62 カールさんのこと信じてください
「ええと……」
とにかくカールさんのことを伝えなければ。
「カールさんは怪しい人では……いや幽霊って怪しいかも。とにかく、魔術師石の中に、魂を封じ込めていたそうで。そもそもカールさんの声、聞こえる?」
リュシアンに確認してみる。
だけどさすがのリュシアンも固まったまま、じっとカールさんを見つめていた。
とりあえず話を進めるためにも、カールさんとお話できるのかを確認したい。
「もしもしリュシアン?」
肩を叩いてみる。
そうされてようやく、リュシアンは我に返ったみたいだ。
咳払いして、私の方を見る。
「シエラ、これは……」
『これではない、カール・フォン・エッカート三世である!』
すぐにカールさんが吠えたが、リュシアンは綺麗に無視した。
その時に顔をわずかにしかめたので、リュシアンはカールさんの声が聞こえているのはわかった。
「一体誰?」
「カールさんと名乗る幽霊で、リュシアンがくれた魔術師石に死の間際に自分の魂を閉じ込めたと語っています」
『もうちょっと、情緒ある説明をせんかい、シエラ!!』
カールさんは私の発言がお気に召さなかったようだ。
しかし、素早くわかりやすくを心がけるとこうなってしまうので、あきらめてもらいたい。
「シエラもこの幽霊の話は聞こえてるんだね?」
「うん。二週間前後ぐらいはずっとカールさんとお話しているので、私の精神がまずくなっていなければ幻聴じゃないはず」
『…………あれほど毎日声援を送ってやっていたのに、その説明かいな』
カールさんがしょんぼりしている。
可哀想だけど、幽霊になるってそういうことではないだろうか。生きていない以上、存在していることを証明するのってけっこう大変だ。
声が聞こえる、見える程度なら、精神的な錯覚でも起こること。
事実だと検証できるからこそ私はカールさんとお話したりするし、存在を疑っていないけれど、初見のリュシアンに速攻で理解してもらうには、現実的な話が欠かせない。
ほら、リュシアンは自分の額を抑えて悩んでいる。
それでも悩むのだから、見えてる物を疑いたい気持ちはあっても、私の証言がふわふわとした物じゃなかったので、信じるべきかもしれないと葛藤しているんだと思う。
(これで私が『カールさんはカールさんですぅ、ほら聞こえるからほんとにいるんですよ!』なんて言い出したら、リュシアンは高名な医者を呼ぶか、自分の領地へ連行して静養させようとすると思うのよね)
まずは精神的な不安定さのせいだと疑うはずだし。
私でも、リュシアンが同じことを言い出したらまず医者を呼ぶ。
(そういえば、私って正夢の他にもなにかあって、カールさんのことをすぐ受け入れられたはずだけど……あ)
「ちょっとカールさん、その辺の物ガタガタいわせてください。リアルな存在感出してもらいたいんで」
『……仕方ないのう』
嫌々ながらカールさんが実行してくれる。
でもやりたくないなーって感じがすごい、カッタンコットンとコップを傾けては戻す運動を何回かして見せた。
リュシアンはじっとそれを見て言う。
「……地震じゃないよね?」
リュシアンも意外と疑い深い。
「カールさん、そこのマドラーで机叩いてくださいよ。それぐらいはできますよね?」
『むむむ。わしにはできる!』
カールさんも霊体だと物を持ち上げるのは疲れるのか、『ふぅぉぉおぉお』と気合を入れてマドラーを青白い煙の手で持ち上げ、カンカンと机をたたいて見せた。
「……驚いた。本当にできるんだね」
さすがのリュシアンもそれで信じたみたいだ。
「魂の存在というのは、古来から証明されてはいたけど、幽霊という形で姿を現したり声を聞かせることについては、幻聴や錯覚の例が絶えないからね。基本的には信じていなかったんだけど」
リュシアンは私に微笑む。
「シエラも信じてほしいみたいだし。君が錯覚をそのまま検証もせずに置いておくわけもないしね。信じるよ」
「ありがとうリュシアン」
まずは第一歩がクリアできた。
ほっとしていると、なぜかカールさんが苦虫をつぶした表情になった。
『けっ、そんなところにまで色気を撒くのに利用する必要はないじゃろが』
本当に表情と感情が豊かな幽霊だ。
ただの幽霊じゃなくて、魂を閉じ込めているというのがミソなんだろうか?
そもそもリュシアンは色気を撒いてるわけじゃないと思うんだよね。これがリュシアンの普通だから。
(私ですら最初から間違えなかったのに、男同士だとそう見えるのかな?)
不思議だなと思いつつ、話を進める。
「とにかくカールさんが、もらった魔術師石に入ってて。カールさんは幽霊になったから未来が時々見えるらしいの。それで、持ち主の命の危機を知らせようとして自分の見た物を夢で私にも見せてたらしくて」
「人に夢を見せる……。精神操作系の魔術師だったんですか? あなたは」
リュシアンの問いに、カールさんは『えっへん』と胸を張る。
『精神操作も、炎を操るのも、全てできる天才がわしじゃった!』
「なんでも屋さんだったんですね」
『なんでも屋ではない! 天才じゃ!』
即突っ込まれて、私は「えー」と思う。
同じことだと思うんだけどな。天才じゃないとなんでも屋になれないじゃない。
するとリュシアンが苦笑いした。
「いや、さすがに気の毒だよシエラ」
「そう? そうなんだ……」
『とにかく、こんなボケボケした娘が持ち主では、あっという間にわしが宿る石を持ったまま、がけ下に転落したりしかねん。なので見えた未来を共有するべく、危険そうな物は見せていたんじゃ』
私に言ってもまぜっかえされると思ったのか、カールさんはリュシアンに訴える。
「幽霊になると、未来が見えるんだって」
「不思議だね。でも、魂だけの存在なら、普通に生きている時にできないこともできて当たり前なのかもしれない……」
『そういうわけじゃ』
そこでカールさんが、幽霊のくせにあくびをする。
『ちと疲れた。わしの説明はできたじゃろうから、休むぞ』
あっという間にカールさんの姿は消え、残った煙もすぅっと空中に消えていく。




