表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/77

52 あなたが来てくれたから

 信じられなかった。

 だから夢だと思ったけど。


「何かあったら連絡をって言っていたけど、自分で頑張ろうと思ったんだろう、君。まぁ、私の方もあちこち移動してて、直近だと受け取れなかったかもしれないけど」


 まさか、本当にいる?

 いや、夢でもリュシアンは色々しゃべってそう。

 最近はやたらと皮膚感覚まである夢を見てたせいで、なんだか区別がつかない。


 ――本当に夢だったら悲しくなってしまうので、どうしても目を開ける気に慣れなかった。


 するとリュシアンの方も、私がぐっすり眠っていると思ったのかもしれない。

 ちょっと黙ってしまった。


「シエラ?」


 優しく名前を呼ばれる。

 とはいえリュシアンは声音や口調が優しい人なので、屈強な兵士に対してもそんな感じなのだけど。


 ああ、でもこの声で話しかけられたら兵士の方が戸惑いそうだなと思う。

 たぶん厳しい訓練や環境で叩きあげられてきたうえに、ふわっと包み込まれるような話し方で微笑まれたら、一瞬、仕事場にいるのかどうかわからなくなりそうだ。


 そんなリュシアンは、対応を変えたようだ。


「眠ってるのかな?」


 そう言いながら、なぜか頭をなでてくる。

 しかもくすくすと笑いだした。


「起きてる時は、大人しそうなのに内面では牙をむいてるみたいな勢いがあるから、今しかできないかな。怒られそうだからね」


 人を狂犬みたいに言うなんて。

 でも、実際にそうかもしれないと思うので、怒る気にもなれない。


 だって必死だった。

 幼少期はずっと、なんとか生きていかなくちゃいけないのに、ずっと先が見えないままだった。

 結婚後は安心できるかと思ったら、命の危機を遠ざけるために常に気を張っていた。


 その後は、いよいよ自分らしく生きられるかもしれないと思った。

 せっかく新しい人生が始まるなら、より心地よくできるようにしたいし、色々と夢を実現させたいと息巻いていたのだ。


「ほんとに起きないな。でもこんなところにいたら、肩こり腰痛で目を覚ました後でひどいことになるよ?」


 リュシアンが心配そうに語りかけてくる。

 妙に爺むさいことを言うあたり、リュシアンは祖父母にでも育てられたのかもしれない。なんて想像する。

 ちょっとそれが面白くなって、つい笑ってしまう。


「あ、起きたねシエラ」


 仕方なく目を開けると、ランプ一つを灯した部屋で、目の前に膝をついてのぞきこんでくるリュシアンがいた。


「リュシアン」


「うん」


「おかえりなさい」


 とりあえず、思いついたので出迎える言葉を口にした。

 リュシアンが嬉しそうに微笑む。


「ただいまシエラ」


「……ほんとにリュシアン?」


「疑うのかい? まさか、夢を見過ぎて現実だと思えなくなった?」


「見過ぎたわけじゃないんだけど、だって、夢って意外と現実感がすごかったから」


 すると、リュシアンが私の手を握ってくる。


「手を握っても疑う?」


「ええと」


 館に来たばかりなのだろうか。リュシアンの手が冷たい。

 

「外は寒いの? 手、冷えてる」


「夜明け前だからね」


「どうしてこんな時間に……」


「急いで戻って来たんだ。もしかしたら、君がまた怖い夢を見てるんじゃないかと思って」


 リュシアンは、以前のがけ崩れのことも疑わなかったな、と思い出す。

 だからこそ、夢に怯えて焦り続けていた自分を理解してくれるかもしれない。

 そう思うと、どうしても目の前が涙でにじんでくる。


 思わず顔を覆ってしまった。

 泣き顔なんて見られたくない。

 でも、寝不足も相まってなんだか気がおかしくなりそうだったのだ。


 こんなにがんばってきたのに、ようやく得た自由が短くて、すぐに死んでしまうかもしれないと思うとずっと怖かった。

 そんな気持ちが、おさえきれない。


「シエラ……大丈夫」


 リュシアンが、抱きしめてくれる。

 夜風のような冷たい匂い。

 そこに潜む甘さに、なんだか落ち着くような気がする。


 真夜中を馬で走らせてきたらしいリュシアンは、最初はひんやりとしていたけれど、泣く私と一緒にいると少しずつ生気を取り戻すように温かくなる。

 春に、暖かい布団の中にいるような、そんな気分だ。


 そんなことを考えていると、少しずつ落ち着いてくる。

 ポケットからハンカチを出して、顔を拭いた。


「ごめん、帰って来たばかりなのに」


「迷惑に思わなくていいよ。それだけ喜んでくれたってことだろう」


「うん、喜んだ。すごく嬉しい」


 そして私は顔を上げて言った。


「リュシアン、あなたを雇うにはどれくらいの代価が必要?」


 生き残るために、領民を助けるために必要な物。

 雨キノコを増やしても、不安はまだあった。

 火ネズミが、ちゃんと全部運んでくれないかもしれない。

 その時どうやって運べばいいのか。


(そもそも、火ネズミの行動を待つ間に、火竜が暴れ出したらどうしよう)


 なるべく素早く、雨キノコを届けたい。

 そして失敗した時に倒せる人が、この領地にはいなかったのだ。

 テオドール一人では、彼が犬死するだけになってしまう。


 唐突な申し出だったのに、リュシアンがなぜか笑みを深めた。


「それなら一つ。お願いを聞いてくれるかな?」


「わかった」


 私は即決した。

 どんなお願いでも受け入れるつもりだ。

 彼に魔術を使ってほしいというのは、彼の命を削ることになるのだから。

 そのためなら、命以外の物はなんでもと思ったのに……。


 腕や肩、足に触れられて驚く。

 えっと思った時には浮遊感とともに、抱えあげられていた。


「ちょっ、リュシアン?」


 間近に見えるリュシアンは、楽しそうに答えた。


「私のお願いはね、君を部屋に連れて行って寝かしつけすることだね。もちろん嫌とは言わないだろう?」


 一瞬迷った。さっきまでの実験の結果の記録を書いたかどうか確認したいし、他にも試したいことがある。

 でも。


「う……約束だから、うん」


「それじゃ、これ被って」


 いつの間に外していたのか、彼のマントを渡された。


「泣いた顔を見られるのって、君は嫌だろう? シエラ」


「よくわかっていらっしゃる……」


 私が大人しく被ると、リュシアンがくすくすと笑う。

 なんて人だ、と私は思う。

 でもこんなに理解してもらえていることが、とても心地よくて……また少し、目に涙がにじんでしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ