49 ブラウ山の祭壇
森を抜け、途中で見かけた薬草を引っこ抜いて採取しつつ山へ。
祭壇のことがあるからか、鉄の楔に結びつけられた布が木の幹などに刺さっていて、一応登山の目印はあった。
目印に沿って行けば、低木が切り倒されて道状になっている場所を歩ける。
私達は黙々と登り始めた。
先頭は登った経験のあるフレッドと、ニルス。
次にテオドール、私、他の兵士達が後方を警戒しながら続く。
でも本当に、火ネズミの一匹も現れない。
総出で火山の上の方まで走って行ってしまったようだ。
「良かったけど、悪い予感がする……」
あの夢、いつのことだろうと思っていたのだ。
現実になる前にどうにかしたかったのに、この火ネズミ達の異常な行動……。
夢って、私達の未来の行動まで加味した物が見える場合も、あるのかな。
夢を見てから行動したのに、先手を打てていなかったら、意味がないのに。
先手を打てたと思いたい。
そして解決法がわかると信じたかった。
その一心で山を登っていたら。
「ありました、祭壇です」
二十分ほど登っただろうか。
先頭のフレッドがそう教えてくれた。
まだ低木が残る地点に、真っ白な一枚岩が横たわっていた。
テオドールが五人ぐらいは余裕で寝転がれる大きさ。
上が平らで、何でも物を置きやすそうではある。
人の手で運んだわけもないだろう。
岩の横はけっこうな急斜面になっていて、人が運んだら事故が起きそうだ。
しかもこの上は、もう石だらけのガレ場なので、足元も悪い。
「そもそも、ここにキノコを置いた後、誰がどうするんでしょうか。干からびてどこかへ飛んでいくまで放置されるんですかね?」
テオドールが不思議そうに祭壇という白い岩を見ている。
「捧げ物をした後は、一か月は近づかないようにきつく言われるらしいです。なので、誰も確認していないと思います」
答えたのはニルスだ。
「でも、だいたいわかる気がします……」
私は、ためしに見つけていた雨キノコを一つ置いてみた。
そうして祭壇から距離をとると、どこからともなく火ネズミが現れて、一瞬でかっさらって山の上へ登っていく。
「……火ネズミみたいですね」
「左様でございますね」
テオドールもうなずく。
「よし、確認できたところで下山しましょう」
私が言うと、不思議そうな顔をされた。
「もうですか? 火ネズミがほとんどいないうちしか、調査できなさそうですが……」
「すごく嫌な予感がするんです。異常事態なのは間違いないので」
夢のことなど言えないので、変な気がするんだと訴えるしかない。
テオドールはそんな私の意見を入れてくれた。
「では山を下りましょう」
彼の号令で下山を始めた。
それからすぐのことだった。
「うわっ」
地面が揺れて、私は思わずその場にしゃがみ込む。
立っていると坂を転がり落ちてしまいそうだったから。
「ひっ」
兵士達もびっくりしたようだ。
「きゃっ」
と言いながら、近くの低木にしがみつく兵士もいる。
やがて揺れが収まったかと思うと、とんでもない轟音と地響きがした。
「なんだ!?」
テオドール達は周囲を振り仰ぐ。
私も同じようにして、火山の頂上の方へ視線を向けた。
「これ絶対あれでは」
『間違いない。身を低くせよ』
カールさんの同意にうなずき、私はみんなに言う。
「身をかがめて! 頭上に気を付けて!」
テオドール達がとっさにそれに従った時、オオオオォォンと咆哮が響いた。
「魔物か!?」
すぐさま剣を抜いて立ち上がろうとするテオドールの頭を、とっさに抑える。
びっくりするテオドールは、私と同じ方向を見上げて息をのんだ。
「あれは……」
火山の上の方、私達が見ている側からすると山の裏手に近い場所から、何かが出て来ようとしていた。
大きなトカゲのような輪郭。
コウモリに似た形の巨大な翼。
「火竜」
誰かがつぶやいたその時、山の上にいた火竜が炎を吐き出しながら首を振り回す。
「伏せろ!」
全員が一斉に地面にはいつくばった。
私も同じようにしたのだけど、そのうえにテオドールが覆いかぶさる。
その一瞬後に、空気が急速に熱せられた。
緊張で体が縮こまる。
背筋に冷や汗をかいた感覚があった。
(夢みたいに焼かれたら……ん?)
ちょっと暑いくらいで、すぐに風が熱気を追い払ってしまう。
「良かった。火を噴くのをやめたみたいです」
テオドールの言葉に、彼がどいてくれたので身を起こして見る。
遠くに、引っ込もうとしている火竜の姿が見える。
あそこに穴のような物があるらしい。……夢で見た場所だろうか?
なぜかそこに、火ネズミが群がっていた。
「何かを投げてる……」
兵士のうち、目がいい者がいてそうつぶやいた。
「何を投げてるか見える?」
尋ねると、その兵士はじっと目をこらしてもっとよく見ようとした。
「小さいのでわからないのですが、青い物のように見えます」
青い物。火ネズミが持っているとしたら……雨キノコ?
そこでふと、色々なことが繋がった気がした。
その間に、火竜は姿を消していた。
もう地響きはしない。
遠くに集まっていた火ネズミも、そこから解散したようだった。
「とにかく町へ戻りましょう。火竜がいたことを知らせないと」
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