2 離婚するまでとその理由
最初は、真実の妻としては扱えないけれど、伯爵夫人としての体裁を整えられるよう、支給する金銭についてとか、契約書まで書いてくれたローランドに感謝していた。
これだけ公平な人なら、普通の夫婦にはなれなくとも、平穏に暮らしていけるだろうと。
親の浪費で薬代もなくて困ったことがある私は、お金の心配がないのはとても嬉しかったから。
だが、それは大きな間違いだったと私はすぐに思い知った。
それは王太后から様子を見に行ってほしいと頼まれていた貴族が、私の元を訪問した後のこと。
相手は大臣職にもいるような大貴族、老齢のベイリー公爵だった。
ベイリー公爵とは、通り一遍の世間話をしただけだった。
もちろん、護衛やら侍女やらが同席した状態だ。
そして別居のことを伝えたせいか、王太后がその事情をさらに聞きたがったため、ベイリー公爵は再度訪問してきた。
どちらも伯爵家の家令が同席していたし、メイド長も一緒にいた。
なのに……。
翌々日の晩。ローランドが「浮気なのかどうか」を問いただしに来た。
そうなら契約不履行だと淡々と告げるローランドは、普段は持たない剣を手に握っていたのだ。
たぶん、返答次第では面倒ごとになるので闇に葬ろうと思ったのに違いない。
こんなことが起こったのは、浮気という物について詳しく知らなかったローランドに、誰かが嘘を吹き込んだせいらしい。
――浮気をしているのかも、と。
そんな嘘をローランドに吹き込んだメイドは、貴族の末席の生まれだったそうだ。
親が遊び歩いてお金がなく、持参金もなしで嫁いだのを聞いて、そんな私が伯爵夫人になれたのなら、自分でもローランドの妻の座に収まれるかもしれないと勘違いしたらしい。
まさかローランドが、浮気と聞いたら「裏切りには死を」みたいな勢いで、直々に命を刈り取って処分する人間だとは思わなかったんだろう。
なにせ貴族の浮気の場合、普通だったら離婚されて家へ送り返され、その後他の家に嫁ぐことも多かったから。
私もびっくりした。
殺して闇に葬った方が楽だなんてところまで、私の存在を軽く見られていたことにも。
それ、妻どころか物扱いでは?
とにかく死にたくなくて、私はローランドを説得した。
まずは契約違反をしていないことを説明。
先方の護衛も、こちらの使用人も複数同席していたこと。
間違いがあれば、ローランドを可愛がっている王太后が怒り狂うので、相手方もそんなことはしないと言うと、ようやく信じようという気持ちになったらしかった。
あと、もう一つ。私が契約違反をしない理由を付け加えた。
「身ぎれいであればあるほど白い結婚だと証明しやすいですし、できればそれを理由にいずれはローランド様と離婚したいので、男性と付き合う気はありません」と。
……その時思いついて言ったことだった。
でも、お金も何もいらないからすぐさま離婚したくなったのだ。
ちょっとの誤解で、直情的に剣を持ち出されていては、おちおち安眠できないもの……。
(ようやくひどい両親から解放されたと思ったのに、命の危険と隣り合わせのままとか、平民になってもいいからもう逃げたかったのよね)
なぜ離婚したいのかとローランドに問われ、私はまたしても正直に言った。
もう平民になってもいいから、一人で暮らしたいのだと。
借金を重ねて、娘の病気の時にもお金を渋って医者を呼ばない、社交界にもドレスを買うお金がもったいないので出なくていいという両親とも離れたい。
行き違いごときで剣を持ち出し、脅す夫も嫌だと。
怒るかと思ったが、私が列挙した理由にローランドは納得した。
後になって聞いたが、平民になってもいいからとまで言ったことで、私の覚悟を感じたそうだ。
ほっとしたところで、今後も似たような事件が起きると困ると思った私は、浮気について詳しい概念をローランドに叩き込んだ。
(はっきりした判断基準がわからないと、他人にいいように操られかねないものね)
そんなに他人に左右されやすかったのは、彼が恋愛感情がわからない人だから。
恋愛方面に疎くて感情的にも理解できないと拒絶しているローランドは、だからこそ浮気についてもよく知らなかった。
だから男女が会っていて、浮気だと誰かが判断したらそうなのだと言われ、信じてしまったのだ。
そうして私は、ローランドとの早期の離婚を目指すことにした。
同時に、ローランドに結婚してはいけないと言った、彼の両親は慧眼だったと思った。
(こんな人じゃ、結婚するなと親が言うわけよね……政略結婚でも、無理だと思うもの)
契約違反が起きたと思ったら、あっさり斬り捨てるんだから。
根本的に、他人を同じ人と思っていないのだ。
けれどこの事件で、良かったことも起きた。
ローランドは「取引は公平にすべし」という、両親の薫陶を律義に守る人だった。
一応、虫けらと同等の命の価値しかない私にも、「むやみに疑って剣で脅したのは申し訳なかった」と詫びてくれた。
そして贖罪を……というので、頼み事をした。
まず、両親を理由をつけて処断してもらった。
借金のために、色々と税をごまかしたりしていたようで、理由は捏造の必要すらなかったようだ。
両親と、税の不正にかかわっていた親族は、みんな国外追放になった。
そして離婚後、私は故郷に戻りたくなかった。
子爵家の係累がまだいる。
彼らから、甘い蜜を取り上げたことで恨まれ、嫌がらせされるのはわずらわしかったのだ。
その私の頼み通り、新しい領地で暮らせるように配慮してくれた。
これも私に慈悲を見せることで、王太后は悲しい離婚をしたローランドに再婚を要求しにくくなるだろうと話したら、喜んで同意してくれた。
さらに私は、彼の親族のうち有望な人物は誰なのかを調べるように話し、自分と離婚する前に養子にするよう勧めた。
夫婦二人ともが同意しての養子縁組は、ローランドが独り身の時よりも国王から同意を得やすい。
そして養子がいれば、結婚をしない理由はできる。
ローランドは王太后に結婚をせかされても断りやすくなるわけだ。
その養子縁組は、すでに国王が判を押してくれている。
昨今、隣国が他の国に侵略されているらしく、おかげで跡継ぎのことを心配してみせたらすぐに願いを聞いてくれたらしい。
と、申請が通ったローランドから教えてもらった。
そうしてすべてが整ったのが先月。
すぐに離婚について国王に申請したのだ。
私の失点をローランドはわざとあげつらい、妻として不適格だと宣言したのは、あらかじめ決めていた演技によるものだ。
その方が王太后も納得し、円滑に離婚できると言ったのは、私である。
気分的には良くないけど、王太后に反対されずに離婚するにはどうしても必須だったので、我慢した。
更には、今後のために私自身の評判がひどくならないように、爵位の返上なども申し出た。
領主を任されないとか思われたら困るので。
そして、作戦は成功した。
私は謁見の間から出た後、思わず口元がゆるむ。
もう取り消せないのだから、ちょっとだけニヤニヤしてもいいだろう。
よくある婚約破棄や離婚にしたくなくて、こんな感じになりました(天邪鬼作者)
あとは表からわかりにくい、話しにくい困りごとって色々あるよなと思いつつ……