81 まずは大量生産と弟子の修業です 2
「次は切り傷の薬ね。準備をしている間、メリーもこれで、魔力の出し方を練習しましょう」
私はメリーにも石を渡し、魔力の出し方を教える。
メリーもすぐに感覚を覚えたようだ。
一度、二度と自分で光らせてみせる。
「なんだか、自分の熱が移動していくみたいな感じ……」
「寒かったりする?」
魔力の放出の感じ方はそれぞれだけど、自分の体の中にある魔力を使うので、危なさそうならやめようかと思って聞いてみる。
メリーは首を横に振る。
「大丈夫です。寒くはないです。むしろこう、腕のこわばりがふっと軽くなるみたいな」
(……血行にいいのかな?)
自分ではそんな感じはしないので、人それぞれなのだろう。
メリーとアダンは魔力が多いはずだから、私とは感じ方も違うだろうし。
とりあえず問題なさそうなことを確認し、ほっとする。
同時に私は、自分の中にあった仮説について再検討していた。
(魔術師は、最初に魔術を行使する時に力の加減ができないから、その時に一番寿命を縮める。ということは、最初に爆発的な力を使わずに魔術師になれたなら、万が一の時に寿命を削らずに済むのでは?)
リュシアンが依頼された『すでに縮まった寿命を延ばす方法』ではないけど、これから魔術師になる可能性が高い子の、寿命を削りにくい方法ではある。
なにより、戦乱に巻き込まれそうな中、少しの寿命と引き換えに無事に生き延びられるなら……その方がいいのでは? という考えがあるからだ。
アダンもメリーも苦労して生きて来た子達だ。
できれば無事に生き延びて、幸せをつかんでほしいと思う。
(私がずっと、悲しい思いばかりしてきたから……。幸運が降って来るまで、何も打つ手がなかった)
生きたいと思うなら、近くの大人の言うことを聞くしかない状況。
そんな中、奴隷になるよりはましだと思って過ごしてきた。
少なくとも飢えない程度に食べていけるし、時にはうわべを取り繕うために、服も与えられる。
それを手放したら、どれだけ悲惨なことになるのかは、町へ出歩いていたからこそ知っていた。
でも、心無い言葉を投げつけられて、痛くないはずがない。
もがいても、生半可なもがきでは、すぐに沼底へ沈め直されるような、そんな気分だった。
だから辛い思いをした子のことは、昔の自分を見ているような気分になる。
王都に戻さなかったのも、ここで生きる術とか伝手を得てから逃げた方が、マシな生活を送れるようになると思ってのことだった。
だけど、そんなアダンとメリーが錬金術師になれたり、より自分の命を削らずに魔術師として生きていけるようになるなら。
その姿を見たら、誰にも助けてもらえずに泣いていた昔の自分を、救ってあげたような気分になれると思うのだ。
(それに、これが証明されたら……魔術師になってしまう人が、生き残った後で残された寿命に絶望することはなくなる。そして何も這い上がる手立てがない人にとっても、救いになるかもしれない)
魔術師になりたい人は沢山いるだろう。
魔術師になれば、多額の対価が得られる。
それなりの偉業をこなせば爵位も得られるのだ。騎士よりも簡単に。
打つ手が他にない人達に、そういう道があればと思う。
(そういえば、カールさんってけっこう老齢だったけど。寿命がもともとすごく長い人だったのかな?)
おじいさんの姿で出てくるのだから、カールさんはお年寄りになってから亡くなったのだと思う。
(いや、亡くなったって言っていいのかな? いまいちどう表現していいのか……)
考えごとをしている間に、メリーも一定の魔力を出す方法というのがわかってきたようだ。
「できるようになったと思います!」
「そうしたら、ちょっと待っててね」
水の媒介、トーカの薬、そしてペリドットの粉に、先日の山で採取してきていた薬草をそろえる。
途中までは、トーカの痛み止めと同じ方法で作る。
その後、新たな薬草を魔力を込めつつすりつぶす作業をメリーにしてもらった後、火で水を飛ばす。
次に戸棚から出したのは、白い粉だ。
「それは何ですか?」
メリーの問いに私はにっこり微笑む。
「うん、芋の粉よ」
「え?」
戸惑うメリーの前で、薬草、とクリーム状の薬を混ぜ合わせていく。
「まるで、パン生地みたい」
「小麦粉をこねているように見えるわね。でも水分を飛ばすように魔力を込めていくのよ」
やがてこねていた生地はほろほろになり、細かな粉になっていく。
それでようやく、薬ができた。
「これを、容器に入れていって。木の物がいいわ。湿気ない方がいいから」
「お嬢様これは?」
興味津々で尋ねたミカに答えた。
「切り傷の薬よ」
さらさらの粉で血を止めつつ、そのまま切り裂かれた筋肉や皮膚傷を癒すのだ。
場合によっては、骨まで効くと聞いたことがある。
「ああ疲れた」
手を洗って、私は工房のソファー座り込む。
こねるときにまで魔力が必要で、すっかり疲労困憊してしまったのだ。
「それじゃ、今日の調合のお手伝いはここまでね」
そう言って、薬を容器に入れ終えたアダンとメリー、ミカを工房から帰したのだった。




