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14 錬金術の触媒作り

 鉄は魔力を伝導しやすいという。

 だから少しではあるけど、魔力を使う錬金術の道具は鉄製の物が多い。


 もっと魔力を通しやすい物もあるけど、そちらは熱に弱いので、火の魔力を扱うのには向いていないのだ。


 かき混ぜていると、とろんと石が溶けていく。

 そこに魔力を固定するための秘密兵器として、石英の粉を一つまみ。

 やがて中の石は、二色に分かれていく。

 薄赤い部分と、黒い部分だ。


 それから私は、匙で木の器に薄赤い部分をすくって入れて冷やす。

 黒い方はかき混ぜてころんとした玉にしたところで、廃棄用の箱に入れておくのだ。

 これも熱いので、ランプを消して、鉄の器に入れたまま、一緒に冷えるのを待った方がいいだろう。


「固まったら、火の触媒の出来上がり」


「うん、とても綺麗にできてるね」


 リュシアンが褒めてくれるので、ちょっと嬉しい。

 実はこれを作ろうと練習していて、異臭を発生させたとは思うまい。

 仕入れた溶岩石の成分がちょっと悪かったようなのだ。

 火の触媒は作れたものの、とんでもなく臭かったし、ローランドが一週間ぐらい渋面で怖かった……。


(いつ『臭い伯爵夫人なんて前代未聞だ!』って剣を持ち出すかとひやひやしたのよね)


 失敗した原因はわかったのでもう臭いは発生させないけど、それからはびくびくして調合しにくかった。

 先に、錬金術の許可をもらっていたから、禁止されなかったのだと思う。


「冷えるまで少しかかるから、明日の出発の時には渡せると思う」


「うん、ありがとう。これを使うだけでも楽になるだろうから、次に訪問する時までにいくらか作って売ってほしいな。数はどれくらいできそう?」


「うーん、材料のこともあるから、このあたりで見つけられなかったら買い付けないといけないし。でも水はあるから、そっちの方なら一か月に30とか、一種類あたりそれぐらいの数が作れそう」


「自分の健康とか、領主の仕事もあるだろうからほどほどにね。とりあえず西へ行った帰りに寄るから、三十個分のお金の用意をしておくよ。売るのは作れた数だけでいいから」


「お買い上げありがとう!」


 触媒も、そんなに安い物じゃない。

 簡単にできるように見えて、コツをつかんだり、量の調節なんかも勉強が必要な物だ。

 だから師匠にも、値段を下げ過ぎない方がいいと言われている。


 安いと大量注文を受けないと、生活が成り立たなくなってしまう。そうすると、労力のわりに少ないお金にしかならず、自分の体力と健康を削る結果になるからだ。

 私は睡眠を削るぐらいなら、沢山作れる方がいいかな……と思ったけど。


『そう言って、ある日突然倒れてしまう兄弟子達がよくいたもんじゃ。声をかけても、二度と返事をせんのだ。「兄ぃ、ねむいんかぁ」と言っても無言のまま。可愛いさかりの子に最後の言葉もかけられずにいたあげく、残された母子も困窮し……』


 身につまされる話を聞いて、私は師匠に従うと決めた。

 という心温まる師匠との思い出がよみがえる。


 そんな感じでリュシアンとの交渉をしつつ、その日は館へ戻って一休み。

 翌日、リュシアンが出発する直前に、触媒を渡した。


「はい、触媒。これは餞別だから」


「ありがとう」


「あと、こっちは水の触媒三つ。護衛のお礼にもならないけど、受け取ってね」


 あらかじめ作っておいたほうも渡す。


「お礼なんていらないのにな。私の方は、君が錬金術を極めてくれないと困るんだから」


 そう言うリュシアンに笑う。


「また何かあった時には頼るから。お得意様への付け届けよ」


 商売上のことだからと言い訳すると、彼も納得してくれた。


「なるほどね。じゃあありがたく受け取るよ。西の状況が予想以上かもしれないからね」


 リュシアンの言葉に、私は眉をひそめた。


「やっぱり、ベルナード王国はこっちに攻めてきそうな気がするの?」


 リュシアンは戦場に立ったことがある人だ。そうなる前の雰囲気も、予兆も経験している。

 同じような感じがするのかと私は尋ねた。


「まだわからないけど、ベルナード王国の動きが早すぎる気がするんだ。ルース王国を征服する速度が予想外すぎて。その先を目指して、長く準備してきているような……」


 リュシアンの予想に、少し不安にはなる。

 でもその不安を解消するために、リュシアンは行くのだ。


「何かつかめるといいわね。国王は動かなかったから、証拠が欲しいって言っていたものね」


 すでにリュシアンは、何度か国王に警戒を呼び掛けていたそうだ。

 でも、一国を侵略するというのはかなりの国力を必要とするものでもある。

 その先にある自国までは、さすがに無理だろうと楽観視していたらしい。


「うん。私も何度も戦火に巻き込まれるのは嫌だからね。どうにか説得材料を探すよ。じゃあ、元気でシエラ」


「リュシアンも元気……」


 別れの挨拶をしようとしたところで、彼は私の右手をつかみ、手の甲に口づけた。


「えっ、あの?」


 いつも、手を振ってさよならしていた。

 なのにどうして今日は、貴婦人相手でもリュシアンがめったにしない行動をしたのか。

 戸惑う私に、リュシアンが言う。


「とりあえず、後悔はしたくないからね。そこまで切羽詰まってはいないけど、一応」


「一応?」


「まぁ気にしないで。急ぎの用があったら、西の辺境伯のところに手紙をくれたら、受け取れるかもしれないから」


 そう言って、リュシアンは自分の馬に騎乗した。

 やっぱり、ぱっと見は騎士みたいなんだよな、この人と思いながら、遠ざかっていくリュシアンと彼の配下の騎士や兵士達の姿を遠くなるまで見送ったのだった。

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