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58 ルース王国に起きた異常

 リュシアンはハルスタット領を出た後、馬を走らせて三日で西の辺境伯領へ到着したそうだ。


「馬車で一週間はかかるんじゃなかった?」


「馬車よりは、単騎で駆けた方が早いんだよ」


 さらっと言うが、きっと急いだんだろうな。

 そんなこんなで、まず西の辺境伯の元を訪問した。

 西の辺境伯が情報を集めていてくれれば、話を聞けばある程度のことがわかるから。

 しかし……。


「西の辺境伯……グレイズ殿は、こちらに攻めてくるのはまだ先だろうし、と。ずいぶんゆったり構えておられてね」


 リュシアンはため息をつく。


「でも、調べるぐらいはしていたんですよね?」


 聞いたら、首を横に振られた。


「おかしいんだ。軍を率いたり、自分の領民が犠牲になった経験があれば、まずそんなことはしない。直近で戦争を経験していなくても、子供の頃から教えられるはずだ。辺境を預かる領主なら普通だと思っていたんだけど」


「西の辺境伯は違った……と」


 リュシアンがうなずく。

 私は血の気が引いて、自分の顔が青くなるかと思った。


「……ベルナード王国の人間が入り込んで、精神に影響を与えているのかな?」


 そうとしか思えない状況だ。


「薬とか、そういうものだったら危険だと思って少し調べたんだ。けど、西の辺境伯家は騎士団の人間までそんな調子だったからね」


「それは……まさか」


「意見を誘導する側もやりやすかっただろう。そもそも、西のルース王国を下に見る傾向が強かったのは知っていたけど、それを倒したぐらいでは自分達はびくともしないと思い込んだらしいんだ」


 人は、あなどると途端に相手の正確な強さを評価できなくなる。

 状況が変わったと気づく能力や、冷静にみられるようにしておかなければ……というのを、どこかの戦記で読んだのを思い出す。

 創作だと思いながら読んでいたけど、まさか本当にやってしまう人がいるとは……。


「しかも辺境伯だけじゃなくて、他の人もだなんて」


「元からあなどる傾向があったんだ。けど、それだけじゃ説明がつかないから……。たぶん、内部に影響を与えている人間がいるんだと思う」


 私はうなずく。


「ベルナード王国は、もうこのアルストリアに入ってるみたいなの」


 リュシアンの視線が鋭くなる。


「何かあった?」


「うん。山賊が、誘拐された子を人身売買するつもりで捕まえていたの。その子達、最初に誘拐された時は『魔術師になれる子だから』ってさらわれたらしくて」


 私は山賊狩りの一件をリュシアンに話した。

 概要だけは聞いていたらしい。けれど詳細な部分については、火竜への対応もあって知らなかったようだ。


「魔術師になれる子、か。確かに君の推測する通り、魔術師が入り込んでいると思う」


 そして意外なことを言い出した。


「魔力がある子供を集めている理由はわからないけど、確かにベルナード王国軍は異様だった」


「え、見てきたの!?」


 驚く私に、リュシアンは言った。


「おかしな魔物を使役していたんだ」


 西の辺境伯からはろくな情報は得られないと思ったリュシアンは、いくつか事前に考えていた計画の一つを実行した。

 潜入だ。


 ルース王国の中に入り、様子を見る方が多くの情報を得られる。

 そう思ったリュシアンは、自分達が西の辺境伯領内部に入り込んだベルナード王国側の人間に気づかれないよう、帰るふりをしてルース王国へ向かった。


「簡単に入れたの?」


「西の辺境伯殿は、油断しきっていて国境の警戒が緩かったからね。ルース王国側の方を心配したけれど、運よく西の辺境伯を懐柔できたからか、こちらも警戒はあまりしていなかった。というか」


 私の方を見る。


「シエラが気づいたような人や物の移動をするために、わざと緩くしていたんだろうね。だから入り込むのはたやすかったよ。おかげで……色々わかったことがある」


 リュシアンは一度息をついてから言った。


「ベルナード王国軍は魔物を使っている」


「え……」


 魔物。

 魔物を使うって。


「え、じゃあ兵士ではなく?」


「兵士はいるんだ。でも主力というか、前衛は魔物だったようだ。だから普通の戦い方ができずに、ルース王国はあんなにも早く敗北してしまった」


「そんな……でも、納得できたわ」


 ルース王国が瞬く間に制圧されてしまった理由。

 それは、ルース王国が弱っていたからではなかったのだ。


「でも魔物を思い通りに操るなんて、できるの? いえ、していた?」


「察しがいいね。魔物が鎖につながれているのを見たよ。そしてルース王国の人間が、魔物を前衛にして攻めて来られたのだと話しているのを何回も聞いた。その話も総合すると、ベルナード王国軍はどうにかして魔物を犬のように使役できるようになって、だからルース王国に攻め込んだんだ」


「それなら、可能ね……」


 火竜ではなくとも、普通の魔物を倒すのも厄介なのだ。

 熊のように大きな魔物なら、何十人も集まって倒すのが普通。

 狼ぐらいでも、一匹に対して並みの兵士が三人でことにあたるだろう。安全を確保して、確実に倒すためには。


「魔物が十匹もいれば、その十倍の人間が魔物の討伐に当たるしかなくなるわ。その間に、人間の兵士に矢でも射られたら……」


「そうじゃなくても、剣で切り込まれるだけでも相当な打撃だろうね。戦術を考えるにしても、人海戦術ぐらいしかない。魔術師を運よく呼べなければ、どれだけの犠牲が発生するかわからない」


「たぶん、最後の決戦まで魔術師を温存していても、勝てないわ。兵士の代わりに魔物が戦うのなら、兵士もそんなに消耗していない。ベルナード王国軍だって魔術師を連れて来るだろうし……」


 こんなの無理だ。

 私が思わず顔を覆ってうつむいてしまうと、リュシアンが察したようにつぶやいた。


「魔術師同士を戦わせているうちに。兵士達は魔物との混成部隊に倒されていくだろう」


 それどころか、とリュシアンは続けた。


「魔物を使うのなら兵力は少なく済むはず。そして次に戦争をする時には、占領した元敵国の人間を兵士として使うだろう。自国の兵の消耗は少なくなり、食料についても素早い占領で、ルース王国が急遽用意したり備蓄していた物を流用できる」


「すぐ、アルストリア王国も侵略できてしまう」


 私が付け加えると、リュシアンはうなずいた。


「私が懸念しているのもそれだ。そして、当初の予想よりもだいぶん悪い状況でもある」


 リュシアンは自分を落ち着かせるように、飲み物に口をつけて言った。


「ここは西の辺境伯領から近い。君には早く知らせなければならないと思ったんだ」


 ありがたい配慮だった。

 おかげで火竜への対応も、上手くいった。

 だけど、籠城なんてできるかどうかわからない状況だとわかって、私は困惑する。

 なんにしても。


「やっぱりこうなるのね……」


 夢の通りに、ひどいことになるのだろう。

 覚悟が必要だと思ったその時、リュシアンが聞きとがめた。


「やっぱり?」

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