戦術の基本以前の常識。
だが、王国兵たちは笑っていた。
口から泡を飛ばし、目を血走らせ、笑いながら弾幕の中を突き進んでくる。被弾して倒れた前の兵士を、後ろの兵士が踏み越えていく。
躊躇いも恐怖もなかった。
「分析班! 敵の意図は何だ!?」
「解析不能です! 行動パターンが『生存本能』のパラメーターを完全に無視しています! 合理的予測が追いつきません!」
フレデリック中将の背筋に、冷たいものが走る。
敵将は、あの『無能』と名高いボルト将軍。
賄賂と世渡りだけで地位を得た、ただの豚だと思っていた。
だが、もしそれが『演技』だったとしたら?
この狂気的な突撃が、こちらの弾薬を浪費させ、白兵戦の泥沼に引きずり込むための高度な計算だとしたら?
「閣下! 敵の先頭集団に奇妙な兵士を発見しました!」
モニターが拡大される。
そこには一人の伝令兵が映っていた。
彼は砲弾が降り注ぐ中を、軽快な足取りで駆け抜けていた。
爆風に飛ばされても、一回転して着地し、また走り出す。
「な、なんだあの動きは……?」
◇
それは、私のことである。
私はただ転びそうになって受け身を取っただけなのだが、帝国軍の高度なAIには『人間離れした回避機動』として認識されたらしい。
「……あいつが指令を伝達するたびに、死にかけの部隊が蘇生して襲い掛かってきます! まるで死霊術です!」
「馬鹿な……。たかが伝令兵一人に戦局を左右されるだと……?」
その時、前線部隊から悲鳴のような通信が入った。
『こ、こいつら戦車によじ登ってハッチをこじ開けようとしてきます! 怖い! 目が合いました! 撤退許可を!』
『弾切れです! 撃っても撃っても湧いてきます!』
フレデリック中将の論理が、音を立てて崩れ去っていく。
理解できないものは恐怖だ。
そして恐怖は組織的な軍隊にとって最大の毒となる。
「罠だ……。これほどの狂行、裏に何かあるに違いない。両翼から別働隊による包囲攻撃があるはずだ。全軍、一時後退! 誘いに乗るな! 態勢を立て直すぞ!」
帝国軍が誇る『氷の理知』が、私の『勘違い』と、将軍への『過大評価』によって溶かされた瞬間だった。
◇
王国軍本陣、半壊した天幕の下。
「ん? 静かになった……? 余はもう捕虜になるのか……?」
ボルト将軍はまだ机の下に身を潜めていた。
砲撃音が止み、周囲が不気味なほど静まり返っている。
これは嵐の前の静かさか。
将軍が隠し持っていた白旗を握りしめ、震える手で這い出そうとした、その時。
バサッと天幕の入り口が開かれた。
将軍は「ひいっ!」と悲鳴を上げ、再び机の下で丸まった。
「将軍閣下!」
入ってきたのは血相を変えた参謀長だった。
終わった。参謀長が私を縛り上げ、帝国軍への手土産にするつもりだ。
将軍は涙ながら叫ぶ。
「ま、待て! 余を売る気だろう! だが余の隠し財産は余しか知らんぞ! 助けてくれれば半分やる! いや、三割でどうだ!?」
「……何を仰っているのですか? 敵軍が撤退を開始しました!」
「……は?」
ボルト将軍の思考が停止した。
撤退? 誰が? 私が? いや、敵が?
「撤退だと……? 帝国が……?」
「はい! 我が軍の全軍突撃を受け、敵はパニックに陥ったようです! 前線からの報告では敵戦車部隊が我先にと逃げ出していると!」
「ぜ、全軍突撃……?」
将軍は瞬きをした。
そういえば、先ほどの伝令兵に何か言った気がする。「撤退」と言おうとしたが、爆音にかき消されたような……。
「まさか、あの絶望的な状況で、あえて全軍を突っ込ませることで敵の裏をかくとは! さらにご自身が囮となり、本陣に居座り続けることで兵の士気を極限まで高めるとは! さすが閣下でございます!」
参謀長の目が、尊敬と畏怖で潤んでいる。
将軍はゆっくりと机の下から這い出した。
泥だらけの膝を払い、震えが止まらない手を必死に抑え込みながら、状況を整理する。
勝ったのか?
余の命令で?
つまり、余は助かった上に、手柄を立てたことになるのか?
将軍の青白い顔に、徐々に血色が戻ってきた。
そして、いつもの傲慢な笑みが張り付く。
「……当然だ。すべて余の計算通りだ。フレデリックごとき若造など、余の手のひらの上で踊る猿に過ぎんわ!」
「お、恐れ入りました!」
参謀長が平伏する背中の向こう、司令部天幕の奥に、その御方はいた。
ボルト将軍はグラスを傾けていた。
勝利の美酒だというのに、将軍はどこか苦い薬でも飲むような渋い顔をされている。
なんと慈悲深いのだろうか。
閣下は勝利に酔いしれることなく、この戦いで散った敵味方の命を思い、心を痛めておられるのだ。
「素晴らしい! まさに神算鬼謀です!」
「敵将フレデリックの『論理』を、閣下の『情熱』が打ち砕いたのですな!」
幕僚たちが口々に称賛している。
将軍はそれを聞きながら、引きつったような笑みを浮かべ、震える手でグラスを握りしめていた。
あれは『武者震い』だ。
まだ戦いの興奮が冷めやらないのだ。あるいは、凡人たちの浅はかな称賛に、怒りを噛み殺しているのかもしれない。
私は居ても立ってもいられず、声を張り上げる。
「伝令兵A、入ります!!」
天幕の幕を上げ、泥と煤で真っ黒になった姿を晒す。
将軍と目が合うと、閣下の表情が凍りついたように見えた。
間違いない、驚かれているのだ。
一介の伝令兵に過ぎない私が生きて、さらに勝利の報告を持って帰還したことに感動されているに違いない。
「おお、彼こそが勝利の立役者か!」と幕僚たちがざわめく。
だが将軍は鋭く、短く命じた。
「下がれ、人払いだ……」
幕僚たちがすぐさま出ていく。
天幕の中に将軍と私、二人きりが残された。
重苦しい沈黙が流れる。
将軍はゆっくりと立ち上がり、私に歩み寄ってくる。
「おい、貴様」
「はっ! 何でありましょうか!」
「貴様、あの時……私の口の動きをどう読み取った?」
試されている。
私は瞬時にそう理解した。
あの絶体絶命の状況下で、私が本当に将軍の『深謀遠慮』を理解して動いたのか、それとも単なる偶然だったのか。将軍はその真贋を見極めようとしているのだ。
私は背筋を伸ばし、その澄んだ瞳を見つめ返した。
「はっ! 閣下の鬼気迫る表情、そして『死をも恐れぬ覚悟』に満ちた眼差し! 私は読み取りました。あれは、『全軍、突撃』だと!」
「なっ……!?」
将軍が絶句した。
私の正解に言葉を失っているようだ。
さらに私は畳み掛ける。
「さらに閣下は、手で早く行けと払われました! あれは『余に構うな、行け』ではなく、『余もすぐに行く、敵を蹴散らせ』という意味であると解釈いたしました!」
将軍は深い溜息をついた。
肩の力が抜け、その場に座り込みそうなほど安堵している。
どうやら合格したらしい。
自分の意図を完全に理解する部下が存在したことに、孤高の英雄は心を撫で下ろしたのだ。
「……そうか。よくぞ私の『真意』を汲み取った」
将軍の声には、諦念にも似た深い響きがあった。
そして将軍は懐から一つ、勲章を取り出す。
使い古されたようにも見えるが、鈍い光を放つそれは歴戦の重みを感じさせる。
「褒美をやろう、伝令兵A」
「はっ! 光栄であります!」
「これは『沈黙の守護者勲章』だ。これを持つ者は、私の側近として常に傍らに控え、余計なことは一切口にしてはならないという、極めて名誉ある地位だ」
心臓が早鐘を打った。
「口にしてはいけない、でありますか?」
「そうだ! 英雄とは孤独なものよ。余の真意を理解できるのは貴様だけだ。だからこそ、その口を閉ざし、ただ黙って余の背中を守れ。できるな……?」
全身を雷に打たれたような衝撃が走った。
将軍は私を『唯一の理解者』として認めてくださったのだ。
凡百の兵士たちには理解できない、
将軍の高度すぎる戦略や、常軌を逸した決断。それらを解釈し、しかし言葉には出さず、ただ影のように支える。
これ以上の名誉があるだろうか。
視界が涙で滲む。
「承知いたしました! この伝令兵A、将軍閣下の『影』となり、その偉大なる沈黙を守り抜くことを誓います!」
私は勲章を恭しく受け取ると、胸に押し当てた。
冷たい金属の感触が、熱い忠誠心へと変わっていく。
私は将軍の側近となった。
世間はボルト将軍を「沈黙の軍神」と呼ぶ。
戦場において、閣下が蒼白した顔で震えているのは、高ぶる闘気を抑え込んでいるからだ。
言葉を発しないのは、その一言一句が戦況を左右する重みを持っているからだ。
そして逃げるように指差した方向に敵がいるのは、閣下の直感が敵の伏兵を見抜いているからに他ならない。
私の役目は、閣下の『神の御業』を凡人たちに見守らせることなのだ。
私たちの快進撃は続く。
この偉大なる英雄、ボルト将軍が、その覇道を突き進む限り。
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