71 火山での採取 1
数日ぶりの火山は、とても穏やかでなにも問題などなかったかのように見える。
多少、山道のあたりが人と火ネズミが右往左往したせいで道が広がっていたり、周囲の低木が焼けている部分がある程度。
丈の低い草ばかりが生える場所はそのまま、咲き始めた桃色の花が風に揺れている。
山の頂上付近も、火山の煙すら出ることはない。
……たぶん、溶岩なんかを順調に火竜が食べているんだろうな。
「あんなに必死になって、しかもキノコを増やしてた頃がもう懐かしい……」
つぶやくと、近くにいたフレッドとニルスが肩を震わせて笑いそうになっていた。
「そう思うでしょ?」
聞こえていたらしい二人に話を振ると、フレッドとニルスは苦笑いした。
「あの時は、周りもみんな切羽詰まっていましたから、キノコに必死になってことなんておかしいとも思いませんでしたって、領主様」
フレッドが言うと、ニルスがうなずく。
「キノコを運ぶのも、上手くいかなかったらどうしようと思っておりました。部屋に戻って、寝る前になってからようやく、ああ私達はキノコを抱えて右往左往していたんだなと気づいたぐらいで」
言われてみれば、あの時、キノコを増やし、積み込むことで笑う人なんて誰もいなかったなと私も思い出す。
火竜がいると知って、生死がかかっていると思ったからだろうか?
「セレナ嬢も翌日、領主様は余ったキノコをどうされるのかしらとつぶやいて、一人で笑っていましたよ」
フレッドが目撃談を語ったことで、私はセレナも笑っていたことを知った。
「セレナでさえ気づかなかったのね」
「あのきっちりしたセレナ嬢がと思って、俺も驚きましたね。考えてみれば、セレナ嬢も真剣にキノコを運んでいましたし」
「そうだったわ。セレナも運ぶのを手伝ってくれたんだったっけ。軽いんだけど、大きくてかさばるのよね。うかつに詰め込むと崩れてしまうし」
「意外と雨キノコって、扱いが難しかったですね」
三人で「ねー」とうなずき合っていると、弟子候補二人の様子を見ていたリュシアンがやってきた。
「キノコの話?」
「そう。あの時はみんな、必死な顔をしてキノコを運んでいたのよねって」
「あれはおかしかったな。あと、みんながシエラを信じて行動していて、立派な領主になったんだなと思って見ていたよ」
ほのぼのと言うリュシアンに、私はげっと思う。
「え、あの状況で、そんなこと思ってたの? 火竜に殺されるかもしれなかったのに」
当時、外から見ると滑稽だった様子を冷静に認識していたリュシアンが変だと思う。
リュシアンは死ぬことが怖くないのだろうかと疑ってしまいそうだったのだけど。
「まぁ、人はいつか死ぬものだし」
「厭世的ねぇ」
そう言ってから、ふっと思う。
魔術師だからなのだろうか、と。
まだ大丈夫だとリュシアンは言うけど、やっぱり寿命は短くなっているだろうし。そうした魔術師達は、死というものについて色々と悩んだ末に、何も感じないようになっていくのかもしれない。
だとしたら、この話題はやめておいたほうがいいだろう。
掘り下げてはマズイ。
「ところで、アダンとメリーはどう?」
「大丈夫みたいだよ。ここまで生き残ってきただけあって、元が頑丈なんだろう」
「そうね。孤児の生活は過酷だろうから」
私も、家を出て一人で生きていけないかと考えて、あきらめたくちだ。
どれだけ大変なのか想像がつくし、王都で見かけたことがある子達も、やはり痩せている子が多かった。
「じゃあそこの二人に、アダンとメリーの補助をしてもらおうかな。何度か顔を合わせているだろう?」
「あ、はい。承知しました」
ニルスが敬礼をして、フレッドとともに二人の元へ駆けていく。
「じゃあ、山に登ろうか」
「ええ」
うなずいた私は、歩き出した後でアダンとメリーが気になって振り返る。
その時、フレッドとニルスがこそこそささやき合っていた。
「こわ」
「さすが抜け目ない」
小さな声だったが、たぶんそんな風に言っていたようだけど。
抜け目ないってなんのことだろう。
リュシアンの方は、火山での採取にわくわくしているようだった。
「採取は初めてだ。何を探せばいいんだい?」
「貴石類とか、鉱物があるといいかな」
どれも錬金術の材料にできる。
全部が全部、目的の爆発物に使えるわけじゃないけれど、他に用途はいくらでもあるので、見かけた物を全て拾っていくつもりだ。
「わかった」
リュシアンと一緒に、例の祭壇の横を通り抜ける。
弟子候補達は、一度ここで休憩してもらった。
採取に慣れているフレッドとニルスがいるので、二人の監督の元で周辺で鉱物が拾えないか探してもらうつもりだ。
楽しいと思ってもらえたらいいなと思いつつ、私はさらに上を目指す。
「山の上の方が、きっと魔力も、強いよねっ!」
ここまでくると、さすがの私も登山で疲弊してきていた。
息切れしてきて、普通にしゃべれない。
「シエラ、本当に大丈夫?」
リュシアンが心配そうに見ているけど、「平気!」と返す。
体力を代償に、タダで鉱石を拾い放題なのだ。
何があるのか把握したいので、絶対に上の方まで行ってやると思っている。
リュシアンはちょっと笑って、後はもう何も言わずにいてくれた。
そして火山の中腹あたりまで来る。
少し上に火ネズミの姿が見えたので、戦闘になると面倒だからと、今日の登山はここまでにして採取をすることにした。




