50 その場しのぎなのか、それとも解決策なのか
山を下りる。
まだ火ネズミは戻って来る様子はなかったので、安全に下山できてほっとする。
魔物がいないようなので、この機会にと戻る道すがら、必要な薬草を見つけたら採取しつつ森を出た。
その時になっても、もう火竜の咆哮は聞こえない。
ほっとしつつ、馬に乗って町へ。
戻ると、町も騒然としていた。
たぶんここにも、火竜の声が聞こえたのかもしれない。
どうするのか打ち合わせをする必要があるので、館に戻ってすぐ、ギベルとテオドールと協議することになった。
「あれは竜でしたか……いやはや、この年になって竜の声を聞くことになるとは」
ギベルが困惑したように言う。
館や町からでは、声が少し聞こえた程度だったようだ。
「ということは、町の人は竜だとは気づいていないのですか?」
「竜の声を聞くことなどありませんので。魔物の声だろうとは言っているようでしたし、とんでもない魔物が出たのではないかとざわついていると、町に出ていた使用人から聞きました」
……竜だとはバレていないということは、大混乱は起こらないだろう。
もしあの咆哮が火竜だとわかったら、人が右往左往したうえ、館に大挙してきて大騒ぎになるはずだから。
対策を粛々と進めるためにも、できればみんなにも冷静でいてほしい。
避難が必要だった時も、興奮状態だと事故が起こるだろうし、逃げられない人が出てきてしまうから。
でも危機があることもそれとなく周知したい。
「率直に言うべきではないですよね。どう思われますか?」
ギベルにおそるおそる伺いを立てる。
「本当は伏せておきたいところですが……。町の人々に知られずに倒せるなら、という感じでしょうか」
「それは難しいでしょう」
断じたのは、テオドールだ。私も同意である。
「本当なら、倒す方法か鎮める方法が決まったところで公表したいのですが……」
「では、今調査中ということで領民に知らせてはいかがですかな、領主様」
ギベルが提案してくれる。
「はい。……倒さなくてもいいのですけど、何か引っ込んでくれるような物を見つけられたらいいんですが……」
焦りと、追い詰められたような感情、あと山へ行って帰って来た疲れて上手く思考がまとまらない。
でもそこまで言ったところで、テオドールが言う。
「もしや、なのですが」
「何か気づいたことがあるの? テオドール」
「はい。火竜に向かって、火ネズミが投げていた雨キノコ。そして捧げ物をした後、火山から煙が出ると聞いたことを総合してなのですが。もしかして、捧げ物は最初から、火ネズミ達が火竜に与えるために供えられていたのではないでしょうか」
「……その部分が、後の時代に伝わっていなかったという感じですかな? 騎士殿」
ギベルの言葉に、テオドールがうなずく。
二人の言葉に、私もはっとする。
「雨キノコで、火竜が大人しくなっている可能性があるんですね?」
「そうです、領主様。火竜は火の魔力を食べるので、火山にいるのは自然なことです。けれど腹がふくれた火竜を、雨キノコで火ネズミ達が鎮めていたとしたら……」
「あるかもしれませんね。火ネズミは、火属性の魔物ではありますが、植物を食べることもあります。溶岩ほどの熱や、噴火で焼け野原になることは、歓迎できないのかもしれません」
昔、そうして火ネズミ達と入植した人間達の間に、利害の一致があったのだとしたら?
「雨キノコ、増やせないか考えます」
問題はたぶん、あの森に雨キノコがなくなってしまうことだ。
原因は、火竜にあるのかもしれない。
もし通常通りなら、火竜が何らかの雨キノコが必要な合図を出し、捧げられた雨キノコを火ネズミが運んでいたのだろう。
けれど今回は、火竜が合図もなしに、しかも大量の雨キノコが必要になった。
という感じではないだろうか。
それなら、雨キノコを増やせば解決できるかもしれない。
なにせ火竜を大人しくさせるために、他に方法が思いつけないのだから。
「辺境伯様がいらっしゃったら……」
そこでぽつりとテオドールがつぶやいた。
私はぐっと唇をかみしめる。
(リュシアンがいれば、火竜を倒せたかもしれない)
彼はそれほどの英雄だ。
けれど引き換えに、リュシアンの命は縮まってしまう。
押しとどめる方法も、まだわからないのに。
(テオドールは、リュシアンを待ちたいかもしれない。雨キノコを増やしても、どうにもならない可能性もあるから)
火ネズミに、原因を聞いたわけでもない。
あくまで私達の推測なのだ。
成功するかわからない物に頼るのは、テオドールとしても不安なのだと思うけど。
「とりあえず、方法を考えます」
私は話を切り上げた。
その後、食事をしたらすぐに工房へ向かう。
「領主様、今日はお忙しかったのですから、お休みになってはどうですか?」
セレナが勧めてくれるけど、首を横に振る。
「だめよ。いつまた暴れるかわからない。町まで被害が来ないとも限らないもの」
今の所、火竜は大人しくしている。
咆哮も聞こえないし、地響きもない。
けれどいつまでこれが続くかわからない。
明日、明後日。それどころか深夜に、火竜がまた地上へ出てくるかもしれないのだから。
「私にできることって、これぐらいしかないもの」
魔術を使って戦えるわけじゃない。
大軍を集めて戦える財力もない。
自分で火竜を倒せる剣の腕もない。
(自分の騎士さえ、不安にさせたままだもの……)
テオドールに頼りにならないと思われた。
そのことが、けっこう心に刺さった。
でも自分にできるのは錬金術ぐらいだから。
私は工房へ引きこもり、ランプの明かりを頼りに本をめくる。
植物を成長させる薬、というのはある。
急成長させるには、それなりの材料や魔力が必要そうだけど。
それをキノコに応用できないだろうか?
もし雨キノコが足りないだけなのなら、それで火竜は鎮まると思う。
「せめて、ベルナード王国軍との戦いが終わるまで引き伸ばしたい」
――それから二日、私は試行錯誤し続けることになった。
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