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24 ハル湖

 現地まで行く交通手段は、馬だ。

 なるべく沢山採取物を運ぶことができるし、目的地まで急いで行ける。


 なにせ近そうに見えても、湖までは徒歩だと一時間ほど歩くことになる。

 ハルスタットのある山間の盆地は、思った以上に広いし、近くの山すそを迂回するからだ。


 歩いて行けるけど、往復を考えたら短縮できた方がいい。


「そういえば、テオドールはこの周辺の地理については誰かに聞いたりした?」


「はい。ですが城の中の点検の方に時間がかかり、あまり詳しくは……」


 一人の人間が24時間でできることなんて限られてるので、それは仕方ない。

 むしろリュシアンがいる間はその対応で手いっぱいで、翌日一日、私が町に降りるだけだからとテオドールを城に残した時間だけで、あの広い城塞の中の点検をできただけでも十分だ。

 そしてテオドールは優秀だった。


「町周辺については、こちらのフレッドとニルスに情報収集させていましたので」


 前を馬で進む兵士二人が、声が聞こえたらしく、笑みを浮かべてこちらを見て会釈した。

 なるほど。それでセレナはこの兵士二人を選んだんだ。


「湖の方面については私が把握してきました。なので先導は私がします」


 短く刈った金髪のフレッドが言う。


「よろしく頼むわ。急ぎで採取に行きたかったから、昨日のうちに情報を得てくれていたのも助かったし」


 私がそう言うと、フレッドが「お役に立ててなによりです!」と元気に返事してくれる。


「一度湖まで行ってきましたのでご安心ください! あの湖は『ハル湖』と言って、水辺なのですが魔物はほとんど出ないそうです」


 そういえば、ハルスタットの町はあまり魔物の被害はなさそうだ。

 ローランドも『比較的穏やかな場所』と言っていたし、ギベルも魔物に困っているという話はしていなかった。


 山間の町なんて、山に住む魔物が頻繁に「こんにちわ」しそうなものだけど。

 しかも水辺なら、獣に混じって魔物も出てくることが多い。

 おおむね魔力を食べて生きているようだけど、さすがに水分は必要らしい。

 なのに、あまり出て来ない?


(この周辺って何か理由があるのかな? 魔物が発生しにくいとか?)


 そんなことを考えている間にも、馬はポコポコと進んでくれる。


「ご領主様は乗馬がお上手ですね」


 そう声をかけてきたのはテオドールだ。


「王都の貴婦人は、あまり乗馬はされないと聞きました。乗馬を楽しまれる方も、横乗りをされるそうですので……」


 私はズボンを履いているのをいいことに、普通に騎乗をしている。

 その上に重ねているスカートは、風でめくれないように気をつけているけれど。


「昔はよく乗馬をしていたんですよ。うし……」


「うし?」


「いえ、なんでもないわ。おほほほ」


 実家では牛やロバに乗ってたから、乗馬を覚えるのは簡単でと言いかけてやめた。

 貴婦人が牛に乗って散歩すると言ったら、さすがにびっくりされるだろう。

 あの時は貴婦人でもなんでもない、没落しかけの家の娘でしかなかったんだけど。


(うーん、対外イメージをどうするかな)


 私はちょっと悩んだ。

 騎士もいない田舎の領地に引っ込んだままなら、好きにできるかもしれないと考えていた。

 だけど戦争のことも考えると、他の貴族との交流も考えなければならない。

 その時に、あまりに気楽にしていたら……。


(常識から外れ過ぎた人を、人は受け入れられないものなんだよね)


 乗馬ぐらいならいい。

 錬金術も、領地の事業だという形で成果を上げれば悪く言う人ばかりではなくなる。


 でも女性を同行せずに出歩くのはどうだろう。

 私は自分の貞節を証明しなくともいいと思っているものの、そこを気にしない人間とは、常識が違い過ぎてついていけない、交流なんて無理、だと拒絶されることはあるのだ。


 今回は急いで採取をして、調合の練習をしなくてはと思ったので、セレナもミカも連れてこなかった。

 彼女達は馬に乗れないし、長時間道を歩くのも大変だから。


(そう、常識のとおりにすると時間が短縮できない。だから、領地が侵略される件が片付くまでは保留。その後で、取り繕うってことで)


 身近な人以外には知られないようにしておけば、後で隠せる。

 よし、そうしよう。

 方針を決めたところで、ちょうどよく湖が見えてきた。


 町から湖までは、山すそを迂回する道がなだらかな丘になっているだけの地形だ。

 水場なので、周辺には木が茂って森のようになっている。

 ここまで道があるのは、町の人間も湖まで頻繁に来るからだ。


「昔はこの湖の水を汲んで持って行く者もいるほど、澄んだ水だそうで。井戸が増えた今はそれほど利用はされていないようです。珍しい魚がいて、採りすぎると大雨になるという昔話があるので、乱獲されずにいるとか」


「あら、魚がいるのね。でもこれだけの湖なら当然ね」


 湖の果ては見えるけれど、それは遠くの、別の山すそのあたりになる。

 そこまで行くには、やっぱり馬で三十分はかかりそう。


 私は水辺まで下りて、持ってきた細い石の杖を腰のポーチから取り出した。

 水に漬けて、しばらくしてから上げる。

 石の先が、ふわっと内側から青く光っていた。


「井戸水よりも魔力が高いわ」


 魔力が高い水なら、薬の効果を高められる。

 より品質が高い方が、薬の量だって減らせるのだ。

 低いと、塗ったり飲んだりする回数を増やさないと、効果が出てこないからだ。

 練習は井戸水でもいいけど、実際に作る薬は品質を高めたい。


「よし、ここの水を汲んで行きます」


 私は用意していた水袋二つ分に、湖の水を入れることにする。

 作業しようとしたら止められ、ニルスが靴を脱いで少し深いところへ入り、そこで水を汲んでくれた。


「水だけでよろしいのですか?」


 テオドールに私は首を横に振った。


「まだまだ。水辺の石を見ていくわ。馬を見ていてちょうだい」


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