48 火ネズミとの遭遇
道案内はフレッドだ。
彼は祭壇まで行ったことがあるという。
「実は、腕試しで近所の仲間と何度か行き来していたことがありまして」
「火ネズミを倒しに行ったのね?」
「そうですそうです」
私に問われたフレッドが、うんうんとうなずく。
「火ネズミでやけどしなかったのか? フレッド」
王都から来ている兵士が、フレッドをからかう。
「最初に行ったのは十歳の頃だったから、姿を見て逃げた。おかげで親父にバレずに済んだ」
「あっはっは、かしこいな」
他の兵士達が笑う。
フレッドやニルス達は、王都から連れて来た兵士とも仲良くやっているようだ。
良かったなと思いながら、彼らの話に耳を澄ます。
「次に行ったのが十三歳の時で、その時は火ネズミを一匹。だけど仲間が一人やけどして、親父にバレてしばらく行かなかったんだ」
「だが何度もと言うのなら、また行ったのだろう?」
テオドールも会話に参加したので、彼と兵士達の仲も良いみたいだ。
「もちろんです。ほとぼりが冷めた頃に、兵士になると決めていたんで、腕を上げるために三度ほど。祭壇も行きましたよ。意外と祭壇の周辺には何も出なくて、それ以上上がると火ネズミが良く出る感じでしたね」
完全に退治をするのではなく、腕試しで魔物がいる場所へ挑んだようだ。
それで無事に帰って来れているのだから、フレッドの腕もたいしたものなのだろう。
話をしているうちに湖を越えた。
湖の横を通る道をそのまま進み、足跡などない草原をさらに山を目印に進む。
「火山、そこそこ大きいわね」
森まで遠いので、その先の山がよく見える。
城にいる時は、木が少なそうな山だなと思っていたけれど、あちこちに赤い岩が露出しているけれど、他は灰色の石ばかりの山だとわかる。
けっこう歩きにくそうだ。
「まずは森に到着ですね」
ようやく森に到着した時、そろそろお昼になるだろうという頃合いになっていた。
私達はセレナが準備を指示してくれていた昼を食べる。
パンにチーズと豆を野菜と一緒に煮て水分を飛ばした物だ。
塩気とハーブで美味しく仕上げてくれている。
食事後は森で採取だ。
栄養剤になるルーンの花。
そしてネル草がここにも生えていたので採取。
その先で見つけたのは……。
「あ、青いキノコ」
姿形はシイタケに似た、清く正しいキノコらしい形だ。
両手で包み込めるほどなので、キノコとしては大きい。
傘は真っ青で、軸は薄い水色だ。
なのですごくわかりやすい。
普通、雨が多い場所で生えるのだけど、ここの森というか、ハルスタット領は雨が多いんだろうか?
「まぁいいや。採取しておこう」
水性の錬金術で使うし、火竜の件についても利用することになるので、沢山とっておこうとしたのだが。
サッ。
目の前からキノコが消えうせた。
残るのはわずかな熱気と、キノコが生えていた周囲が黒く焦げていることだけ。
一体何がと思ったら……。
「領主様!」
いち早く気づいたのだろうニルスが駆け寄ってくる。
彼と私の視線の先にいたのは、しっぽの先に炎を宿した、赤茶色の大きなネズミだった。
「火ネズミです」
「わかった」
私はすぐに腰にくくりつけていたポシェットの中の物を手にした。
そして投げつける。
……当たらないけど、火ネズミの近くで破裂した。
「うぉわっ!?」
「逃がしたけど、ダメージは入ったみたい!」
冷たい爆弾は、破裂した時に周囲を凍らせていった。
破片がぶつかった火ネズミも、しっぽの先の炎が消え、おしりが凍り付いて慌てて逃げていく。
私は想定した効果がでて喜んだ。
「良かった」
「領主様、危ない物を投げるなら先に教えてください……」
手を打って喜んでいると、ニルスに抗議を受けた。
緊張して、ニルスの存在が意識から消えてしまっていたらしい。
「ごめんなさい。ええと火ネズミは遠くへ行ったかしら?」
「はい。山へ逃げて行くみたいです」
ニルスが指さす方を見ると、山の斜面を登ろうとしている火ネズミの姿が見えた。
低木に見え隠れしながらも、しっぽの火が目立つので昼でもなんとかわかる。
危機は去ったみたいだ。
「じゃあ、他の雨キノコを探しましょう」
周囲を見回すと……あった。
少し離れた木の根元が、日陰になっていたのかわさっと数本生えている。
早速採りに行こうとしたら。
――ササササ。
一瞬で消える。
そして取って行ったのは、間違いなく火ネズミだ。
さっきと同じように、一目散に山へと駆けて行く。
同じことが三度繰り返された。
その頃には、異常事態だからとテオドールや兵士達と固まって行動するようにしていたのだけど。
テオドールが渋い表情で言う。
「火ネズミがこんな行動をするのを、見たことがありません」
「私もです」
現地民のフレッドやニルスも言うのだから、この地方の火ネズミだけがそんな行動をするわけではないらしい。
「おかしいとは思うけど……。とりあえず雨キノコを採ったら様子見をするべきかしら?」
「そうされた方がよろしいかと」
テオドールもそう言うので、雨キノコを探すことを優先した。
しかし、今度は雨キノコが見当たらなくなる。
なんとか五個手に入れたのだけど。
「さっきまで沢山見えてたのに……」
「領主様、あれを」
テオドールが山の方を指さす。
そちらを見れば、火山の上の方まで火ネズミ達が行列を作って登って行っているのがわかった。
「火ネズミってあんなことするの?」
「覚えがございません」
テオドールの返答にしばらく考えた私は言った。
火ネズミはかなり高い場所まで登っている。
しっぽの炎が目印になるのだけど、あんなにも堂々と姿をさらして行列をつくるのはおかしすぎる。
「あ、でもおかげで祭壇の周囲は火ネズミがいないのではありませんか?」
同じように山を見ていたニルスの言葉に、私は決めた。
「祭壇の様子だけ見に行きましょう」
とにかく雨キノコを持って行くのも、行列を作っているのもおかしい。
私は火竜の夢を思い出しつつ、今のうちに確認した方がいいと考えた。




