96 辺境伯領からの派兵 2
「ほんとに、違う領地に行ったんだなお前……」
単発黒髪の騎士は、テオドールと同年代に見える。
日に焼けて活発そうな、まさに外で運動をするのが好き、という人っぽい。
頑健そうで、縦も横もテオドールよりややガタイの大きい人だ。
近くで見ると、壁みたいに思えるだろう。
「そうだって言っただろう」
テオドールの返事もくだけた物なので、気心の知れた相手だったんだろう。
「いやだってさ、自分の不祥事じゃないとばっちりのせいだったから、傷心を抱えて旅に出た方便かと」
「うぐぅ。それ以上言うな」
おや。
テオドールは優秀なのに、どうしてハルスタットにくれたんだろうと思ったら。不祥事に巻き込まれたらしい。
いや、聞けば教えてくれたんだろうけど、別にいいかと思ったし、ベルナード軍のことで頭がいっぱいだったから、作業さえしてくれればいいかと思って忘れてたのよね。
なのに、ハルスタットへ来てしまったばかりに……。
考え事が頭に浮かぶのを振り払い、私はなんとか彼らに挨拶した。
「ようこそハルスタットへ。ジークリード辺境伯閣下のご厚意に感謝申し上げます」
騎士がさっと私に向き直って一礼する。
「ジークリード辺境伯家騎士、オルターです。辺境伯閣下からは、要衝でもあるハルスタットを守備するようおおせつかりました。我々の駐留をご許可いただきありがとうございます」
オルターの言葉で、リュシアンがこちらに気を遣って色々と方便を考えてくれたことを知る。
私からの要請ではなく、辺境伯家の守備のため、ベルナード軍の進路をふさぐ名目でここに駐留させる、という形をとったらしい。
「私共も、精強な辺境伯家の兵と騎士に居ていただけて嬉しいですわ」
「なんの、麗しいレディの領地をお守りする役目をいただけて、幸甚にございます」
にかっと白い歯をのぞかせたオルターは、さらに付け加える。
「しかし辺境伯閣下も隅に置けませんな、このように美しいレディとお知り合いだったとは。たおやかなる姫を守ることこそ騎士の誉れ、この役目をいただいたことを感謝しております」
うぉ、口もうまい人だ。
すらすらとそんな言葉が口から出てくることに、ちょっと圧倒される。
(ジークリード辺境伯がそういう風土ってわけじゃないと思うから、この人がもともとそうなんだろうけど)
サンプルがリュシアンとこの人だけだったら、ジークリード辺境伯家の家風かなんかだろうと思ったんだけど。テオドールは歯の浮くような言葉など口にしないし、だからこそ側にいてもらいやすいとは思う。
まぁ、本来ならこうして気分よくさせてくれる人の方が、安心はできたんだろう。
私はオルター達がいてさえ、だめだったかもしれない未来を知っているから、不安が消えないだけ。
「嬉しい言葉をありがとう。当家に駐留の間は、テオドールの指示を仰いでください。ハルスタット家では兵の統括をテオドールに任せておりますので」
「承知つかまつりました」
他家へ行った時の行動も、慣れている人なのかもしれない。
オルターは一礼し、テオドールやハルスタットの兵の指示通りに、まずは寝泊りする場所へと向かおうとしていた。
私はそれを見ながら、(千人も兵を増やしてもらっても、だめだった理由を探さないと……)と思っていたのだけど。
「領主様」
工房の方で、魔力練習をしていたアダン達三人が出て来た。
「今日は練習が上手くいって……」
駆け寄って、そう話してくれるメリー。
アダンとマティアスは、そんなメリーを追いかけて来たのだけど。
「あっ……」
人が多いことに驚いたのか、マティアスが立ち止まってしまう。
「マティ?」
メリーが心配してそちらへ向かい、私もなにげなくついていった。
「どうしたの?」
「うん、あの、人がいっぱいで……」
沢山人がいるせいで、ちょっと怖くなってしまったらしい。
「大丈夫よ。援軍として来てくれたジークリード辺境伯家の兵士達なの」
私が説明すると、メリーが「だって」とにっこり笑って言う。
「これだけ一杯いたら安心だよな」
アダンもマティアスを安心させようとした。
それを聞いて、少し落ち着いた表情になったマティアスは、もう一度兵士達の方を見て言う。
「ジークリード辺境伯家って、兵士でも魔術師みたいに魔力が強いの?」
「え?」
思わず振り向いてしまうけど、私に魔力なんてわからない。
「一体どういうこと?」
メリーにもわからないようだ。
マティアスが指をさす。
「ほらあそこの黒髪の人」
「え? 魔力ある?」
メリーにはそう思えないらしい。
マティアスの勘違いかと思ったが、アダンが顔をしかめた。
「なんか変だ」
「え?」
「変な物を持ってる。魔力が出るような物」
マティアスが示した人物は、黒髪のなんの変哲もない兵士だ。
三十代は過ぎて、やや顔色が良くない感じがするぐらい。それすらも、日焼けのせいと言える範囲。
でも、おかしな物を持っているのならば話は変わる。
「テオドール」
私はテオドールを呼び、マティアス達の話を伝えた。
魔術師になる訓練をしている子達が、おかしな魔力を検知したのだと。
しかも本人の魔力ではないとなれば、怪しい魔術道具かもしれない。
「すぐ調べます」
テオドールはそう言い、先にオルターに話を通した。
オルターは信じられないという顔をしたものの、テオドールの調査に同意したようだ。




