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53 リュシアンのひとりごと

 シエラを部屋に戻し、侍女にその後を頼んでリュシアンは外に出た。

 ふっと息をつく。


(さすがに少し、疲れたか)


 ハルスタット領へ来たのは深夜。

 西の辺境伯領を出発するまでも慌ただしかったが、その後も妙に気持ちがざわついて、ハルスタット領までの道を急いでしまった。

 突き合わせた配下の兵士や騎士達には、悪いことをしたと思う。


 そんなリュシアン達を出迎えてくれたのは、館の管理をしている執事だ。

 数時間前、小休止した村から先ぶれを頼んでいたので、ほんの一時間前に執事は連絡を受けることができていたみたいだ。

 起きて迎える準備をしていた執事に配下の休む場所への案内を頼んだ後は、今のハルスタット領の様子を聞いて自分も休もうとしていた。

 シエラは眠っていると思っていたからだ。


 なんの連絡もなかったので、平穏でいてくれると思っていた。

 けれど執事も妙に疲弊の色が見える。


(何かあったな)


 そう感づいたリュシアンが尋ねたものの……。

「領主様から、他言無用と命じられております」

 そう口にして、何かがあったと匂わせるだけで、執事は口を貝のように閉ざした。


 その時、テオドールが来た。

 先触れが来た時に、テオドールには話を通してあったらしい。なのでテオドールは、リュシアンが到着するのを待っていたようだ。


「辺境伯閣下。お話が……」


 彼は口止めをされてないようだ。

 でもやや焦りが見えるテオドールの表情に、状況がかなり厳しいらしいことは予想した。

 だというのに、その内容を聞いたら驚かされた。


 火竜は危険すぎる。

 あまつさえ、シエラの行動は……。


(何かを知ったから、火山へ行こうとしたのか?)


 そう思える物だった。

 最初は薬草を採りに森へ……と言っていたシエラが、火山の話を聞いただけで、すぐさま様子を見に行こうとするだろうか?

 今は問題なければ、後回しにするはずだ。


(そもそも、火竜のことがなくても錬金術工房に詰める時間が長すぎるような)


 テオドールは、火竜の事件以前からシエラが工房にこもることが多いと話していた。

 調合することを楽しみにしていたとはいえ、趣味の範疇でやるならそこまで閉じこもる必要はないはずだ。

 ましてや、採取に行く日程もハイペースすぎる。

 しかも山賊が出ているのに採取したいからついていくとは……。


(火竜のこと以外にも、何かある)


 とにかく今、問題になっていることについては把握できたし、そちらを片付けるべきだろうとリュシアンは思う。

 そもそもシエラ自身が、休む時間と作業の時間をとるだけで精一杯だろう。


 そしてテオドールの説明から、火ネズミ達が、どうやら火竜を鎮める行動をしていること。

 火竜が通常ならば、それで大人しくなるはずが、地響きが続くことを聞いた。


(どう考えてもまた暴れるな……)

 話を聞いただけのリュシアンでも、そう予想できる。

 シエラはその対策として、雨キノコを増やし、大量に与えれば火竜を鎮められるのではないかと考え、増やす方法を研究しているのだそうだ。


(それでも、足りないかもしれない)


 リュシアンとしては、万が一のことを考えずにはいられない。

 単純に、火ネズミの与える量が少なかっただけだと考えて、それだけを実行していた場合……。雨キノコではどうしようもなくなったら、戦うしかないのだ。

 テオドールもそこまでは予想しているようだ。


「領主様は、救援を要請なさるかもしれません」


 その言葉にうなずく。


「順当なところだね」


 そうするのは、領主としては正しい姿だ。

 だけど本人からの要請がなければ、リュシアンが勝手をするわけにはいかない。

 そこだけは今のうちに相談をしておこうと思ったが……。

 執事が、シエラは工房にいると言う。


「お体に障ると思いましたが、なにせ私どもも領主様のご発案に頼るしかなく……」


 小さくてのどかな山間の町に、火竜を退治できる者などいない。

 今までそういった強大な魔物の災禍から逃れていたこともあって、腕試しをしに来る剣士や魔術師もいないのだ。

 シエラが錬金術という技術を持っていただけでも、かなり幸運だったと思う。

 火竜がいると知った人々にとっては、彼女の存在が一筋の光のように感じられただろう。


(でも、シエラもまだ十代の女性なんだ)


 成人はしている。

 でも、よほどの力量を周囲に知らしめていない限り、小娘とあなどられるような若さの人だ。

 むしろシエラは、そんな目でしか見られなかったはず。むしろ責任を負おうとしても、なにも任されることはなかっただろう。

 それなのに、急に人の命を背負う立場になって、周囲から懇願の目を向けられて、かなり重荷に思ったはずだ。


 だから、手助けをしようと思ったリュシアンは、予想以上に追い詰められていたシエラの姿に……彼女の側を離れていたことを後悔した。


 一見、気丈なふりをしていたけれど、すぐにその強がりは崩れてしまった。

 たぶん、声を押し殺しても泣き続けるシエラを見たのは初めてだと思う。


 夫に殺される恐怖の中でも、シエラは泣くことはなかった。

 だから我慢強い人だと、リュシアンはシエラを評価していた。

 それでも火竜への対策ができない焦燥感のせいで、泣いてしまうほどになったのかと気の毒に思い……。


(本当にそれだけが原因だろうか?)


 普通なら、何もできないまま領民を死なせてしまうかもしれない、恐怖のせいだと納得できるだろうに……。

 なまじ彼女が芯の強い人だからこそ、それだけではないと思ってしまう。


「とりあえず、彼女が救援の要請をしてくれたのだから、そちらを解決しないとね」


 リュシアンは彼女を守り、支援する立場だ。

 この世界の魔術師達の命を延ばすために。

 

「個人的にも……彼女にはがんばってほしいんだよね」


 ぽつりとこぼしたところで、階下で待っていたテオドールが首をかしげた。


「何かおっしゃいましたか?」


「いや」


 リュシアンは首を横に振る。


「明日か明後日には竜退治だ。もしシエラの対策が効果もなく終わってしまったら、君にも戦ってもらうことになるから、そのつもりで」


 リュシアンも『火竜』とは戦ったことがなかった。

 それでも、役に立つだろう。


「まぁ、それよりは彼女の錬金術で解決できた方が、私にとってもシエラにとってもいいだろうね」


 そうなるよう、明日は調合の手伝いもしよう。

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