55 火竜退治? 1
その日は、火竜が目立った活動をしなかったので休むことができた。
私もやることはあったはずなのだけど、
(リュシアンも、西から馬を走らせてきたばかりなのに……)
でも、今の私がすべきなのは休むことだ。
何かあった時、逃げることもできないと、みんなの邪魔になってしまう。
本当は館で待つべきかもしれない。
でも、自分の行動の結果を知りたい。自分の目で見たい。
(もし失敗した時に、次善の策のヒントがないか知りたくなるし)
だから行くのだ。
テオドールにはとても反対された。
別に彼を信頼していないわけじゃない。リュシアンのこともそうだ。
でも、錬金術が役に立つこともあるかもしれない。
そう言ったら、話を聞いていたリュシアンが言ってくれた。
「ついて来てもいいよ。でも、護衛の兵士から離れないように。テオドールは万が一の場合には借りて行くからね。あと、森の側の道で、馬車に乗って遠くから見ること。すぐ逃げられるようにしておいてほしいんだ。わかってくれるかい?」
「もちろん!」
私は火山の様子が見える場所に行ければいいのだ。
森の横あたりなら、火山にいる火竜がどうしているかわかるはず。
そして足りなかったら雨キノコを増やし、それでもだめなら奥の手を使う。
(全部だめだったら、リュシアンに頼るしかない)
リュシアンが戦うことになってしまうのは、できれば避けたい。
彼だって魔術を使えば、死が近づく。
自分の友人であり、一番の理解者とも思っている人を失いたくなかった。
(でも、私は領主だから)
自分が思いつくできる限りのことをする。
そうでなければ、謝ることすらできないと思っているから。
(でも、できれば上手くいってください!)
私は荷馬車にキノコと一緒に乗り込みながら、祈りつつ火山の近くまで向かった。
到着後、すぐに火山が鳴動する。
「まさか、噴火しないよな……?」
「火竜なんだろう? でも英雄様がいるから大丈夫だよ」
作戦に加わっている兵士達がささやき交わしている。
リュシアンがいるだけでも、みんなは安心できるみたいだ。
来てくれて良かった。
(本当なら、ここに立ち寄る必要もなかったんだから)
西の国のことなんて、後で手紙を出せばいい。
それこそ、ベルナード王国軍が攻めてくる兆候があるなら、リュシアンはハルスタット領に来るべきではなかった。
兵士を集合させる手配、食料を購入備蓄する手配、それに兵士や食料を運ぶ手段も手配しなくてはならない。
膨大なお金と時間がかかるのだ。
西の状況を聞ける時間がないから、どうなっているかわからないけど……。
心配がなかったとしても、リュシアンは自分の領地へ帰るのが普通だ。
なのに、ハルスタット領へ来てくれた。
こんな幸運は、万に一つもないと思うからこそ、今日のうちに決着をつけたい。
「さあ、キノコを運んで……」
たぶん、祭壇へ運べば火ネズミ達が火竜の元へ輸送してくれるはずだ。
そこまで移動させるため、兵士を連れてきているし、軽くてもかさばるキノコを一度に沢山運ぶための丈夫で大きな麻袋も用意した。
よーしキノコを袋に入れよう、としていたら。
「わっ、火ネズミだ!」
ガサガサガサと音がして、森の中から一斉に火ネズミが出て来た。
「馬車から離れて!」
指示しつつ、私も急いで馬車を下りる。
そんな私を無視し、火ネズミが馬車に殺到。
脇目もふらず、キノコだけを奪って山へ走っていく。
その数百匹。
「馬車に火がつかないように気をつけろ!」
テオドールが気を配ってくれているようだ。
キノコを持って行ってくれるのは楽でいいけど、火ネズミ、しっぽが燃えてるからなぁ。
そんな様子を、半ば呆然として見ていると、リュシアンが私の横にやってきた。
「なんか、必死そうだね、火ネズミも。火竜が起きると彼らも困るのかもしれないな」
「たぶん、そうなんだと思う。理由はわからないけど、雨キノコを食べさせているのだから、火竜にしてみれば力を奪うようなことなのに」
「火竜も大人しく食べているんだろう?」
「そうなの。だから火竜も、何か問題があって雨キノコを食べてるんだと思う」
だから、雨キノコを量産できれば……解決できるかもしれないと希望を感じたのだ。
火ネズミは恐ろしい速さで火山を登っていく。
両手でキノコの株をかかえて、後ろ足だけで走る火ネズミ。
それでも馬車十台分に載せたキノコは、まだ六台分ぐらい残っている。
「祭壇まで運びましょう」
残りを火竜に素早く届けてほしいので、祭壇まで運ぶ作業は予定通り進めることにした。
また、火竜の様子も祭壇のあたりの方がうかがいやすいだろう。
でも本当は、私も側で見たい。
ここからだと、ちょっと遠くて。
するとリュシアンが、私にぽんと何かを渡してくれる。
「ガラスをはめた筒?」
「遠くが見える望遠鏡らしいよ。筒の中をのぞいて使うんだ。西の領地で手に入れたんだけど、けっこう遠くまで見えるみたいだから、それで我慢してて」
そう言ってリュシアンは祭壇へ行く人の中に加わる。
私は早速もらった望遠鏡なるものを使うことにした。
左右の端、どちらにもガラスがはめられている。
片方で見ても、あんまり遠くが見えない。
だけど円錐状の筒の大きな面積の方を火山に向けて覗くと……。
「あ、良い感じ」
見え方をそれ以上変えたりはできないけど、しっかりと火山の様子が近くにいるように見える。




