7 私が選ばれた理由って
(けっこう細かく売れない理由を話していたものね……。確かに勘違いされると困るわよね。ランプも、水も、魔石のものが出回っていて、だから錬金術の品なんて、普通は見たことがないもの)
むしろ古い物をずっと利用している場所の方が、錬金術の品を使っているかもしれない。
元の領地にある古い村に、日にちを知ることができる時計があった。
煤けたりしていたけど、かなり正確に日付や時間がわかる優れものだったのだ。
でも日にちを知りたいのなら、神殿が発行しているカレンダーを買えばいい。
度忘れしても、昼に祈祷で回る神殿の列は、日付を口にしながら挨拶をしてくるのでそれで思い出せる。
大きくて、度々水を足してやるような錬金術の道具がなくても、庶民は困らないのだ。
一方で錬金術の道具は、なかなかお金がかかる。
鉱物とか魔石もそうだし、薬以外を作る時にも薬草は必要だ。
それでも、毒を弱めて使う薬師の物とは違い、毒を混ぜ合わせて無害な薬を作れるのは、錬金術師だけだ。
「シエラは錬金術についてもいくつか知っていたし、なにより採取も全然困らないと言っていたから、大丈夫だと思ったんだ」
「体力とやる気で判断したの?」
「むしろ、貴族夫人で野山を駆け回りたいと言い出す人は希少だよ」
「それもそうか……」
貴族令嬢達は、何もしなくても生活できるように育てられる。
衣服を着るのも、入浴も、料理も洗濯も、全て使用人の仕事で、それを取り上げてはならないと言われるからだ。
「でも私、元々お金がない家に生まれたから……。山に木の実を取りに行ったり、ベリー摘みもしてたし」
なにせ両親が、家のお金を使い果たし、子供にはやらない人達だったから。
食事はほぼ使用人達と変わらない物。
おやつが欲しければ、山や森に採りに行った方がいい状態だった。
「そこまで適正高い人で、ある程度資産がある人物はなかなかいなくてね。男性だと昨今は、剣を持つ方がいいって風潮があるから、興味のない人も多いし、身を立てるならその方がいいのも理解できるしね」
なるほど。
野山を歩き回れる男性が応じてくれなかったのは、そういう理由だったのか。
「戦争、ここまで来ないといいよね」
つぶやくと、リュシアンはうなずいた。
そう、平和じゃないと、のんきに錬金術の研究ができないもの。
※※※
その晩は、予定していた通りに、街道沿いの宿に宿泊した。
寝支度をしてくれたメイドが部屋を出たところで、私はベッドに座ってあの魔術師石を取り出して眺める。
「血の赤……なのかな?」
誰かの心臓だと思うと、その色すらちょっと恐ろしく見える。
けれど、この石から何かの手がかりがつかめるかもしれない。
「錬金術を始めようと思った時は、こんな大役を任されるとは思いもしなかったわ」
でも今は荷物として馬車に積んでいるけど、天秤や錘、ガラスの計量メモリがついたカップとか、何に役立つのかわからない石とか、どこかの鳥の羽のことを思い出すと、それだけでわくわくしている。
それに私は、錬金術にお世話になったことがある。
錬金術の薬で病気を治したことがあるのだ。
ある日私は、けっこう厄介な病気にかかった。
でも医師に見せることができなかった。
そもそも享楽にお金を使っていつだってカツカツの子爵家では、専属医なんて雇えない。
もちろん両親は、病気の娘なんて面倒がって放置。
見かねたメイドや執事が市井の医師を訪ねて回ったけれど、同じ病気が流行していて捕まらず、薬を探してさまよったところ、なんとか見つけたのは錬金術の薬だったそうな。
そんなすごい薬をつくれるかもしれない道具が、今は私のものになった。
それだけでも嬉しい。
「とにかく、第一歩が踏み出せたんだわ。まだ数日旅をしなくちゃいけないし、眠って体力を回復しないと」
朝から王宮へ行き、そのまま旅に出たので、疲れ切っているはずなのだ。
いよいよこの日が! という興奮で疲れを感じにくい。
でも慣れて来た時に、一気にまずいことになると困る。
ランプの明かりを消した後で、私はいつも通りの時間に上掛けの中に潜り込んだ。