85 リュシアンが出発した後
朝、リュシアンは旅立って行った。
別れは昨日惜しんだから、今日はさっぱりと見送る。
お互いに元気で、明るい姿を覚えていてほしいからこそ、涙なんていらないのだ。
リュシアンも手を振ってくれた。
そうして、馬車に沢山の雨キノコも載せて、リュシアンと兵士達は立ち去ってしまった。
見送ったら、すぐ次の作業だ。
しんみりしている暇なんてない。
そこへフレッドとニルスが戻って来た。
実は残った雨キノコを、森へ運んでもらっていたのだ。
雨キノコが……見ないうちに勝手に増えた。
菌が一度原木に定着すると生えやすいのかもしれないし、栄養剤の影響がまだまだ残っているのかもしれない。
リュシアンにも持って行ってもらったけど、半分ぐらいだ。
で、残りをフレッドとニルスに、森へ運んでもらったのだ。
森の生き物が食べるかもしれないし、それでイノシシなり鹿なりが増えてくれれれば、町の人も食べられるお肉として育ってくれるから。
と思ったのだけど、フレッドとニルスが微妙そうな顔ををしている。
「領主様、無事に雨キノコを森へ戻すことができました」
「任務は終わったのに、なんだか釈然としない表情をしているけど……」
指摘すると、ニルスが言いにくそうに告げた。
「実は雨キノコを森へ置いたとたん、火ネズミが現れて持って行ってしまいまして」
「え、まだ火山に不安があるのかな……」
私の言葉に、フレッドが難しい表情になる。
「単に、火ネズミもあれを食料としているかもしれません」
しかしニルスが異を唱えた。
「でも山に持って行ってた。住処があるって理由かもしれないけど、不穏だよ」
私は少し考える。
火ネズミが恒常的に雨キノコを食べるという話は聞かない。でもそういう生態があるなんて、詳しく調べている人がいるわけでもないし。
ただ、火山にいる竜の夢は、あれ以来見ていない。
ということは、暴れる可能性は少ないと思うのだけど。
「様子見しましょう。逆に、雨キノコを食べている間は大丈夫でしょうから、定期的に持って行くとして……」
私はふと思いついて言う。
「キノコの原木、町を出てすぐの、街道から近いところまで移してもらっていいかしら? 日陰のある木立の中に置いてくれたらいいわ。その方がキノコを運びやすいだろうし」
そう言ったものの、私の目的はちょっと違う。
火ネズミが、そこまで取りに来るのか試してみたい。
来るのだったら……火ネズミを雨キノコで釣って、ベルナード軍と戦闘してくれないかと思うのだ。
(兵士不足のたしになるかもしれない)
今はなんでも試してみるべきだ。
だめだったとしても、運びやすくなるだけだから。
その後、私は予定を少し変え、アダンとメリーに雨キノコの生産を手伝ってもらうことにした。
なにせあれ、魔力が必要。
私よりもアダンとメリーの方が作成に適していたりする。
「キノコ育てられるんだ、なんか、可愛い」
メリーはキノコが大好きみたいだ。
そんなメリーを兄のアダンがほのぼのとみている。
可愛い兄妹だな。
「そうだ。雨キノコ、このまま増やしてもらおうかな。一応、飢饉の時には食用にはなるし。乾燥させておいて、水で戻せばいいから」
単体で食べるには味気ないので、味付けしないといけないけど、腹持ちはいいと本に書いてあった。
「そうしたら、はちみつやミルクで味付けしてもいいかもしれませんね。煮込んだら溶けますし、冷ますと固まるそうなので」
「あら、甘味によさそうよね。ゼリーの代用にできるわ」
そんな話をしつつ、私はキノコ運搬のついでに、フレッドとニルスに採取してきてもらった材料で、また薬を量産する。
沢山作れば、ベルナード軍との戦いで使えるし、その前には売ってお金にできるから。
一心不乱に薬を作っていると、一日で材料が尽きそうになった。
で、翌日は自ら採取しに行くことに。
他にも何か見つけられるかもしれないしね。
いつものニルスやフレッドと一緒に準備をして外に出ると、ちょうど訓練をしていた傭兵達がいた。
現状、戦闘することがないので、彼らにはハルスタット領で雇っている兵士の訓練に付き合ってもらっている。
なにせベルナード軍とやりあった経験と、そこから脱出できた人達だ。
ぜひ稽古をつけてほしいと頼んでいた。
「あ、領主ちゃんじゃん」
あいかわらずのロージーの呼び方に、周囲の兵士もぎょっとしてる。
私は働いてくれれば文句はないし、口頭での儀礼以外には無礼なことをされているわけではないので、ロージーの言葉遣いは放置していた。
手を振って挨拶する。
「今日も兵士の訓練をありがとう、ロージー」
「どっか行くの?」
「森を通って山まで採取に」
薬の材料もだけど、せっかく火竜が大人しくなったのだから、山すそでもいいのであのあたりを見て回りたい。
「じゃあ、俺達ついてってやるよ。朝の訓練も終わったしね」
「僕も行こうか?」
「あ、いいなー隊長達。出かけんのか?」
一緒に訓練をしていた傭兵達が、わらわらと寄ってくる。
ロージーはニヤニヤしつつ言った。
「お前達は訓練後に、町でもどこでも歩き回ってろ。貴婦人への気の使いかたを先生から教わったのは、俺とルジェぐらいだからな」
(貴婦人への気の使いかたを教わった……?)
そんな風には見えなかったけど、何かこう、ルース王国なりの気の使いかたはされていたってことだろうか?
首をかしげる私は、ふとニルスを見ると、笑いそうになっている。
平然としているように見えるけど、微妙に口元を引き結んで肩をふるわせているので間違いない。
フレッドの方が、気にしていなさそうな様子だ。
(てことは、やっぱり嘘なのね)
断る方便なんだろう。
私が考えている間に、ロージーは話を切り上げて声をかけて来た。
「さぁ行こう領主ちゃん!」
明らかに貴婦人に対するものとは思えない調子で言われ、私も吹き出しそうになりながらうなずいた。
「ええ、行きましょうか」




