118 攻防戦のその後で 2
「やっぱ、領主ちゃんのこと裏切らなくてよかっただろ?」
ロージーの言葉に、ルジェがうなずく。
少し離れた場所に、傭兵仲間がいる。
だからロージーはいつもと違って小さな声で、隣で鉄スライムを火ばさみで拾うルジェに言った。
「使い捨てにしようって相手なんだし、戦場で逃げるのを見逃してもらう代わりにさー、仲間の誰かを魔物にして殺せって言われて、素直に聞く必要ないわけだし」
「うん」
「ルジェが、そういう取引してくれたから、ほぼ味方が全滅した戦場から逃げられたわけだけどさ」
誰もこのことを知る者はいない。
あの魔術師でもある辺境伯でさえ、思いつかなかっただろう。
雇ったルース王国の貴族軍が死に絶えても、ロージー達が生き残った理由。
数が半減したのは本当だったからか、疑われずに済んだのだろう。
命からがら逃げて来た、という話を。
でも違った。
囲まれ、全員が殺される寸前だった。
全滅する前に、傭兵なら使えるとふんだベルナード軍の人間が、取引を申し出て来たのだ。
――これから侵略する予定のアルストリア王国へ入り、そこで仲間を一人魔物化させ、どこかの領主の軍を混乱させること。
アルストリア王国はルース王国よりは強い。
魔術師がいることも知られていた。
だから多少は警戒し、工作をしようとしていたんだろう。
でもロージーは、思った。
そんなの、適当にうなずいて破ってしまえばいい約束だと。
逃げてしまえばこっちのものだとすら思っていた。
心配だったのはルジェだ。
実行したなら、今後もレンデル傭兵隊を見逃す、という約束があったからだ。
ルジェは仲間を死なせたくない気持ちが、ロージーより強い。
だからアルストリア王国の分が悪いようだったら、ルジェは実行したかもしれない。
「領主ちゃん、母さんの剣を治してくれる人だしー」
「うん、まぁね」
ルジェは同意してくれる。
そして少しの沈黙の後、ルジェが言った。
「あの領主様、孤児を助けて勉強もさせてって……。母さんを思い出したんだ」
「そうだよなー」
ロージーもうなずく。
養母の形見を直し、自分達のような孤児を助けて育成していたシエラの姿に、裏切れないと感じたのはロージーも同じだ。
ルジェは、養母のような人を裏切りたくないと思ったのだろう。
「俺達はもともとコウモリみたいな存在だしさ。金をくれれば、去年の味方を敵にして戦う。だから、絶対に味方になる相手の基準を変えちゃいけない」
その時々で変えてしまったら、自分が何をしたかったのかさえわからなくなるだろう。
「それに、上手くあの辺境伯がベルナードを倒してくれたら、ルース王国にある家も取り戻せるかもしれないじゃん? 今のままだと、隠してた物までもってかれるかわかんないし」
「そうだね」
ルジェは微笑んで、うなずいた。
※※※
それから三日後、私はようやく立って歩けるようになった。
その頃には、侵入してきたベルナード軍の全体像が、少しわかってきた。
南の辺境伯領へ向かう街道に、厄介な敵であるリュシアンへの陽動のために二万。
中央のハルスタットを通るルートに一万。
そして約五万の兵が、北の街道を通る方へ向かったという。
これは戦の直後に、リュシアンが西の方へ兵士を偵察に行かせた結果、わかったことだ。
「一応、北側の領地には警告は送っているけど、どれぐらい抵抗できるかな」
リュシアンは思案顔だ。
今、館の広間で、私達は今後のことについて話していた。
いるのは私とセレナ、リュシアンとテオドール、オルターにフリードがいる。
問題は山積みで、話し合うことは沢山ある。
それでも、ハルスタットが大規模な襲撃に遭う可能性は低くなった。
偵察に出た兵士によると、西の方にベルナード軍の部隊が潜んでいる様子はないらしい。
先に出発した軍が全滅したのと、火竜の姿が遠くからも見えたせいもあるだろう、とリュシアンは言う。
「たぶん、火竜の縄張りだから、魔物を使って攻めるのは無理だと考えてくれたんじゃないかな。上手くいけば、ハルスタット周辺の人間は火竜に皆殺しにされて、焼け野原になってると思っているかもしれないよ」
「火竜様様ね」
本当に、ハルスタット領に火竜が棲んでいて良かったと思う。
最初は魔物が少ないのはそのせいかーと思ったり、急に雨キノコを集めるために火ネズミが大騒ぎしたりで、実は大変な土地だったのでは? と思ったけれど。
「それならば、北部から王都へ攻め上り、勝利するまで……。もしくは、その前途が遮られて、どうしても別の進軍ルートが必要になり、火竜を倒すつもりになるまでは、ハルスタットは無事、とも言えますな」
フリードの言葉に、全員でうなずく。
今の所は、こちらへ火竜を倒せるほどの戦力を差し向けないだろう。
「ただ、それまで待っていると、ここは標的になってしまうということでもある。しかも援軍の宛がほとんどない状態で、だね」
リュシアンの言葉には同意する。
つかの間の平和を、のんびりと享受しているわけにはいかない。
「できれば、ベルナード軍をどうにか横撃できればいいんですけど。最も不意をつく場面で、一度でそれなりの打撃を与えることができれば……。攻撃したこちらにも、どれだけの戦力が存在しているかわからずに、手を出せなくなるかな……って」
なんとなく頭に浮かんだことを話せば、他の全員が私をじっと見ていた。
リュシアンが一番先に微笑む。
「なかなか好戦的な意見だけど、効果的だね」
「攻撃は最大の防御とも言いますし……」
「ですな」
考え込むようにつぶやいたのはフリードとオルターのジークリード辺境伯組だ。
テオドールは真面目な表情で言う。
「領主様が実行なさるというのなら、私としては反対いたしません。どちらにせよ、本当に平和に生きるためには、いずれぶつからなければならないのですから」
避けたからといって、いつまでもそっとしておいてくれるわけではない。
火竜だって、倒そうと思ってできない相手ではないのだ。
面倒だから、避けてくれているだけ。
だからみんな、戦うことには意義がないらしい。
「そういう意味で、ここは拠点としては悪くない町だよ。小さいながら、北への道がないわけじゃない。ジークリード辺境伯領としても、西と、王都を陥落後に東からも挟撃されるのは嫌だから、今のうちに叩いておきたいし……」
そしてリュシアンは私の顔を見る。
「軍の通行をご許可願えますか? ハルスタットの領主殿」
「もちろん」
うなずいた私は、言い添える。
「だけどその時には、私を連れて行ってください。もちろん後方でいいので」
「え、領主様まで!?」
テオドールが驚く。自分だけ派遣されるとか、そういうのを想定していたのかもしれない。
「さすがに危険です。こちらで作った物を、運ばせるのだとばかり思っていました」
セレナも渋面になる。
爆弾をここで量産して、リュシアンの援護をするつもりだと思っていたようだ。
私もそれは考えたのだけど。
カールさんと先だって話していて、決めたのだ。
「実は、良い素材が北にあって……」
そう言うと、セレナとテオドールがため息をついて顔を覆った。
「嫌そうな顔をしないで、二人とも。だって私が行かないと、素材が見分けられないから、どうしたって行かないと」
そこでリュシアンが仲裁してくれる。
「まぁ、素材が見つかったら戻ってもらえばいいよ」
「そこが落としどころでしょうかね……」
「領主様は言い出したら聞かないお方ですから」
やれやれといった顔をされたものの、二人も納得してくれた模様。
みんながいればきっとこの国を守ることができる。
だから……一度は後悔しそうになったけど、この領地をもらって本当に良かったと、私はそう思ったのだった。
ここらでひとまず完結といたします、お読みいただきありがとうございました!
楽しんでいただけましたらご評価いただけると幸いです!
また、https://ncode.syosetu.com/n8233kw「 ニセモノ令嬢から帝国皇子の愛され侍女になりました」もお読みいただけたら嬉しいです!




