72 火山での採取 2
「よっし始めよう!」
一緒に来ていた兵士に警戒を任せて、私は足元のガレ場に転がる石をはいつくばった。
「あのぉー、辺境伯閣下……」
兵士が戸惑っているようだ。
彼は確か、リュシアンが連れてきたジークリード辺境伯領の人だったかな。
「うん、これが基本だから大丈夫」
「大丈夫……。貴族のご婦人としては、忘れておいたほうがよろしいでしょうか?」
「どっちでもいいよ。彼女の不名誉になるわけじゃないし、たぶんシエラは気にしないし」
うん、よくわかっていらっしゃる。
今や私は無理に結婚しなくてもいい、無敵の人なのだ。
自分が悪いことにして離婚されたので、誰も求婚するはずがないのだから。
そんな人間があれこれ言われても、ダメージなんてないのだ。
「あー、あったいい感じ。赤っぽいからあると思ってた」
見つけたのは、赤黒い石だ。
魔力に触れると光る石をくっつけると、ふわっと検査石の方が光る。
「魔力もそこそこあるし、良い感じ」
他にも同じように、手で握れる大きさから持ち上げるとよろける大きさまで鉄鉱石がゴロゴロしている。
それを集めてほしいと、リュシアンに頼む。
リュシアンは嫌な顔もせずにしゃがんで探し、袋に石を入れながら言った。
「これは鉄として使えるのかな」
「んー、錬金術師なら鉄を取り出せるけど、普通の鍛冶師が使うには鉄の成分が少なすぎると思う。けっこう白っぽい石でしょ? 魔力はあっても、鉄の含有率が低いのよ」
「それじゃ鉄鋼業には使えないか。ハルスタット領でも鉄が算出したら良かったのにね」
リュシアンがそう言ってくれるので、私は笑ってしまう。
「私も少しだけ期待してたけど、無理だったみたいね。簡単に見つかるなら、もっとハルスタット領が発展してただろうし」
「それもそうだね。あ、これはどうかな?」
リュシアンが手に取ったのは、緋色の砕けたガラスをぎゅっと一つにしたような石だ。
指先で摘めるほどの大きさだけど、火の光に透かさなくてもきらきらと光を反射して綺麗。
「ファイアライトって宝石かも。火の魔力が強い場所でできるらしいから、珍しいのよそれ」
「錬金術に使える?」
「もちろん! これから作りたい爆発物にとても使えるから! とっても強化できるはず」
「強化ってどれくらい?」
「んー。石を吹き飛ばせるのが、岩を爆破できるぐらいに?」
「いいね。できれば鉄も貫通できるといいんだけど」
リュシアンの言葉に、私は「ん?」と思う。
「鉄を貫通?」
「それがね……ちょっと嫌な噂を聞いて」
お茶会の話題みたいな切り出し方で、リュシアンが恐ろしい情報を口にする。
「ベルナード王国軍が魔物を使う話はしたと思うんだけど、中に全身鎧で覆ったような魔物を見たことがあるっていう話で」
「鎧の魔物?」
聞き返すと、リュシアンはうなずく。
「その魔物を倒せなくて手こずっているうちに、王城に攻め込まれたとか」
「普通の魔物だけでもやっかいなのに……」
私は頭を抱えそうになる。
手が砂ホコリだらけだからやらないけど。
「さすがにこんな小さな領地に多数で……と思いたいけど。王都までの道の一つとして使うために、手っ取り早く攻略しようとして、一気に魔物ばかりで攻勢かけてきそうで嫌だな」
「用があるのは道だろうね。その途中の反抗勢力は、踏みつぶさないと後で厄介なことになるだろうから、掃除しようとすると私も思うよ」
リュシアンに同意をもらい、私の判断は悪くなさそうだとはわかる。
けど、やっぱり倒すかあきらめさせないと私の前途が暗そうで嫌だなぁ。
そんな私に、リュシアンはにこにこと言う。
「だからもっと、破壊力がすごい物でもいいからね?」
「いや、いいからねって言われても、作れるかわからないのよ」
「シエラなら大丈夫だよ」
「適当に言ったでしょ、それ」
リュシアンがくすくすと笑う。
やっぱりからかわれたんだ。
「ほんとーに悩んでるのに」
「ごめんごめん」
とりあえず謝られたので、私は黙々と採取を続けることにした。
一時間ぐらいで、腰が限界に来たので採取を止め、火ネズミから遠い場所まで下りて休憩することにした。
そこは木も生えていて、石ばかりの場所よりもずっと心が落ち着く。
付き添いの兵士達は、水分補給などをした後で周囲を索敵しに行った。
リュシアンは周囲を歩いて、興味深そうに見ている。
私はその間、休憩ついでに戦利品の確認をすることにした。
「ファイアライト、けっこうあったなぁ。火竜がいるぐらいの場所だからかな」
魔物がいる場所は周辺の魔力が高い。
だからなのか、採取物も魔力が多くなる。
ペリドットも見つけたけれど、これも湖の物より魔力が高いっぽい。
ぜひフレッドとニルスには、またここで採取をしてほしいところだ。
「あとは鉄鉱石がいっぱい、硫黄もいっぱい、銅もあるーうふふふふ」
色々作れそう。
あ、いけない。爆弾を優先しないと。でも失敗を何回かしても大丈夫そうな量があってうれしーとつぶやいていたら、周辺をうろうろしていたリュシアンが戻ってきて、小さな袋に入れた物をくれた。
「お詫びにこれどうかな?」
袋の中身は、木の実だった。
ぷっくりとした星型の黄色い実には、私も見覚えがある。
「コンの実だ」
コンという木がある。これは枝の中が空洞で打ち合わせるとコンコンといい音がすることからつけられた名前だ。
リュシアンがうろついていた先に、ひょろっとした木がいくつか生えていたので、それがコンの木だったのだと思う。
実は小さいのだけど、食べると甘い。
ただし殻が固いので、老人はあまり好まず、ジャムにするにも沢山取って来なければならないので、子供がたまの甘味として食べるのが普通だ。
万が一の飢饉には食べ尽くされるらしいが。
「よく見つけたわね。というかリュシアンもこういう実のこと知ってるんだ」
「食べるためにね」
「なんか、こういうのをリュシアンが知ってるって意外な感じ」
押しも押されもせぬ、辺境伯家の公子として不自由なく育ってきたのなら、あまり知らない実だから。
甘いことは甘いけど、もっと味のいい実は沢山あるし、貴族はこんな噛みしめないといけない実は食べないと思っていたから。
(考えてみれば、リュシアンのことそんなに沢山知らないかも)
「そう思うのも無理はないかもね。でも……私はもともとは、辺境伯家の嫡子じゃなかったからね」
「は?」
とんでもない言葉に、私は思わず周囲を見回した。




