114 援軍と災難と救いと
その場に、座り込むかと思った。
だって、今までにないことが起こったから。
「未来が、変わった……?」
ジークリード辺境伯軍は、ベルナード軍に立ち向かってくれる。
べるナード軍も、急いで魔物を増やしたみたいだが、それで辺境伯軍が止まることはなかった。
巧妙に前列の兵が足止めし、背後からの矢と、二列目の兵が突撃を繰り返して魔物を斬り倒していく。
残るベルナード軍の兵士達は、戸惑うように足を止めた。
こんなはずじゃなかったんだろう。
援軍が、小さな小さな領地に来るわけがなかった。
たとえグレイ伯爵家の土地だったとしても、本領地が遠くにあって半ば放置されているような場所だった。
たぶん、魔力を持つ子供を探しながら情報を集めていく時に、そう思ったはずだ。
なのに妙な抵抗をされて。
でもハルスタットの軍が少ないことはわかったから、城を落とそうとした。
こちらがどれだけ抵抗しても、魔術師が一人ぐらいいたとしても、魔物を沢山使えばいけると考えていたはずだ。
なのに、ぶつかりたくない紋章を持つ家の軍がやってきたのだから……。
「リュシアンの兵は、一万……と少しぐらい、いるかしら」
とにかくリュシアンの軍は、あれから動ける者が半分に減ったベルナード軍の二倍と少しいるように見える。
素早く動けるのは、ほとんどが騎馬だからだろう。
ベルナード軍は、さらに魔物を出現させていた。
でも、すぐに炎とともに消滅する。
「リュシアンだ」
あんな魔術を使える人を、他に知らない。
大樹の魔物も一気に魔術の炎に包まれ、炎上したまま動かなくなった。
一方で、城の方へ来ていた魔物達は、簡単な命令しか聞けないようだ。
ベルナード軍を助けに行くわけでもなく、外壁を壊す作業を続けている。
そちらはテオドールが戻り、また先だってと同じように魔物への攻撃を開始。
少しずつ減らしていったのか、やがて外郭への攻撃音はなくなった。
そのうちに、ベルナード軍は移動を始めていた。
数をさらに減らされた状態で、潰走していると言っていいだろう。
「勝てた」
ほっとしてつぶやく。
良かった、これで、私は死なずに済む。
退却していくベルナード軍を見て、そう思ったのだけど……。
重低音の叫び声が轟く。
声だけで、体の奥まで振るわせられるようだ。
でもこの声の主は間違いない。
遠くから炎が上がるのが見えた。
街道とは違う場所。
もしかすると、裏道の方ではないだろうか。
そこに移動していたのかもしれない。
――自分の住処を騒がせた者達は、ここにもいるのではないか? と。
(……こんなにも火竜が外に出続けると思わなかった)
街道からベルナード軍も私達もいなくなれば、火竜は火山の洞窟へ戻ると思ったのだ。
子竜がいるからこそ、長く外にはいないだろう、外敵を蹴散らしたら戻ると想像していた。
でも、一度暴れ始めると、火竜は気が済むまで憂さ晴らしする質のようだ。
やがて、羽ばたきの音とともにあの火竜が急接近してきた。
迫るその姿に、恐怖を感じる。
思わず足がすくむぐらいには。
今、一番騒がしいのは城の外郭。
そしてちょうど火竜の方へ移動しようとしてしまった、ベルナード軍だ。
炎がある場所に、火竜が引き寄せられるように降下して……。
一斉に逃げようとするベルナード軍に炎を吐き、火で何もかも見えなくなる。
まるで、都市一つが炎上しているような有様だ。
ジークリード辺境伯軍の方は、すでに止まっている。
逃げ去るよりも、とどまって静かにすることを選んだようだ。
それは、火竜には適した方法だったみたい。
火竜の視線は、ジークリード辺境伯軍ではなく、まだ炎が上がっている城の方へ向く。
「うそ……」
そう言っても、なかったことにはならない。
そして火竜がこちらに体の向きも変えてしまう。
私は急いで近くのバリスタに飛びつく。
そして側にいた兵士に言った。
「これ……これを打ち出して、火竜に!」
矢に括り付けたのは、白い結晶だ。
それを布で外れないようにしておく。
万が一にも、火竜が街道から来てしまった時のために作った物だ。
けど、本当に使うことになるなんて。
「わかりました!」
兵士はもう一人仲間を呼んで、私の身長より大きなバリスタに矢を装填して、矢の先を火竜に向けた。
「ええいっ!」
兵士は震えながらも、役目を果たしてくれた。
辺境伯家から来ていた兵だったおかげか、とてもバリスタの扱いが上手かった。
なにせ、動いている火竜にきちんと当たったのだから。
当たった矢は、火竜のうろこが硬すぎて刺さらない。
でもその瞬間、水飛沫が広がる。
ぶつかると拡散する、水を固めた調合品だったからだ。
ただの水では効果が薄いかもしれないので、雨キノコも材料に使っている。
でも水飛沫はほんの一瞬だ。
すぐに全て地面に落ちていく。
けれど、火竜はそれで少し気がそがれたようだ。
動きを止め、きょろきょろとあたりを見回す。
近くにいるのは、燃え尽きそうなベルナード軍。そして少し離れた場所の、動きを止めて静かにしているジークリード辺境伯軍の集団だ。
「すまないけど、帰ってくれないかな……」
だめだろうか?
でももう一回同じことをしたら、絶対に城に誘導することになってしまう。
それは避けたい。
手詰まりになったところで、誰かが来た。
空を飛んで。
「シエラ!」
「リュシアン!?」
黒の生地に金モールの飾りがついたマントは、軍装なんだろう。
それ以外の服装も、闇に紛れるような黒なのは、魔術師でありながら騎士としても斬り込んでいくからなのか。それとも、少しでも長く領主として居続けてほしい人々が、目立たない軍装を着せているのだろうか。
でも、リュシアンの淡いベージュ色の髪がとても引き立つ。
風を受けて靡く髪に、「ああ、本当にいるんだ」という気持ちになる。
幻じゃないかと思ってしまいそうだったから。
心の中に、「来てくれた」という思いが湧き上がる。
直近の未来でも、リュシアンが来てくれる姿はなかったから、あきらめていたのだ。
理由も想像がつくからこそ……。
しばらくぼんやりと見上げてしまってから、私ははっと気づいた。
そんな目立つことして大丈夫!?
とにかく今は火竜の視線が怖い。
確認したけれど、まだ火竜はこちらを向いていなかった。
よかった。




