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51 懐かしい声

『おい、おい、シエラ』


 なんか、呼ばれている気がする……。


『起きんか、朝になっては困るんじゃなかったんかいな? お前の侍女に知られたくないと言っておっただろうに』


 侍女……。

 知られたくないってなんだっけ。

 セレナに怒られそうなことって……あ。


 私は目を覚まして飛び起きた。

 マズイ。

 こっそり夜中に起きて、眠れないからと工房に来て試行錯誤していたんだ。


 そしていつの間にか眠くなったようで、ふっと気が遠くなったかと思ったら、テーブルに突っ伏して眠っていたらしい。


 目の前には、机から胴から上が生えたような状態のカールさんが現れていた。

 青白い姿といい、透け感といい、本気で幽霊っぽい感じだ。

 カールさんはため息をつく。


『本当は起こしたくなかったんだがな。お前さんが侍女に小言を言われるのも気の毒だと思ってな。己の領地を守るため努力するのは、領主として正しい姿ではあるからの』


 カールさん、どこかの国を統治していたとか言ってたっけ。

 だから領地を守るために、夜中にこそこそとしている私を気にかけてくれたんだ。

 そして私が、夜が明ける前にこっそり部屋に戻りたいことも覚えていて、起こしてくれたらしい。


「ありがとうございます、カールさん。助かりました」


 心配してのことだとわかっているけど、セレナのお小言は最近長くなりがちだ。

 たぶん、セレナ自身も不安なのだと思う。

 メイド達には言わなかったけれど、セレナは侍女で、何かあれば私的な用事を頼むこともあると思って火竜のこともこっそり話しているから……。


 例えば、私がもし死んだ時には外部に連絡をしてくれるようにとか。

 そういうことのために。


「…………」


 考えると気が滅入りそうだ。

 私は自分の手首の横をつねって、痛みで頭をしゃっきりさせる。


『進捗はどうだ?』


 カールさんも気になっているのだろう、尋ねてきた。


「昨日からはあんまり……。雨キノコが生えやすい木を持ってきてもらって、その葉を使って緑の触媒を作った後、それで栄養剤ができたところまでは良かったんですけど……」


 キノコ用の栄養剤。

 たぶん、植物と同じように考えてもいいのではないかと思い、まずは普通のキノコで栄養剤を作って実験してみた。

 するとぽこぽこと生えたので、雨キノコにも使ってみたんだけど……。


 なぜか雨キノコには効果が薄かった。


 行き詰っていたところに、良い話がやってきた。

 火竜の様子を監視するため、あの時一緒にブラウ火山に行ったフレッドやニルス、兵士達に、交代で湖の当たりから山を監視してもらっていた。

 彼らが、湖の横を通る木こりから、雨キノコについて気になる話を教えてもらえたのだ。


 雨キノコが生えやすい木があるそうだ。

 聞いてすぐ、その木と枝葉を持ってきてもらった。

 

 私はその木の葉で緑の触媒を作った。

 それで栄養剤を作ってみようとしたのだけど……。


 やっぱり、錬金術の本に素材として書いていない薬草は、錬金術に使いにくい物があるみたいだ。

 雨キノコがその根元に生えやすい木は、その典型だったらしい。

 触媒にはできたけれど、それを他の物と混ぜる時にどうしても失敗するのだ。

 一度、カールさんが急に現れて驚いた瞬間、その一つだけは成功したのだけど。


『だが、一度は成功したんじゃろ?』


「再現できないんです。……たぶん、私の魔力が少ないせいです」


 成功して、出来上がった。

 だけど魔力を込め過ぎたのか、しばらくだるさと疲れで調合もできない状態になってしまったのだ。


 それでもできた一個は、雨キノコを増やしてくれる役に立った。

 持ってきてもらった木に、キノコの胞子を振りまいて栄養剤をかけると、木にぽこぽことキノコが生えてきたのだ。


 とはいえ、足りない。

 一回分だけでは、私が一抱え分ほどしか一個のキノコから増えなかった。

 増えたキノコを、三倍、四倍と数をさらに倍増させるくらいはほしい。

 火竜の体の大きさからすると、どうしたって大量に必要そうに見えたから。


 一方で、森にはもう、ほとんど雨キノコがないようだ。

 木こり達が兵士と一緒に探してくれたけれど、まったく見当たらなくなったと聞いた。

 火ネズミ達が取ったのだろう。

 けど、火ネズミがそうまでして火竜にせっせと運び続けても、火竜が大人しくならないのだ。


 日に三度、火山は振動する。

 昨日は夜、炎が見えたと聞いた。

 たぶん、もう時間がない。

 雨キノコで鎮まっていた火竜が、飛び立った後何をするかわからなくて不安すぎる。


「どうしよう……火竜に滅ぼされてしまうのかな」


 不安が口を突く。


『大丈夫じゃ。火竜でお前さんが死ぬことになるなら、たぶんベルナード王国軍の夢など見ない』


 カールさんは安心するように言ってくれる。

 夢の順番からしても、そうかもしれない。

 カールさんと見た火竜の夢で、私は死んだわけでもなかったから。

 だけど……。


「領地がひどいことになって、私がぎりぎりで逃げるって場合もありますよね、それ」


『そうかもしれんの……』


 違う、とはカールさんは言わなかった。

 それぐらい、カールさんとしても火竜は危険だと思っているのだろう。


「どうにか……もうあと五本でもいいから、雨キノコ用の栄養剤を作りたいのに……」


 鬱々としてきて、またテーブルに突っ伏す。

 なんだか現実逃避したくなる。

 そんなことを考えると、急に眠気がやってきた。


 何かあったら、逃げなくちゃいけないのに。

 眠っているうちに、全てが解決してくれていたらいいのにと思っていたら……。

 意識が遠のきそうになる。


『おい、シエラ! 寝るなというに!』


 カールさんが叱ってくれる。

 けど、疲労感もあいまって、なんだか頭が動かせない。


『ちょっ……あっ』


 けれどカールさんは、私を起こそうとするのをすぐやめてしまった。

 静かになった工房で、私は急速に眠りに落ちて行きそうになった。


 それをぎりぎりで止めたのは、扉がきしむ音だ。


 あれ、誰かが工房に入って来た?

 まさかセレナに見つかったの?

 でも、もう怒られてもいいやという投げやりな気分になっていたのだけど。


「ずいぶん頑張っているみたいだね、シエラ」


 懐かしさすら感じる、リュシアンの声が聞こえた。

楽しいと思ってくださったら、お気に入り、ポイントなど入れていただけると嬉しいです

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