86 傭兵さんと採取へ 1
森は、踏み固められた道があちこちにできつつあった。
さんざん山狩りや火竜への対応で人が行き交ったからだろう。
平和になったので、木こりが木を伐り出している音も聞こえる。
城壁内の部屋を整えるのにも木が必要なので、いそいで調達してもらっているのだ。
これからリュシアンが兵を派遣もしてくれるのに、ベッドもない場所に押し込んでいくのは申し訳なさすぎる。
町の人達も、農繁期が過ぎたので家具作り等を手伝ってもらえるよう、ギベルに手配を頼んだ。
すでに廃墟になってる家に。残っている家具が使えるようなら、それも洗ったりして運んでもらうようにしておいた。
……万が一には、木材がどこでどう役立つかわからないから。
無事に乗り切れたら、町の人に欲しい物を持って行ってもらおうと思う。
そういった、もろもろの指示をする理由は、町の人達には教えていない。
今はまだ、貴族のお供が沢山来た時のためだと言い訳していた。
ギベルには事情を話してあるので、理解してかくしてくれている。
(人の口を伝って、あちこちにこの話が流れた結果がちょっと、怖くて)
ハルスタットの領主が、「頭がおかしくなった」とか言われてもいい。
信じて、麦やら食料品を買い占めた商人が、値段を吊り上げたりするのが怖いのだ。
(あと、急に状況が動くと、うちの領地に必要な分が確保できないと困るのよね)
剣だって、盾だって、他から買う方が手っ取り早いハルスタット領としては、防備を固めるために、各領地で買い上げて売ってくれなくなると困る。
そもそも信じてくれない可能性も高いのだけど……。
(リュシアンみたいに、社会的地位や信用がある人が言っても、馬耳東風だものねぇ)
ある程度準備が整って、私の錬金術の薬が売れるようになったら町の人に打ち明けるつもりだ。
そのあたりが、逃げる人に食料を持たせて、ある程度安全に移動させられるぎりぎりの時期だろう。
「はぁ……」
考えすぎて思わずため息がこぼれる。
すると、右隣にいたロージーが笑う。
「領主ちゃん、ここのとこにしわ寄ってる」
「え? あ」
みけんにしわを寄せて悩んでしまったようだ。
やだやだ。十代から縦じわを刻むのはさすがに避けたい。
思わず眉間を撫でてしまう。
左にいるルジェがぽつりとつぶやいた。
「先生みたい」
「先生ってことは、レンデル女史ですか?」
ルジェはうなずく。
「魔道具師で、養子を沢山育てていらっしゃったと聞きました。とても活発で心の大きな方だったんですね」
「先生は子供好きだった。弟や妹達を亡くしていたから、救える子は救いたいって」
「優しくて強い方ですね」
優しさだけで、子供を育てられるわけじゃない。
しかも勝手知ったる自分の子ではなく、孤児になるからには、傷ついて他の大人を拒絶する子もいただろうに。
魔道具師になれるほどのかしこい人だから、そのあたりも十分考えて、子供を引き取ると決めたに違いない、と私は思う。
「先生、優しくて厳しい。だけど仕事の時はいつも眉間にしわ作ってた」
だから私の様子を見て、レンデル女史を思い出したそうな。
「先生も若死にしてしまった。領主様も気を付けるといいと思う」
ルジェの心配する言葉に、私は思わず微笑んでしまう。
「心配してくれてありがとう。ところで、レンデル女史はおいくつだったんですか?」
「うん、45歳」
45歳なら、この国ではすごく早いわけでもない。
魔物も出るし、病に対する薬は存在しても、どうしても癒せない物は色々あるから。
魔道具師として仕事をするため、都市や町の外にほとんど出ないとしても、40歳を過ぎれば体力や病に打ち勝つ力が衰えるので、病気で亡くなりやすい年齢だ。
「ご病気だったのですか?」
「うん、ルース王国で質が悪い風邪が流行ったせいで」
「お気の毒です」
ルジェはうん、とうなずく。
「悲しいけど、今も昔もずっと、先生の剣が僕達を守ってくれてるから」
そこでロージーが話に入る。
「最初は『過保護なおっかさんのいる傭兵隊』って言われてたぐらいだからなぁ」
なつかしむように、ロージーは自分の腰にベルトで下げた剣を見る。
「先生が立ち上げたって言ってるけど、実際は俺達が手っ取り早く稼げる方法が傭兵だし、ってことで始めたんだよね。その時に先生が全員分の魔剣を用意してさ、過保護だなんだとからかわれたから、先生が傭兵隊を立ち上げた隊長だって言っちまってさー」
なるほど。
レンデル女史の話を聞く限り、果たして養子に傭兵をさせようとする人だろうか? と思っていたけれど、ロージー達がそう言って回っているのか。
当のレンデル女史は、子供達が傭兵になると決まった時に、必ず帰って来られるようにと、魔剣を作り続けたんだろうに、いつのまにか設立者になっていて驚いたことだろう。
「からかう人は、親心がわからなかったんでしょう。過保護でもなんでも、生きていてほしいと思えば、何事も惜しまないのが親だと聞きますから」
もちろん私には、そんな親はいなかったので、伝聞でしかわからないけれど。
そこはごまかしてもいいんだけど、なんとなく、自分もそうだったという風に言いたくなかった。
きっとロージー達は気づくだろうなと思ったから。
実際、ロージーはふんわりとそれを理解したようだ。
「領主ちゃんも、なんだか苦労人そうだなぁ。てか、なんで領主なんてやってんの? あと錬金術師も」
「んー、まぁ、アルストリア王国にいて貴族に関わればある程度は聞くと思うんで隠すことでもないのですけど。一度結婚した後で、離婚しまして」
「え、既婚者!?」
叫んだロージー。ルジェは目をぱちくりとしている。
視界に入ったのだけど、前を歩くフレッドとニルスも気になったようにちらっと後ろを振り向いていた。
この二人は、私の詳しい事情って他の人に聞いてないのかな。
日々がめまぐるしくて、なんだかわからなくなってきた。
「今は離婚してるから。で、そもそもの結婚が、親に借金返済の支度金目当てで決められたことで」
「えー、かわいそ領主ちゃん。旦那も嫌な奴だったのか?」
「結婚そのものをしたくない人だったらしくて、名目上の嫁が来てくれれば良かったみたいなの。だから、結婚生活は基本放置。でもその条件をのむかわりに、養子を取ったら離婚してくれた上、領地もくれたのよ。ついでに両親は税をごまかしてたことを調べ上げてもらって、追放。その領地に戻りたくないから、新しい土地をもらってここに来たの」
ローランドの性格とか、それによって起きた問題のことは内緒でいい。
彼の名誉のためにも、次に領主になる彼の養子のためにも。
「本当に苦労してる……」
ルジェのぽつりとした感想が、やけに沁みる。
「錬金術は、興味があって始めたの。手に職があれば、勝手に結婚を決められたりしなくてもいいなって思ったのもあるんだけど。まさか戦争から領地を守るために使うことになるなんて、思いもしなかったわ」
もっとこう、牧歌的な田舎で、のんびりと錬金術を極めていければいいと思ってたんだけど。
人生ままならないものである。




