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75 セレナはどうする?

 城に戻る頃には、夕刻になっていた。

 アダン達や兵士はここで今日の仕事を終了してもらい、私は夕食後にリュシアンと対策についての話し合いをすることにした。


「もう少し落ち着いて食べられては……」


 急いで食べないとと焦って、私が早食いをしたので、セレナに困惑顔をされた。


「でも会議が長引きそうだし。早く始めないといけないけど、着替えで時間がかかっちゃったじゃない?」


 セレナが用意万端に整えてくれたおかげで、お湯を使って砂ぼこりも洗い流したし、着替えもできたし、髪は今セレナが同時進行でヘアアイロンを利用して乾かしてくれている。


 長い髪は乾かすのに時間がかかるし、放置すると風邪をひいてしまう。

 なのでハルスタットに来て以来、採取の後はいつもこの方法で乾かすことで、身ぎれいさを保っているのだ。

 髪を巻くのにも使えるのだから、当然乾かすのもできるだろうと提案した時は、セレナがとても渋い顔をしていたなぁと、懐かしく思い出す。


 実際、早く乾くし便利だと思うんだけど。

 セレナは髪が痛むからと良い顔をしない。

 私の髪、ほめそやすような美しい色でもないんだけどね。金茶色の人なんてごまんといる平凡な色の一つなんだから。

 でもセレナが心穏やかに仕事ができるように、髪をもっと簡単に乾かせる道具が作れないか考えよう。

 なんて考えていたら、セレナにあきれられる。


「早食いのことは絶対に反省なさらないつもりですね? 領主様」


「うん。ほら、女性貴族からはみ出してると思って。美しく優雅な貴婦人が、田舎生活をして山登りもするなんて無理なんだから」


「はぁ、承知いたしました」


 呆れた様子のセレナに言う。


「私はセレナが綺麗にしていてくれた方が嬉しいから」


 いくら婚約が嫌で逃亡がてら田舎行きに付き合ったからって、結婚そのものをあきらめる必要はないのだし。

 セレナぐらい器量よし、仕事もできる人なら、貴族家の奥方として見染められてもおかしくないと思う。


「領主様だって、ご再婚ができないわけではございませんのに」


「私は……」


 とにかくベルナード王国軍のことが片付かないとと言おうとして、セレナのことを考える。

 彼女は生家もある。

 婚約について多少ごたついても、死ぬよりはましなはずだ。

 少し前までは、どうにかしなくちゃということで頭がいっぱいだったのと、山賊やら火竜やらで、とてもゆっくり相談できなかったから後回しになっていたけど……。


 ほおばっていたパンを飲み込み、お茶を口にして、セレナに言った。


「あのね、セレナ」


「はい」


「もしこの国にベルナード王国が侵略してきたらなんだけど。西に近いここはすぐ攻撃を受けると思うのよ」


「…………ハルスタットにいらしてから、必死に何かしていらっしゃるのは、そのせいですか?」


 セレナがぽつりとつぶやくように言った。


「なんとなく、今までと雰囲気が違うと思っていたのです。楽しいから錬金術に没頭しているわけじゃないというような感じで……。だから、何か理由があるのだろうと思っていました」


 かしこいセレナは、そんな風に異変を感じていたようだ。


「うん。リュシアンが確実な情報を持ってきてくれるまで確信は持てなかったんだけど、たぶん、そうなるだろうって意見が一致したの」


 さすがにセレナにまでカールさんや未来を夢見ることを話せない。

 リュシアンみたいに驚きつつも、受け入れるには、たぶん魔術師であるとかの素地が必要だと思うんだ。

 だから実際に見たリュシアンの情報として話した方が、わかりやすいだろう。

 セレナは困惑の表情を浮かべながらも、言われたことを飲み込もうとしているようだった。


「セレナはここから逃げる? 家に戻るのに不都合があるなら、グレイ伯爵家に一筆書くわ。ローランドも、次期伯爵も引き受けてくれると思うの。あそこはハルスタットよりも兵士が多いし」


 気になるのは、ベルナード王国軍が通るかもしれない中央山脈の北に領地があることだけど。王都に近い場所だから、逃げるにしても時間をかせぐことができるはず。


「先に言っておくと、ハルスタットはとても危ないと思う。生きていられるように工夫するし、避難路も見つけたけど……。安全が保障できないわ。最悪死ぬのも覚悟しないと」


 セレナが質問した。


「領主様はどうされるのですか?」


「私はこの領地に責任があるから。たぶん、平民こそここから逃げられない。平時であっても、他所の土地へ逃げて新しい農地を手に入れたりはできないでしょう? 折よく開拓できる場所があるとも限らないわ。だから残る人は多いと思うし、それなら私は逃げるわけにはいかないわ」


 するとセレナはきゅっと表情を引き締めて言った。


「なら、私もハルスタットにいます。領主様が脱出されるまでは。田舎に来る覚悟しかしていませんでしたけれど、もしハルスタットにまで攻め込めるほどの力をベルナード王国軍が持っているのなら、他所の土地に逃げても無事かわかりませんもの」


 本当は、セレナはそう言うのではないかと思っていたのだ。

 カールさんが見た夢の中でも、セレナは城の内郭まで攻撃される時に、まだ私と一緒にいたのだから。


 たぶん、夢の中のセレナも脱出しなかったんだと思う。

 最後まで私と一緒にいることを選んでくれた。


 だから私は彼女に言った。


「この先、髪をこうして乾かす暇どころか、入浴もカラスの行水がせいぜいになると思うわ。それでもいい?」


 するとセレナは微笑んだ。


「では私も、ご領主様の隣で桶の水を被って済ませますから」


 そうして私はセレナと一緒に、笑いあった。

 彼女は大変な状況でも、いつも私の側にいてくれた人だ。

 だから離れることがないと分かった時、申し訳ないけれど、ほっとしてしまったのも確かだった。


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