84 リュシアンの旅立ち
翌日、私はリュシアンにも鉄の木をお披露目した。
というか一日放置しておいたら、そのまま伸びて鉄鉱石は尽きかけ、土に根を張りはじめそうになっていた。
代わりに、三メートルの高さの鉄色の木ができていたのだ。
「これはまた……」
ぼうぜんとつぶやいたのは、テオドールだ。
突然、鉄の木なんてものが生えてにょきにょき伸びたらびっくりもするだろう。
「昨日は夜に戻ったから、よく見えなかったんだけど。見事なまでに鉄だね。触っても?」
リュシアンに聞かれてうなずく。
「魔物の粉使ってるから動くけど、安全だから大丈夫」
「わかった」
うなずくリュシアンに、驚いて側にいたフリードが止めようとする。
「か、閣下。魔物混じりということであれば、慎重に……」
「大丈夫だよ。もし暴れても私の方が強いからね」
しれっとそんなことを言いつつ、リュシアンは木に近づいて幹に触れる。
「本当に鉄だね」
次にコンコンとノックするように硬さを確認していた。
「強度もある。勝手に伸びてくれる。いいね、素晴らしい錬金術の作品だ、シエラ」
褒められて私は照れてしまう。
「自分でも上手くいったなって思ってたの。これなら、問題が起きてから道を塞ぐことができると思う」
「この木を並べて植えるのかい?」
リュシアンの質問に首を横に振った。
「それだけじゃ間をすり抜けたら終わりだから、これを支柱にして、石を積み上げたらいいかと思って」
私の計画はこうだ。
まず、塞ぎたい道の側に、一か月で鉄鉱石と石を運んでおく。
で、ベルナード王国軍が国境を突破したという知らせが来たら、木を植える。
伸びたらすぐに、木の周りに運んでおいた石を積めば、かなり頑丈な壁ができるのだ。
ある程度太くなると、鉄が元だからか動かないし、きちんと支柱の役目をはたしてくれるはずだ。
あんまり動くようなら、動かないようにするのみ。
「すぐ道を塞げるように、周囲には先に壁を造っておけばいいのかな。この木は増やせるのかい?」
「鉄鉱石があれば。挿し木でいけるから」
増えた枝を分離して、鉄鉱石の間に置いておけば、勝手に根を生やしてくれるはずだ。
「そんな簡単に増えるのか……」
テオドールがなんだか青い顔をしていた。
たぶん、魔物が増えるように感じているんじゃないかな?
でも実際に増やすところや、増えた後を観察したら、その誤解も解けるだろう。
「使い終わったら、今度は鉄として利用できるの。ある程度鉄としての純度があるから、鍛冶屋に持ち込めばいけるのよ」
テオドールが言葉を失い、フリードまで顔色が悪くなる。
きっとアレのことを心配しているのだろう。
「枝とかぴこぴこ動くけど、攻撃しないし、溶かしてしまえば魔物の要素も燃え尽きてなくなるから安全よ」
「いえ、そこじゃないんですが……」
うめくように言うテオドール。
「なかなか胆力のある領主様ですな」
フリードが苦しそうな表情でつぶやいた。
リュシアンの方は、説明を聞いて微笑んでいる。
「そうしたら、後は派兵の準備だけだね」
小さな声でリュシアンが言う。
「あ……」
リュシアンはこちらの準備ができるまで待っていてくれた。
それが終わってしまったのだ。
「明日には、三十ずつ薬を渡せると思う。個人で持ちやすくて、劣化しにくいように小さな容器に入れた物を準備しているの」
何か言わなくちゃと思ったけど、口から出て来たのは取引の話だった。
「では明日、それを持ってジークリード辺境伯に発つよ」
「ええ」
そして私は、その日一日中を薬作りについやした。
朝のうちに追加の材料を取りに行ってくれたフレッドとニルスが、昼には帰って来てくれたので、沢山作れるのは嬉しい。
アダンとメリーも、今日は一日中手伝ってくれた。
昨日、ほとんど疲れなかったと言ってくれたので。
やっぱり魔力量が多いと、調合で使う魔力程度ではへたらないのだろう。たぶん、集中することや、慣れないことをする方で疲れるかもしれない。
明日は二人も休んでもらおう。
でもおかげで、想像よりも沢山の薬が作れた。
夕方、大きな木の箱二つに、それぞれの薬を一杯入れて、リュシアンの部屋に届けた。
手伝ってくれた使用人二人が立ち去ると、リュシアンは部屋に置かれた箱の中を見る。
「夕食にも来ないで、また根を詰めてると思ったら、すごいな、この量は」
「私一人で作ったわけじゃないわ。あの弟子候補の子達にも、採取で兵士にも手伝ってもらったから」
驚かれて、なんだか照れ臭くなって私はそう言う。
でも嘘じゃない。
みんなの協力がなかったら、地道に材料を集めて、休みながら調合して……と、この量を作るのにもっと時間がかかっただろう。
「それにこれだけあれば、ハルスタットがどうにもならなくなっても……ジークリード辺境伯の兵士の生存率、上がるでしょう?」
普通の薬よりも傷の治りが早い、錬金術の薬だ。
怪我をしても、すぐ戦えるようになる。
(なんだったかな、兵の損耗率の話だっけ。死者の十倍の負傷兵が出るし、その人達は戦えないから、二割の兵が死んだら壊滅も同然だっていう)
でも薬さえあれば、怪我をなかったことにできる。
この数でも足りないだろうけど、何か重要な局面をしのぐ役には立つ。
「ハルスタットがどうにもならないだなんて……」
立ち上がったリュシアンの表情が曇る。
でも、私は首を横に振る。
「あんまりいい方にばかり考えてると、足元をすくわれてしまいかねないわ。未来の私が、どれだけの準備ができたのかはわからないし」
カールさんが未来を見せたのは、私が準備を始める前のこと。
ただ、私はきっと攻め込まれたのなら錬金術の品を作ったはず。
どれだけ物が作れていたのかはわからないけど、ちょっとぐらいでは、人生が終わってしまう状況になるのだけは確かだ。
だからもっと確率を上げたい。
そう思って、色々な準備をしているけど。
もしそれすらも加味した未来だったら?
「それに、ベルナード王国軍の魔物の話も、なんだか嫌な感じがするのよ」
「人に従う魔物とやりあうのは、私も初めてだよ。そんな話を聞いたことがなかったから、あらゆる状況は想定しているけど」
リュシアンはそこで言葉を切る。
彼も一応、万が一のことは想定しているんだ。
そう思うと、急に不安になってくる。
想像を超えてきた時、どうしよう。
なす術もなかったら……。
恐怖で、さっと自分の手が冷たくなっていくのを感じた。
寒くて両手を握りしめたその時……リュシアンがその手を覆うように触れてきた。
「大丈夫、私達の未来を作ってくれる君を、そのままにはしない」
リュシアンの顔を見上げる。
彼は、最悪の未来を予想しているのに、微笑んでみせてくれる。
「必ず守るよ、君を」
喉の奥に、泣き言が湧き上がってきそうになる。
不安を吐き出して、気が済んだところで何も解決はしない。
この先も、夢で見た未来を越えるために、できるだけのことをしなくてはならないのだ。
私がやるべきことは、泣くことじゃない。
だから……強がりを口にした。
「じゃあ薬以外も買って行って……」
「え、薬の他に?」
「雨キノコとか、食べられないわけじゃないけど、あのままだと腐ってしまうだろうし、次の町で売ってほしいんだけど」
もはやリュシアンを行商人扱いしているような気がするけど、真っ先に私の頭に浮かんだのはお金だ。
お金を稼げば、武器も、兵士を維持する食料も、立てこもっている間に領民を食べさせる物も手に入る。
せめて安心できる量をため込みたい。
でもあまりにも現金な要求だったからか、リュシアンは大笑いした。
「ははっ。いいよキノコぐらい。うん、君は前を向いていてくれるから、いいな」
そう言ってリュシアンは、笑いながら私の前にひざまづいた。
「えっ?」
何をするのかと思ったら、握った手に口づけられる。
「君の騎士として、必ず助けに行く。それまで、生きていてほしい」
これは約束だ。
「……うん。でもリュシアンは、魔術師じゃない?」
つい突っ込んでしまうと、リュシアンはまた笑ったのだった。




