44 火山についての疑問
カールさんのおかげで少し気が楽になったところで、その日はギベルからハルスタットについて教わることにした。
一応先に目を通した記録から、ある程度読み取れる限りの理解で、なんとかハルスタットのことはわかってきた。
ハルスタットは、最初は開拓地だった。
その後鉱山を探すため、人が呼ばれて規模が大きくなったけど、鉄鉱石も出ない、石英ばかりの状態だったので、領主も雇った鉱夫もいなくなった。
残された人達の中で、居心地がいいのではと思った人が村を存続させる。
さらに肥沃な土地でもなく他の村や町へ行くのに時間がかかるので、多少温情がかけられて税が軽いからと人が移り住んできて、長い間にちょっとずつ人が増えた。
その後、水晶とペリドットで少し潤って、町に発展。
が、ダイヤモンドやもっと希少な宝石が人気になり、あまり見向きもされなくなるとまたたく間に衰退して今に至るそうな。
(鉱山にならないってことは、鉄鉱石なんかも難しい山ばかりなのかな)
火山があるから、何かしらの鉱物はあるんじゃないかなと思ったのだが、難しいのかもしれない。
まぁ、山だからって必ず鉱山になるとは限らないし……。
(それに鉄鉱石が出なくても、私は他の鉱物を採取できればいいんだけど)
森の次には、火山まで採取に行きたいと思っていたのだ。
そこまで考えたところで、ふっと私は思い出す。
ハル湖の沢山のペリドット。
森の中にまで散らばっていた、火山から出て来たと思われる軽石。
「ここ最近は、火山は噴火しているんですか?」
ハルスタット領の歴史からは、噴火したとはどこにも書かれていないけど。
あのペリドットが湖岸に沢山あるところとかから、地中に埋まってしまうような年月が経っているようには思えない。
するとギベルが難しい顔をした。
「噴火はありませんな。そのように聞いております。ただ……」
ギベルは言いよどんだうえで、話してくれた。
「私も知らなかったのですが、十数年に一度火山から魔物が出てくるそうで」
「火山に魔物が住んでいる?」
私が言葉を反芻するのと同時に、同室していたテオドールが驚いたようにみじろぎした。
彼も初耳だったんだと思う。
驚いただろうなぁ。
魔物はあまり出ない土地だと聞いて赴任してみたら、火山に常駐していますって聞かされたら。
しかしギベルは微笑む。
「出てくるといっても火ネズミ程度らしいです。そしてなぜか、一定の捧げ物をすると帰っていくそうで。町に被害はなかったそうです」
「捧げ物で帰っちゃうんですか……。でもそれなら町が存続できたのも納得ですね」
戦う必要がないなら、人的被害も出ない。
捧げ物で帰ってしまうということは、農作物にも被害はなかったんだろう。
だから町の人達も、火ネズミが出る時期まではギベルに伝えなくてもいいだろうぐらいに考えていたに違いない。
「ところで捧げものとは?」
火ネズミは何をあげたら帰ったんだろうか?
魔物が何かと引き換えにいなくなるというのも、なんだか不思議だけど。
「それが、キノコだということで」
「キノコ……」
「キノコですか?」
私とテオドールが同時に首をかしげてしまった。
魔物もなにかは食べる。
魔物は動物から変異したと言われるので、近縁種の動物と似た物を食べるそうだ。
でもネズミがキノコを食べるなんて聞いたこともない。
「私もおかしいとは思ったんですが、町長は子供の時に見たことがあるので間違いないと。湖の側に生える、雨キノコだそうで」
「雨キノコ……」
私は頭の中に入っている記憶をぱらぱらとめくるように探す。
錬金術に使える品として、記載があった。
水属性のキノコなので、火ネズミは嫌がりそうなものなのだけど。
「早いうちに、火山の様子を見に行った方がいいかもしれませんね」
森にも行きたいけど、火山の様子も気になる。
ギベルの話からすると、そろそろ火ネズミが出て来るという時期ではないだろうか?
それなら先に、火山へ行くべきかもしれない。
だからそんな風に言ったのだが、テオドールに渋い表情をされた。
「領主様……。森はまだしも、魔物がいるとわかっている場所へ向かわれるのは……」
「もちろん備えて行きますし、様子を近くで見るだけです。あ、確か、森と火山の裾が接している箇所があるじゃないですか。湖から山へ向かう途中だったと思うのだけど」
町から湖へ行くと、森の端がその直線上にちょっとひっかかる場所があり、その向こうに火山がある。
セレナにも、あのあたりへの採取ならいいだろうと話したばかりだ。
「そこなら、火山の様子を遠目にでも見られるでしょう? 万が一にも火ネズミが出たら逃げやすいし」
そもそも火ネズミは強い魔物ではない。
中型犬ぐらいの大きさのネズミで、火山地帯で溶岩や、火山の火の魔力を食べている。
比較的おとなしいけれど、火山が活発化すると町へ降りてきて火を飛ばしてくるので危ないけれど、農民でも倒そうと思えば倒せてしまえるのだ。
むしろ鍬とかの方が、長さがあるので安全に倒せるとか聞いたことがある。
「あと、テオドールのことも頼りにしてますから」
にこっと微笑む。
信頼しているから大丈夫と言われれば、テオドールも強くは言えないようで。
「……本当に安全にはご留意ください、領主様」
そう言って反対はしなくなった。
(よし、森へ行くという形で火山の様子を見に行こう)
決意しつつ、内心で私はテオドールに謝る。
戦わせることになるテオドールや兵士には、申し訳ないと思っているのだ。
でも私は自分で魔物を倒せる力がまだないし。
そしてベルナード王国軍の侵攻前に、できるだけのことをしたいから、焦るのだ。
だから心の中で願う。
精一杯頑張るから、もしハルスタット領を守れたら許してほしいと。




