45 人生の危機を教えてくれるけど……
その日は火山近くへ行く計画を立て、明日にも実行することにして仕事は終わった。
夕食を終えてしまうと、へき地のハルスタット領ではやることはほとんどない。
町の人達も明かりを節約するため、早々に眠ってしまうものだ。
私は少しだけ、明日の採取のためになりそうな物を調合したら、就寝することにする。
カールさんを枕の下に置いて、ころがって毛布を掛けたら準備完了だ。
「そういえばカールさんて眠ってるんですか?」
幽霊だから、食事も睡眠も必要なさそうだけど。
「時々記憶が途切れるでな。おそらく魂の状態でも眠るのだろう。その時にわしも、未来を見るのじゃ」
ほぼ、カールさんも夢の中で未来を見ているようなものかもしれない。
「最近は何も見てないですか?」
ベルナード王国軍のことについて、他に詳細がわかる夢を見ているといいのだけど。
期待して聞いたら、ないと答えが返ってきた。
「ここ数日は、ささやかな物ぐらいだな。今日、お前さんのメイドがケーキを作ったので、全員で試食した様子とか」
「それは……本当にささやかですね」
でも、と私は思う。
カールさんは殺伐とした夢ばかり見ているんじゃないんだなと思った。
「私にカールさんが見た未来が伝わるのは、カールさんが選んでいるんですよね?」
「そうだな。わしが未来を見ながら『これはマズイ』と思うと伝わりやすいようなので、その時に持ち主も見るように念じておる。穏やかな物だと伝わりにくいので、多々失敗しておるな」
これはマズイ……?
そうか、それで以前、浮気に関しての夢がカールさんの持ち主に伝わったと。
カールさんの方も、百発百中で自分の見た未来を見せられるわけではないようだ。
なるほどと思った私は、その日は就寝したのだが。
※※※
『おい! おいっ!』
叫び声が遠くから聞こえる。
『早く見ろ! こらシエラ!』
めちゃくちゃ怒られて、眠いと思いながら目を開け……びっくりした。
「え!? ええええ?」
目の前は砂と岩だらけの起伏がある場所だ。
その先に、遠くどこかの山の頂上が見える。
目の前には煙を吹き出す窪地があるようだ。
そこから、何かが出てこようとしていた。
ざりっと音がして、窪地の縁に鋭い爪が五つ現れる。
次に這い上るように、ぬっと爪の持ち主が頭を出した。
まるで爬虫類のような頭。だけど口は細長く鋭い歯が生えている。
その瞳孔は縦に長く細められ、黄色の瞳が私の方を向き……。
慌てて伏せた。
その上を、一瞬の後で風が通り過ぎていく。
いや、風じゃない、熱い。
「やだ、熱い! 痛い!」
『落ち着け、これは夢だ!』
「夢!?」
そう返した瞬間、はっと私は目覚めた。
「…………」
見慣れて来た白い天蓋が、目の前にあった。
しばらくぼーっとして、ばくばくと脈動している心臓が落ち着くのを待って起き上がった。
「まさか、また、未来の夢……?」
『そうじゃ。未来が垣間見えたうえ、相当に危険だと思って、そなたを呼び出して見せた』
近くに、久々に姿を見せたカールさんが立っていた。
立っているといっていいのだろうか。
足元とか、すぅっと背景に溶け込んでいる感じだし。
そのカールさんが、難しい顔をして言う。
『そなた、何か前世でとんでもない業でも背負ってきたのではないか?』
「突然なんですか?」
『あまりに危険なことが続くからのぅ……。他の持ち主の元で、これほど続くことはなかったわけだが』
そこには同意するしかない。
ローランドと離婚して以来、色々と続きすぎというか。
問題がなんだか大きくなってる気がしないでもない。
「むしろ無事に離婚して手に職つけられて、新しい領地ももらえたところまでは、人生始まって以来の最高の出来事だったんですけど……。運を使い果たしたとか、そういう現象って真面目にあったりするんですかね?」
業だなんて言葉を聞いて、思わずカールさんに問い返してしまう。
そういった物を、今まで信じてはこなかった。
『業といえる物というか、運の天秤が傾きを直すため、幸運やとてつもない功績を上げる代わりに不幸が訪れることはある。というかそういう現象があると言わざるを得ない感じではあるな』
百年以上を、人間や魂だけの存在として過ごしてきたカールさんがそう言うのだから、業という考え方もそれほど的外れな物ではないのかもしれないが。
「私が平民だったら、貴族と結婚して、離婚後に領地を譲渡されるぐらいでも、とんでもない幸運かなと思うんですけど」
『だが、通常であればそんな幸運は降ってはこなかったであろう?』
「え?」
『そなた、そもそも運があるような質ではあるまい?』
「まぁそうですけれど……」
生まれ育ちでなんとか恵まれていると言えるのは、身分ぐらいか。
おかげで食いっぱぐれはしなかったのは、平民の子供が捨てられて孤児になり、道端で死ぬよりはずっと恵まれている。
けれど貴族の枠組みの中で見れば、あまりにも粗末な扱いをされ続けたし、とうてい貴族令嬢とはいえない扱いをされていた。
そんな人はシエラ以外では少数だと思う。
なら、運が悪い方だろう。
『そんな運が悪い者が、結婚してみたら問題はあるが、結果的に生きていく力も領地まで女性ながらに受け取ることができたのだ。他にも没落する貴族も、一家離散する者だって今までに沢山おっただろう。結婚したものの、親族に虐待され続けたまま、生きていく手段も持てずにいた者はさらに多いはずだ』
「でもそれで、天秤は傾くのですか?」
『わからぬが……天秤の傾きで考えるのなら、ありえないことではない。軽くなった方を戻すため、重たい』
「でもどれも、なんか即死しそうな重石ばかりなんですけど……」
『だから前世で、なんぞ業でも背負ったのかと聞いたのじゃ』
「いや、わかりませんよそんなこと」
ただ、前世なんて存在が皆無だとは言わない。
(目の前に、いないと思ってた幽霊がいるんだものね……)
魂という存在が肉体とは別にあるのなら、その魂が他の肉体を得ることもあるかもしれない。
否定できないのだ。
とはいえ、ずっとこんなことを議論している場合ではない。
すぐに対策を考えなければならない。
このままでは、とんでもない魔物が出てくるという夢だったのだから。




