95 辺境伯領からの派兵 1
「とりあえず、積み上げなくて済む方法を……」
石の触媒に、さらに花崗岩を追加、そして銀の小さな箱を奥から出してくる。
「うっふっふっふ」
『気味の悪い笑い方だの』
カールさんがふわっと現れて、ひどいことを言う。
「いえ、どんな風になるのか期待でつい笑みが」
『予想外の物をつくっておるのか。その粉は一体何……いや、なんだか覚えがあるぞ。そんな小さな箱に、この間も魔物の粉を入れておっただろう』
「お、よくわかりましたね。これ、スライムの粉です」
『あのぐねっとした魔物か』
湿地帯とか、水辺によくいるのがスライムだ。
水たまりに擬態していることがある、
ジェリムはもっとぷっくりとした形で、ころころと転がって移動するのだけど、スライムは違う。
粘性のある水にしか見えなくて、ひたひたと広がっては縮んで移動していく。
それを捕まえて乾燥させた粉がこれ。
「投入」
触媒に粉を一つまみ入れ、花崗岩と混ぜていく。
最初は、先ほどと同じように花崗岩がとろけて触媒と混ざって行った。
そのうちに固まっていく。
『石になってしまったのではないか?』
「大丈夫です」
持ち上げると、形を変えないものの、もちもちとしている。
固いマシュマロみたいな感じだ。
「これで石スライム爆誕です」
『また珍妙な物を作りおって』
カールさんが奇妙な物を見る目で、石スライムを見つめる。
『垂れてくるのではないか?』
「石の比率が良かったのか、大丈夫みたいですよ。さて、これに石を与えてみましょう」
花崗岩を横にくっつける。
すると、じわじわと石スライムが花崗岩にくっつき、花崗岩を溶かしながら取り込んでいく。
『……微妙な見た目じゃ』
「そこは目をつぶりましょう。真価はそこじゃないですし」
やがて花崗岩を一つ取り込むと、スライムはちょっと高さが増えた。
「よし、これで花崗岩を人が積まなくても、柱や壁が作れますよ!」
『まぁ、楽といえば楽だが……』
カールさんはしゃくぜんとしない表情をしている。
『ところでシエラよ、きちんと兵士達に説明せんと、気になってたまらなくなるに違いないからな?』
「もっちろんです。エサ係もしてもらいますし」
とりあえず石スライム増やし係を募ったところ、面白がって立候補したフレッドが喜んでいた。
他の兵士達も、傭兵も興味津々で、花崗岩を吸収しては伸びる石スライムをじっと見つめていた。
しかし、石スライムを分割する時は違った。
「はい、分割―」
横倒しにして、石スライムに熱した鉄の棒を近付ける。
じゅわっと表面が焦げ始めると、さっと二つに分裂した。
それを繰り返そうとしたら、フレッドが叫んだ。
「う、うわああああ! 可哀想すぎる!」
続いて兵士や傭兵達もひそひそし始めた。
「こっわ、うちの領主こわ!」
「やっぱこれぐらい人でなしじゃないと、領主なんてなれないのか?」
「まったく人聞きの悪い……。可愛い石スライムは、沢山あってもいいでしょ? だから増やしますよー」
そう言って、八分割にしたところで、フレッドに渡した。
「じゃ、餌やりをお願い」
「うあ、はい……」
受け取ったフレッドが、ぎゅっと石スライムを抱きしめる。
「ううう、可哀想に。たんと岩を食べさせてやるからな」
なんか、ペット感覚になってしまったようだ。増やしてくれるならそれでいいけど……。
後日、壁になるってわかった時の、フレッドの反応が怖いな。
とりあえず防御も固められそうだと安心していたその翌日、ミカが知らせに走って来た。
「領主様、ジークリード辺境伯領からの派兵が!」
来た!
私は嬉しさを胸に立ち上がる。
「テオドールに任せることにしているから、テオドールを呼んで。私も行く」
そして部屋から出る時に、ふっと胸の中に不安が去来した。
(何か忘れているような気がする……)
一体何かはわからない。
けど、不安が湧き上がったまま消えない。
「領主様、どうかされましたか?」
一緒に部屋を出たセレナが首をかしげた。
「その……。兵力が増えるのに、不安になってしまって」
「お預かりした兵力は心強いとはいえ、戦争になればその命を散らしてしまう、とお考えだからではありませんか?」
減ってしまう命だと思うと、怖くなったのではないか、とセレナは言う。
そうかもしれない。
みんないなくなってしまう可能性はあるから。
でも……。
「ん?」
ふっと立ち止まる。
派兵してもらって、私は安心した。
自分が生き残るため、戦ってもらえる人が増えたことに安心して。
――それは、カールさんの夢を見た直後の私でも、そうするんじゃないだろうか。
(そもそも、リュシアンが西の様子を見て、私の所に来ることは【夢を見ても見なくても変わらない】はず。話を聞けば、私は恐怖に震えるだろうし、リュシアンはきっと兵を派遣してくれる)
それでも、攻め込まれるベルナード軍には対抗できなかった。
そんなことに気づいて、足元からすっと寒気が上がってくる。
「領主様? お加減が悪いのなら、戻られますか? テオドール卿にお任せしておけば大丈夫かと思いますが……」
心配するセレナの声に、はっと我に返る。
「ううん、要請して来てもらったんだし、私の顔を覚えておいてもらうためにも行くわ」
足を動かしながら、私は口を引き結んだ。
もし全滅してしまうとするなら、その理由を探さなくては。
魔物が強すぎたから、あえなく全滅したのか。
そうだとしたら、強化する方法を残りの時間で探さないと。
館を出ると、城の中庭には兵が到着し、テオドールとさっそく顔を合わせをしていた。
というか、テオドールとは顔見知りの人達だったようだ。
特に兵を率いて来たらしい青いマントの騎士は、テオドールと気さくに話している。




