23 採取へ行こう
私の準備について語ると、カールさんは『うむ』と言った。
『小さな町のようだからな、それぐらいしかできることもないであろう。もしわしが現役であったのなら、町へ続く道を塞ぐ方法なりを考えるのだが……』
「通れなくするのはいい案だと思います。橋や道を修復までして、この山間の町を通ろうとはしないでしょうし……。どうにかできないか、ちょっとそれも考えます」
『そうだな。敵が通る道を限定させられると良いと思うぞ。倒すにしろ、進路を邪魔するにしろやりやすくなる』
カールさんも同意してくれた。
その返事を聞きながら、ふと不思議に思う。
「カールさん、誰かに石のことを託して、この町から逃げますか?」
彼が領地への攻撃について心配するのは、自分が宿る石を破壊される可能性があるからだ。
もしくは、魔術師石を魔石として利用されてしまうこと。
たぶん魔力がなくなったら、カールさんも石に宿っていられなくなると思う。
未来を知りたいというカールさんの希望がかなわなくなるだろう。
「…………」
カールさんはしばらく黙り込む。
やがてぽつりと言った。
「わしとてな、話ができる相手がほしいのじゃ」
「他の持ち主とはできなかったんですか?」
「魔力がなければ無理だ。そして石に魔力を込めたことがある人間なら、たぶん夢に干渉できるのだろう」
「リュシアンは……」
「あの魔術師は、逆に魔術の扱いに長けているからこそ、触った物にうっかり魔力を込めることはせん。その点、錬金術師は魔力を手で込めていくことが多いのだろう」
カールさんは続ける。
「なにより、こんな風に会話できたことはない。魔術師石を託した弟子でさえ」
「……なぜなんでしょう?」
私は首をかしげる。
魔術そのもには疎いので、想像もつかない。
「わからんが……。やはりお前さんが、手から魔力を物体に注ぐことに慣れているせいではないかとは思う。そもそも他の錬金術師が、わしの心臓石を所持したことはないからのぅ」
「そうなんですか……」
私は自分の手を見る。
魔力が見えるわけじゃないから、よくわからない。
ただ、話せる相手がいなくなることを惜しむカールさんの気持ちは、わかるなと思う。
事務的なことでもいい。
何か会話できる相手がいるだけで、人は心が落ち着くものだから。
※※※
私は朝食後、セレナにギベルへの薬師を招くことについての連絡をお願いし、錬金術工房へとこもった。
カールさんの魔術師石は、小袋に入れて服の隠しポケットに入れて持ってきた。
(しゃべる相手がいないと寂しいだろうし、私が部屋に戻るまでずっと一人きりっていうのも……と思っちゃったんだよね)
今日は、部屋に戻るのは遅くなるだろうから。
私は長櫃に入っていた本を棚に並べつつ、良さそうな薬の作り方を探してページをめくる。
そして候補を三つほど選んだ。
さらに高級品で、なかなか手に入りにくい品も探す。
「うーん、とりあえず第一段階から始めよう。傷薬が一番先。次に熱の薬」
私は材料を確認し、工房から出る。
そのまま工房のある主塔の二階に待機していたセレナを呼ぶ。
「セレナ―。外出するわ」
「え? 今日は工房でお過ごしでは?」
「材料がないから取ってこようと思って。近くの湖まで、護衛の手配をお願い」
「ああなるほど……。少々お待ちください」
セレナが急いで護衛の手配や外出の準備に走っていく間に、私も外へ出る準備をした。
採取した物を入れる籠や袋、採取に必要な土ごてとか鉈とかだ。
あとは万が一の魔法道具。
王都の中を歩き回るのとは違うから、町へ戻れなくなった時のための水と火の用意、寒さ除けのマントも装着。
そうしていると、セレナが護衛の騎士を連れて来た。
ハルスタット領は小さいし、税収も多いわけではない。
だから申し訳なくて騎士を雇わないつもりだったのだけど、彼はリュシアンが是非にと勧めてくれた人だ。
騎士の叙任後の修業期間だと思って、雇ってほしいそうだ。
わけあって南の辺境伯領から離れたかった人だそうで。
でも家臣として長く仕えた家の出身だから、彼の親としても把握できる場所に士官してほしかったんだそうな。
そんな騎士、テオドールは二十歳になったばかりの青年だ。
妙な落ち着きがあって、動じないように思えたのだけど。
「え、私と領主様と兵士が二人だけで湖へ行くのですか?」
常識人らしい騎士テオドールは、私の指示にびっくりしていた。
「普通の領主なら、小さい領地の中を護衛一人だけ連れて歩くことだってあるでしょ?」
「しかし領主様は女性ですので……」
引っ掛かったのはそこらしい。
「悪評から離婚された女に、今更そんなこと気にする人はいないし、ここは社交界じゃないわ。あなた達が黙っていればいいの」
結論から言うとそういうことだ。
社交界でうぞうぞと生きている人々が、それを知らなければどうということはない。
「そういう話が漏れたのなら、兵士は変装させたメイドだったとでも言えばいいだけ」
説得する言葉に、テオドールの後ろで聞いていた兵士がやや恥ずかしそうにする。
「女の子の振り、した方がいいのかな?」
「リボンでも侍女様に借りるか?」
相談する声が聞こえて、私は思わず笑ってしまう。
するとセレナが、無言で二人の兵士に近づき、私に渡した荷物を入れていた袋の、通し紐を引き抜いて渡した。
私の私物は、貴婦人が使う物だからと、セレナが可愛かったり綺麗な装飾がついた物を用意している。
だから紐の一つでさえ赤いリボンを使っていたりするのだ。
それを兵士に一本ずつ渡して、セレナは言う。
「腕にこれでも結んでいてください。いつどんな時に、言い訳が必要になるかわかりませんから、予防はしておきましょう」
「あ、はい」
真剣にリボンを差し出された兵士は、素直に従っていた。
腕に結ぶぐらいなら、抵抗もなかったからだろう。
「というわけで行きましょう。一日は案外短いものなのよ」
私は意気揚々と出発する。
テオドールもぼうぜんとしつつうなずいた。




