9 気になりすぎて……
「おはよう、さぁ行こうか」
リュシアンは馬車に私を連れて行く。
そして小さな町を出発する。
しかし貴族の移動としては小規模だ。
私の方の馬車三台とリュシアンの方を合わせても、馬車は五台。
私も大きな荷物は先に送ったり、現地で調達できるように手配をしたので、身の回りの物だけだから少なく済んでいた。
むしろ一台分は移動中の食料等とメイドの馬車なので、実質的な荷物は二台分でしかない。
リュシアン自身の荷物も少ないなと感じる。
彼は辺境伯という大貴族だ。
本来ならお付きの人を沢山従えるのだけど、随行者はほぼ騎乗した騎士と兵士だけ。
数だけは三十人と沢山いるけれど、珍しいことは変わりない。
そもそも彼は、さっと視察に行って帰るつもりのようで、必要物だけ馬車に積んでいるようだ。馬車の中身の四分の一ぐらいが、視察先の西の辺境伯への贈り物と万が一の正装等ぐらいで、後は武器とか食料とか必需品ばかりらしい。
荷物を見ていたミカがそう言っていた。
そうして馬車に乗ってまもなく、外が暗くなった気がした。
「雨、降るのかしら」
リュシアンの言葉に、夢のことを思い出してしまう。
私の表情の変化に気づいたのだろう、リュシアンが気づかわし気に尋ねてきた。
「どうかしたかい? 気になることがあった?」
「ちょっとしたことなんだけど……。その、変な夢を見て、それが雨に関係するものだったから」
自分の胸にしまっておくのもモヤモヤしていたので、私はリュシアンに夢の内容を話した。
雨が降って、リュシアンは道の状態を見るために馬で走って行ってしまったこと。
その後、がけ崩れに巻き込まれる夢だ。
「気がふさぐ夢だねそれは。それに、夢で未来のことを垣間見る人はいるというし……」
「あ、でも夢だもの! そんな真剣に考えなくても」
「そうは言っても、これからしばらく雨じゃないかって言われているから」
「天気がわかるの?」
「君の師匠に譲ってもらった物が教えてくれるんだ」
そう言ったリュシアンは、ポケットから小さなガラスの筒を取り出す。
中には緑色の丸っこい木がある。
周囲は水色の液体が満たされていて、その木はちょっとずつ大きくなっていっているような……?
「雨になったりすると、この中の木が成長していくんだって。今朝から急成長してきてるから、かなり降ると思う。多く降れば降るほど、崖崩れも起きるんじゃないかな?」
「大雨になれば……」
あり得ることではある。
そしてリュシアンが付け加えた。
「もしかすると、湿度が上がったのを感じて雨の夢を見たのかもね」
「あ、そういうことってあるのかもしれない」
それなら納得だ。未来を予見したと言われるよりも。
「そういえば崖崩れがあった場所のこと、何か覚えていないかい?」
「左に大きな谷があって、たぶんその下には川があるんじゃないかしら。対岸も切り立った崖になっていたの。右側も岩壁のような崖が続いていたみたい」
「谷……。それだけ大きいと、ルルーテ川のあたりかな。もう一日進んだところで、深い谷になるんだ。雨が続いていたら、一日逗留して上がるのを待ってみよう」
たぶん、リュシアンは私を安心させようとしてそう言ってくれたんだろう。
提案してくれたことが嬉しくて、私はうなずいた。
――そして次の日。
雨はまだ降っていた。
昨日は昼に一度上がったけれど、休憩が終わった頃合いに振り始め、宿に着くまで馬や護衛の兵士には雨の中を進ませることになってしまった。
それもあって、今日は一日休みをとるつもりだったけど。
「本当に止まないなんて……」
窓の外を眺めながら、私は不安な気持ちを抱えていた。
もし、あの夢が当たってしまったらどうしよう。
「どうしようもないんだけど、なんだか気味が悪い」
「何? シエラ」
私のつぶやきに反応したのは、宿の一室で一緒にお茶をしていたリュシアンだ。
一日休みと決めたのならと、私はリュシアンとチェスをしていた。
リュシアンはポーンを一歩前に進めている。
「どうしても、夢のことを思い出してしまって……。その通りになったら、なんだか気味が悪いなって。今まで正夢なんて見た覚えはないんだもの」
部屋の端にセレナや、リュシアン側の従僕もいるので、少しリュシアンに身を乗り出すようにして声を潜める。
たぶん、言ってる内容はセレナ達には聞こえないだろう。
私の不安を聞いたリュシアンは、励ますように笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。当たったら当たったで、幸運だっただけじゃないか。事故を回避できるならその方がいいに決まってる。それに一日休んで雨が上がったら、馬車で移動しやすくなるだけだ。随行員も休めて、元気に働いてくれるだろう」
良いことを並べてくれるリュシアンにうなずく。
でも彼は付け加えた。
「ただ本当に正夢だと言えるぐらいのことが起こったら、なぜなのかは知りたくなるかな。領主になったんだから、それを利用しない手はない」
実利をとる発言に、私は思わず笑ってしまう。
奇妙さに不安を感じていたけれど、そうだ、利用できるなら問題はない。
「そうね。安心して暮らせるならそれに越したことはないものね」
当たったら、原因を調べよう。
そうしてこの日は穏やかに過ぎて行った。
――街道の先でがけ崩れが起きたという話を聞いたのは、翌朝だった。