12 領地へ到着
馬車の外から、ノックと声が聞こえた。
「領主様、館の前に到着しました」
「ありがとう」
答えると、リュシアンが先に降りて私に手を差し出してくれる。
彼の手を借りて、馬車を下りる。
目の前にある館は、想像通りにこじんまりしたものだった。
今まで住んでいた伯爵家の別邸よりは少し大きい。でも白漆喰は改めて塗り直されたのか綺麗な白で、陽の光の下で輝いているようだった。
その館の近くには、城の主塔が見える。
というか石造りの灰色の城の中に館があるのだ。
中庭の一画、城に接した形で館を作っている。
たしか中には、城へ直接出入りできる扉もあったはず。
リュシアンは城の方に興味があるようだ。ぐるりと周囲を眺めている。
「何かがあっても城の内郭の内側だから安全そうだ。中庭には芝が敷いてあるのもいいね。兵士の鍛錬用に土だけにすると、土埃が舞ってすごいから」
「芝を敷くのって、そういう面もあるのね。うちは山賊や対魔物のために兵士を雇うぐらいだから、そんなに人数はいないけど」
「それなら、鍛錬は内郭の外にある訓練場だけでいいと思うよ」
「じゃあ芝の部分は畑にしようかしら……」
「錬金術用の?」
リュシアンの問いにうなずく。
「そう、錬金術用。食事用も作ろうかな。病害とか寒暖差に強い作物とか、研究してみてもいいかも」
リュシアンは目を瞬いた。
「錬金術って作物の品種改良までできるのかい? 色々な材料を合わせるだけかと思っていたけど」
「本を読んだ限り、できなくはないと思うの。基本は魔力に干渉して変化させることだし」
「じゃあ、できたら売ってほしいな。高く買うよ」
リュシアンの申し出に私は喜ぶ。
「ご予約ありがとうございます。とりあえず今日は休んで行って。まだリュシアンは移動が続くんだし」
「そうだね」
リュシアンの応じる声に、ふと言い忘れたことを思い出す。
私は一歩彼から離れて、一礼してみせた。
「それではジークリード辺境伯閣下、私の領地ハルスタットへようこそ」
「お招きありがとう、ハルスタットの領主シエラ殿」
そうして笑い合い、館の中へと入った。
※※※
館の中は、すぐに住めるように整えられていた。
先行していた使用人と、町の人がやってくれていたのだ。
持ってきた荷物も、私の私物と錬金術の道具類、あとは食料とかなので片付けもそれほど時間がかからないだろう。
たぶん、私が錬金術の道具類を片付ける方が遅いんじゃないかな。
二日か三日はかかると思う。
自分で全部やる予定だからね。
まずはリュシアンとお茶をして、部屋で休んでもらっている間に……と思ったら。
「シエラ、城の中を見てみたいんだけどいいかい?」
「あ、それなら私も探検したい」
実はお城生活は初めてだ。
小さな城塞には入ったことがある。住んではいないけど。
なにせもう使われないまま数世紀経ち、ボロボロになった城塞だったから。
それでも残っていた主塔に上がった時は面白いと思ったし、石造りの建物内を歩き回るのは楽しかった覚えがある。
その時のわくわくとした気持ちが湧いてきた。
「古いお城とか、もう絶対面白いじゃない。石造りの建物で長い道とかあったりすると、洞窟ってこんな感じかなって思えるし」
「洞窟? そんな風に思ったことなかったけど、そうか。そうかも」
リュシアンは思い返すような顔になる。
ということは、洞窟に入ったらそんな気分になるわけだ。
「リュシアンは洞窟に入ったことあるの?」
「何度か。雨宿りだったり、魔物討伐の時だったりと色々だけど、考えてみれば石造りの城の中って少し明るい洞窟と同じかもしれない」
「でしょう? 私、かなりやんちゃをして育ってきた方だけど、さすがに洞窟には入ったことがないから。ちょっと憧れがあるんだよね」
果物を探して入った森で、洞窟を見たことはある。
でも怖くて入れなかったのだ。
「洞窟に入って何するんだい?」
「宝石とか、何か掘り出せたり、見つけられたらうれしいじゃない? 基本的には魔物かクマがいそうだけど」
「現実をわかってるならいいんだよ」
そう言うので、たぶんリュシアンは私が洞窟に夢を見てるんじゃないかと疑ったんだろう。
「でも洞窟が楽しそうっていう貴族の女性は初めてだよ。たいてい暗くて怖そうだと言うし、そうあってほしいからね」
「貴族令嬢も貴婦人も、自分で戦いに行く技量を鍛えている人達じゃないもの。私は変わり種だわ」
洞窟のわくわくさとか、トンボの綺麗さとか、魔物の倒し方について騎士や戦士に聞きたがるような貴婦人がいるとは思えない。
「まずは内郭の内部を探検して、主塔へ行きましょう!」
私はリュシアンと館の部屋配置を見に行ったあと、応接室近くの廊下の先にある扉から、城の内部に入った。
主塔や中庭を囲む内郭は、壁でありながら部屋のある建物でもある。
外側には廊下が続き、その横に沢山の部屋がある。
全て石を積んで作られた物で、どれだけの時間をかけて作ったのか……と、石壁に触れながら思いをはせた。
外側へ向かって、小さめの窓が並ぶ長い廊下は、確かに暗かった。
でも光が入るのでそれなりに様子は見えるし、通るのには支障はない。
進むたびにこつこつとした足音が響くのも、なんだか楽しい。
「本当に嬉しそうだね、シエラ」
「うん、とっても!」
元気よく返しつつ、廊下の先まで行く。
そこから外へ。
一度中庭に出たところで、リュシアンが言った。
「そういえば、錬金術の工房はどこにしたんだい?」
「主塔よ」
館からすぐ隣にある古めかしい石の塔。
他の物見塔よりも大きく、円形をしている。
城の主体となる建物で、中は三階分が居住できる場所になっていた。
昔々、ここを城として使っていた頃は、主塔に領主なり貴族なりが住んでいたはずだ。
そのため一階に台所が作られていて、火を扱うつもりで建てられているので……とてもとても、私に都合がいい。
私は主塔の一階を工房にできるよう整えてもらい、荷物を箱のままおいてもらっている。
「見ていく?」
「君さえよければ」
リュシアンがうなずくので、私の工房へ入ることにした。




