97 魔術師と薬
まずオルターは、テオドールを交えて近くの兵士と軽い会話をしているようだった。
そこからの流れで、周囲の人間から持ち物検査を呼び掛ける。
テオドールが数歩離れて、近場の者を集めて持ち物を出すように命じる。
並べさせるため、オルターを中心に円を描くように広がらせたのは、被害を抑えるためか。
その様子を見ていると、いつの間にか現れたロージーが、私にささやいた。
「領主ちゃん、こっちおいでよ」
「え、ロージー?」
いつも通りにこにこしているけど、目が笑っていない。
そんなロージーの様子から、危険なんだと察した私は、そろりそろりとアダン達を連れて兵士達からもっと距離をとる。
「領主様、俺達の陰にいてください」
「私達が守ります」
アダンとメリーにまで庇われる。
「領主様こっち」
マティアスには手を引かれて、さらに壁際近くまで誘導される始末。
年下に庇われてしまうのはどうにも落ち着かない。
私、保護者側なのだけど……。
「ちっさい奴らは引っ込んでろよ。大人に見せ場は譲っとけ」
やれやれと言った様子でロージーが言い、結局彼が一番矢面に立つ形になる。
その行動もひそやかなもので、私達が仲良く集まっているように見えただろう。
おかげで近くにいた兵士達も、特に気にしないでいてくれた。
とはいえロージーがここまでしてくれるとは思わなかった。
「ロージーも危ないよ。何があるかわからないし」
「いや。領主ちゃんいないと戦えなくなるし、色々いい思いもさせてもらったし、領主ちゃん、なかなか話がわかる人だから好きだしー」
にぱっと笑って言われてしまう。
たしかに私がいなくなったら、傭兵隊はここから出て行くかもしれない。
料金の出どころは、私が錬金術で稼いだお金だものね。
呆れたようにロージーを見てると、なぜかメリーとマティアスがこそこそと何か話していた。
「ね、あれってさ」
「そういうこと?」
みたいな。
たぶん何を話しているか予想はつくけど……、違うと思うよ?
そんなことを話すわけにもいかないまま、その時は来た。
オルターは目的の人物が激昂しないよう、他の人から順に点検することにしたらしい。
「古い薬とか、持ってるやつは交換するからな」
そう言っているので、テオドールからハルスタットで製造した薬と交換するとか、そういう話をされた体になっているんだろう。
兵士達はいい物にしてもらえるらしいと聞いたのか、素直に差し出してる。
「お前、これはまだ使えるだろ」
「おい、なんでこんな高級品持ってる? 隠し財産かよ」
オルターは薬以外も見る名目を作るためなのか、兵士の装飾品なんかもチェックしていた。
やがて問題の兵士に近づいていく。
チェックが終わった兵士達は、順次宿舎である外郭の部屋へと移動を始めていた。
だから残るのは、約半数の兵士とテオドール、オルターだ。
「はい次ー」
問題の兵士は、自分の前の兵士がポケットの中まで点検されていることに、動揺しているようだった。
何かをこっそり取り出す。
でもそれぐらいの動きは、他の兵士もしている。
あんまり見られたくない個人的な物もあるだろうから。
でも取り出した物を、口に運ぶ兵士はいなかった。
「何かを飲み込んだ?」
つぶやいた瞬間、私は息をのむ。
兵士の姿が爆発するように広がった。
そんな風に見えた。
けれど違う。
一気にその体がぼこぼこと広がっていき、二倍の大きさになったから。
でも兵士の姿のままではなかった。
革の鎧も、服も、全てちぎれたけれど元の姿はわからない。
赤黒いねじれた木をより合わせたような魔物の姿になったから。
「なっ」
私が驚いている間にも、近くの兵士は逃げようとして魔物のやたらと長い手に捕まって振り回され、投げ飛ばされる。
テオドールとオルターがすぐに剣を抜いて立ち向かう。
兵士達も剣を抜くものの、投げ飛ばされた兵士にぶつかりそうになって散開したり、その兵士の救護にあたったりと落ち着かない。
テオドールとオルターはその間にも魔物の腕や枝を避けながら斬りつける。
けれど素早く蔓が伸びるように、その腕も足も再生されてしまった。
「メリーいきます!」
そう言って、メリーが取り出したのは私が作った爆弾。
「どけてください!」
声をかけて投じた爆弾に、テオドールとオルターが距離をとる。
てんっ、と魔物の側に落ちた爆弾は、青い炎を上げて爆発した。
青い炎が魔物にとりつく。
叫び声が上がる。
その声だけは、まだ人のもので……。
思わず耳を塞いでしまう。
そんな私達の方に、狂ったように枝を振り下ろしてくる魔物。
一撃目は、すぐさま続いて爆弾を投じたアダンによって腕が破壊された。
「すごい、ほとんど魔力を使わないで済む」
アダンが感動するように言う。
そう、これはカールさんと私で考えた、魔力を使いすぎない方法の一つ。
けれど錬金術の調合品を使うよりも、さらに威力を増すことができる。
――通常よりも少し強い魔力を込めて使用すること。
それによって、寿命を削るほどではなくとも、魔術のような効果を発揮できるようになったのだ。
二撃目を防いだのは、ロージーだ。
彼の魔剣はやすやすと魔物の腕を斬り飛ばす。
その間に、魔物の本体にテオドールとオルターが攻撃を加えた。
魔物の背が切り裂かれる。
さらに上がる悲鳴は、首を斬り飛ばしたことで止まった。
魔物がその場に倒れる。
死とともに魔力が抜けていくのか、黒い煙が上がったかと思うと、少し細くなった魔物の躯が残った。
「……人には戻らないのね」
確かに、あの兵士は魔物だった。
だけど一度変化してしまったら、もう人にはなれなくなるらしいけれど。
「まさか人が変化するとはな……いやはや」
剣を鞘に収めたロージーが、ため息をついた。
「こんな方法が使えるなら、そりゃ魔物が沢山いる軍になるだろうよ」
「ですね……」
ここへ来て、ベルナード軍に魔物が多い理由がわかったけれど。
「想像以上に、ベルナードは素早く侵略してきているんだわ」
まさかリュシアンが送ってきた兵に紛れているなんて。
オルターにその場を任せたテオドールが、私の方へ駆け寄ってくる。




