57 ベルナード王国軍の動向を聞く
ほっとしたら気が抜けてしまったんだと思う。
翌日の私は、早い時間に休んだはずなのにまた昼間まで眠り続けてしまった。
「セレナ……起こしてくれても良かったのに……」
しょぼくれつつ恨み言を口にしたら、セレナはあきれたように腰に手を当てて言った。
「ちょうどいいと思ったのです。領主様は採取と調合ばかりして、ただでさえ休んでいないではありませんか」
「うー……」
反論はし辛い。
採取に行き、筋肉痛になったらギベルと領地の話をして、治ったらすぐ調合、調合、事件が起こってついでに採取してまた調合という感じできたのだ。
そう言われても仕方ないけど。
(事情があるけど……まだ言うわけにはいかないし)
二度もカールさんの未来視が当たったのだ。
まず確実に、ベルナード王国軍は来る。
ただ、唐突に「未来が見えて、あなたは死んでしまうの」と言われて信じる人がいるだろうか?
たとえ領主である私が言ったとしても、素直に飲み込む人なんていない。
誰だって生きたいし、過酷な運命が来るなんて言ってほしくないから。
そもそも、体験しなければ未来を見たことなんて信じないだろう。
(しまった、崖崩れの夢の話をしておけば良かったかしら?)
そうしたら、二度目が起きるかもしれないと言いやすかったかもしれないが、後の祭りだ。
とにかく死を避けられる可能性も残っている。
その可能性を確実にできるように頑張って、それから……ベルナード王国軍に動きがあったら打ち明けよう。
(そうなれば、セレナも信じやすいと思う)
とにかく疲れているのは確かだったので、休めて良かったと思おう。
無事に、領地がめちゃめちゃになる危機は脱したのだ。
肩透かしな原因だったけど、何もしなかったらベルナード王国軍への対策どころではなかったはずだから。
「まずはご飯を食べるか……。リュシアンはどうしてる?」
火竜の一件が片付いたので、改めて他の人達にもなぜ私が必死になっていたのか、雨キノコを大量に持って行ったのかを説明した。
館の使用人達は「そういうことだったのか」と、地震の原因に納得したり、無事に収まったことで胸を撫で下ろしていた。
そんな説明をしたのは、働いてくれた兵士やリュシアンの慰労のために、ささやかな宴をするためだった。
セレナには食材を用意してもらっていたので、準備はできていた。
そしてみんなで無事を喜び、少しお酒が入ったので……。
うん、お酒のせいで寝過ごしたんだろうな、私。
一緒に飲んでいたはずなのに、けろっとしているセレナは言う。
「一度火山の様子を見に行くとおっしゃっていました。先ほど戻って来たので、お話が聞けるとおもいます」
「そうしたら、リュシアンと昼食を一緒にできるか確認してもらっていい?」
「かしこまりました」
リュシアンはお客様なので、基本的には私が食事の時にも接待するのだけど、寝過ごしたことで他の用事を入れているかもしれない。
だから確認してもらったのだけど、二つ返事でリュシアンは了解してくれた。
昼食は、館の正餐室にしている場所を使った。
真っ白なテーブルクロスの上に用意されているのは、いつもより豪華な昼食だ。
ふわふわのパンに、バター、裏ごししたなめらかなスープと、香ばしく焼いた鶏肉、そして他の土地から取り寄せたのだろう果物。
(考えてみれば、野菜と肉を煮込んだスープにパンがあれば大丈夫とか「調合で忙しいからそれだけでいいわ」なんて言って、簡素にしてもらっていたのよね)
料理人は王都で雇ったのだけど、腕を振るえないとがっかりされていたかも……と想像する。
それぐらい、今日の昼食は力が入っていた。
恐ろしく美味しい。
だけど食べているとつい考えるのは、食料の保存のことも考えないと……なんてことだ。
このベリーは保存できるなとか、そういうものがないと、籠城戦で辛いだろうなとか。
(籠城戦……になった場合にどれくらいの期間、耐えたらいいのかな)
攻撃を受けて死ぬことはなくても、今度は食料攻めに遭う可能性も考えなければならないのだ。
水の問題もある。
城にはもちろん井戸があるけど、町の人を全部集めたら、井戸水だけで何日まかなえるか……。
(もう、町ごと城塞化したいな。そうしたら少しは食事のことはマシになるかもしれないし。でも守る範囲が広いと、兵士がほとんどいないうちは大変なことになるし)
考えすぎてぼーっとしていたのだろう。
「シエラ、具合が悪いのかい?」
聞かれてハッと我に返る。
「あ、ううん。たぶん昨日のことで、ほっとしすぎたんだと思う」
そして話題をそらすために言った。
「そういえば、西の辺境伯領はどうだった?」
尋ねると、リュシアンは難しい表情になった。
私は息をのみそうになる。
――やっぱり、何か異常があったんだ。
そう思う。
でなければ、リュシアンがこんな顔をするわけがない。
状況が悪いのなら、やっぱりベルナード王国軍は早くここまで来てしまうかも……。
そんな自分の予想に背筋が寒くなりつつも、外には出さないようにする。
「……言いにくい感じ?」
軽い感じで聞いてみると、リュシアンがふっと表情をゆるめた。
「もともとは、君にこれを知らせるために来たんだ。だから聞いてもらいたい」




