99 カールさんとの相談
「お疲れ様でした」
付き添っていたテオドールが言う。
「ありがとう。あなたも、これから忙しくなるわね」
ハルスタットの兵を統括するのはテオドールだ。
私よりも、現場のことについてこまごまと駆け回ることになるだろう。
「オルターもいるので、そちらにも仕事を振りますから。予想よりは肩の荷は軽いですよ」
テオドールはそんなことを言ってくれる。
私はそうか、と思う。
(オルターも不意打ちで殺されていたかもしれないものね。でも今回のことで、ハルスタット内には不安要素がなくなった)
これからやってくる人に気を付ける必要はあるけど。
「それにしても、人を魔物に変える物があるなんて……」
遠目にしか見えなかったけれど、飲み込める程度の代物だった。
マティアスがわかるほど、魔力が強い品だったようだけど、そんな物で人が魔物に変わるなんて想像もしなかった。
「私も予想外でした。魔物との混成軍だという話からは、どうにか調教をしたのだろうとしか思わず……」
テオドールも私のような想像をしていたらしい。
「そうよね。普通はそう思うはず。だから、ルース王国はあんなにもあっさりと負けてしまった」
倒せば魔物は減ると思ったのだろう。
でも人を魔物に変えられるなら、いくらでも前衛に出せるわけで。
「想像の倍は、魔物がいると思った方がいいわね」
「はい」
テオドールがうなずく。
そうして話ながら、私は思う。
(あの薬は、どうやって作ったのかしら)
錬金術? でもベルナードに錬金術師がいるという話は聞こえて来ない。
行動しているのも、魔術師ぐらいだし。
(だとしても、多少は私の知ってる材料を使っているんじゃないかしら? そこにどうにかして魔力を大量に使って……薬のような物を作ったとしか思えない)
ちょっとだけ、作り方に興味があるけれど。
そういう予測から考えて、思い当たる材料が一つある。
テオドール達に、今はまだ話さない方がいいと思うけど……。
(たぶん、人間を使うかどうかの違い……)
私はため息をつきつつ、城の中で沢山増やしつつある鉄の木をちらりと見る。
たぶん、魔物の粉とか使っているんだろうなぁ。
※※※
館に戻って、ひとまず休憩することにした。
セレナにもそう勧められたのだ。
「夕食のお時間まで、ごゆっくりお過ごしください」
気遣ってくれたセレナは、お茶などを用意したうえで一人にしてくれる。
これからの侵攻について先に知らせおいたからこそ、セレナも落ち着いていてくれるんだろう。
用意してくれたお茶をありがたく飲んでいると、カールさんがぼやっとした姿で現れた。
なんか、いつもより影薄いな。
『どうやら、未来は少しずつ変化しているようだな。あの子供らのおかげで、かなり戦力を削られずに済んだのではないか?』
カールさんも同じことを感じたようだ。
「私もそう思います。今回は、マティアスが気づいてくれたから、バレたと思った兵士がとっさに魔物化したおかげで、すぐに分かっただけで……。本来ならもっと違うタイミングで、内側から混乱させ、兵力を減らすつもりだったんじゃないかと思うんです」
アダン達がいたから、それを回避できただけ。
何も気づかずにいたら……しかもそれが、ベルナード軍が攻めて来た時に起こっていたなら、兵をほとんど失ってもおかしくない。
テオドールも負傷したかもしれない。
ロージーも人が何かの薬を飲むだけで魔物になれると思っていなかったってことは、傭兵達も不意を突かれたはず。
私がカールさんに見せてもらった未来では、兵を派遣してもらっても、その兵を失っていたのかもしれないなら……、みんな死んでしまってもおかしくはなかった。
『マティアスは、魔力を察知することに優れているようだ。過敏な性格がそういう方向に才能を伸ばしたのかもしれんな』
そんな風に分析するカールさんに、私はさっきから気になっていたことを聞く。
「そういえば、なんだかカールさんの姿がぼやけてるような……?」
『ん? たぶん、魔術練習に付き合って、長く姿を見せられるようにしておるからじゃろ。おかげで最近は、とんと未来を垣間見ることはなくなったが』
「未来……。魔力がないと、見られないんですね?」
『そうじゃな。未来を見るのも、魔力が足りている状況でなければな。使い過ぎると、わしの宿る心臓石がただの石ころになってしまうゆえ』
「なるほど……」
考え込む私に、カールさんが聞く。
『なんじゃ? 未来が知りたいのか?』
「はい。火竜の一件に関して、未来がかなり変わったとは思うんです。魔石も見つけましたし、今回もアダン達のおかげで被害が最小にできた。でも、足りないかもしれません」
あんな風に、人を簡単に魔物に変えられるのなら、とてもじゃないが普通の戦争だと思って対処していたら遅れをとる気がするのだ。
「あんな風に魔物が沢山作れるのだとしたら、私達は魔物退治でも、大量の魔物が救う巣窟に突撃した上で、そこに知恵をめぐらせた人までが襲い掛かって来るような状況を考えるべきなのではないか、と」
『想像するだけで、ぞっとするのぅ』
カールさんがしかめっ面になる。
私も嫌だ。
でも、考えないようにしたところで、現実は変わってくれない。
「だから、未来での私は死んだんじゃないんですか? ……爆弾を作るだけじゃ、だめだったんです、きっと。他の物を作る……作っても、援軍は来ない……」
そしてこのままでは、リュシアンだって間に合わない。
彼は来ないと思って準備をするべきなのだ。
「だから、今の時点でどれだけのことができるようになったのか知りたいと思って。……そういえば、最近はどうですか?」
『最近見た未来は、町の者の中で、逃げる者と逃げない者で喧嘩が起きるぐらいしか見ておらぬ。見える未来をわしが操作できるわけでもないしな』
振ったサイコロの目が、自分の望んだ数にならないような感じか。
「でも何度も見れば、確率は上がるはずです」
100分の1だというのなら、100回見ればいい。
「未来を見るのに支障が出たり間隔があくのは、魔力の問題だけでしょうか?」
『そうさの。それに死霊となれば、魔力の回復もちと生きている頃とは違う』
「他の魔石から吸い取ることはできますか?」
『……試してはみたことがあるが。魔石からは無理じゃったな。現在のところは、大気の魔力を少しずつ吸収して使っている感じがする』
「人からはどうですか?」
『試したことはなかったのぅ……? そもそも、こんなにも人と話をするようになったのは、お前さんが初めてじゃ』
「じゃ、やりましょう」
私は即決。
まずは錬金術でやるように、魔力をカールさんの心臓石に注ぐ。
「どうですか?」
『んー、じわーっとくるのぅ』
温泉に浸かっているかのような返答だ。
でもその姿は、まだぼやけている。
少し疲れてきたところで止めてみたが、まだ足りないようだ。
『最近は、子供達と会話をするために出ずっぱりだったからのぅ』
「アダン達に魔力をもらうのはどうですか?」
『加減ができればいいのだが……一つ懸念がある』
「それはどういうもので?」
『魔力の影響を一番強く受けた者の、未来を見てしまう。場合によっては、いち早く逃がすかもしれん子供達の魔力の影響を受けても、全貌がわかる未来が見られるのかどうかわからん。それと、これで確実に未来が見られるかはわからん。わしが自力で見ているわけではないからの』
「できるまでやります。……ベルナード軍が来たとしても」
間に合うぎりぎりのところまで、あきらめたくない。
だから明日から、錬金術に支障がない程度の魔力を、カールさんに渡すことになった。




