113 戦には意外性がつきもの 2
こちらのやってることがよくわからなかったベルナード軍は、動きが遅れた。
燃える砂が風に飛ばされてベルナード兵士に届く。
とたんに、もだえ苦しむ兵士達。
どうしてそうなるのかと言えば、まず、燃える砂の熱さでやけどをする。
しかも防御するはずの鉄鎧や、革鎧をつなぎ合わせている金具などが、石スライムと鉄などを混ぜて新たに作った、鉄スライムによって同化されていき、鎧としての形を保てなくなる。
そこにさらに燃える砂が入り込むのだ。
そこにテオドールが矢を撃ちこむ。
兵士のほとんどを動員して、ありったけの矢を撃たせていた。
その間も、外壁にとりついていた魔物は暴れていた。
やがて、どこかの外壁に穴が開いたようだ。
でもすぐに、兵士達が対応してくれるはずだ。
ただ、これ以上外壁が壊れないように、内側ではあまり爆弾を使えない。
そして領民には危険だからと、急いで凧の手伝いをしていた人たちを外郭から逃がした。
「油を撒け、火矢を射ろ!」
テオドールが外郭上にいる兵士達に、次の手を指示した。
侵入しようとした魔物や、外壁にかかるように油が撒かれた。
そしてすぐ、用意された火矢がいくつも撃ち込まれると、魔物ともども外壁が炎に包まれる。
炎にさえぎられて、進んで来たベルナード兵達もこちらに近づけない。
しかし、それならばと炎が上がっていない壁に向かって、新たな魔物を
「アダン! メリーとマティアスを連れて内郭へ移動して! そのまま他の領民と一緒に避難路へ行くのよ!」
これ以上は無理だ。
入り込まれた時に、内郭へ逃げ込めなくなるかもしれない。
兵士達の数がまだそろっている間に内郭へ行き、そのまま脱出を始めてもらおうとした。
「まだ……!」
アダンが言いつのろうとしたところで、マティアスがぎゅっとアダンにしがみついた。
メリーもさすがに不安そうな顔になっている。
それに気づいたアダンは、悔しそうな顔をする。
「二人を任せたわ、アダン。守ってあげてね」
やるべきことがあると思えば、逃がされたという気持ちは薄れるだろう。
そう思って言うと、ようやくアダンはテオドールが指示した兵士と一緒に外郭から遠ざかってくれた。
ふぅと息をついたところで、テオドールが言う。
「領主様、あなた様もお逃げください。そろそろ次の魔物がやってきます」
テオドールに言われる。
私はアダン達よりも足手まといだから、逆らうつもりはない。
「わかったわ。最後に、これを」
テオドールに火山にあった炎の魔石を渡す。
小袋に入った物だ。
「私は魔術を使えませんが?」
「大丈夫。次の魔物が来たら、今みたいに油で火をつけて。そこに、爆弾と一緒に投げ込むだけでいいの。ある程度の損傷は与えられるはずだから」
「承知いたしました」
テオドールは即答した。
詳しい説明をする時間がないのは、双方よくわかっていたし、敵を倒せるのなら、なんでもいいと考えたのだろう。
「気を付けて。あなたは素晴らしい騎士だし、後で領地を立て直すにしても、守り続けるにしても、あなたがいないと困るわ」
テオドールが微笑んだ。
「そう言っていただけて良かったです、なるべく生き残ります」
そう言って、テオドールは一礼した。
私はうなずいて、その場を離れる。
兵士がついて来ようとしたけれど、人手が足りないだろうと断った。
内郭まではすぐそこだ。
走っている間にも、何かがぶつかる振動とか、爆発音が重なって不安で足が震えそうだったけれど。
内郭へ入ると、内庭は避難路へ向かう人の列ができていた。
戦えない人達が先で、内郭にいる兵士達がきちんと整列を促している。
おかげで、順次避難路に入れているようだ。
指示を請け負ったセレナが、その中にいるのがわかる。
そんな様子を後目に、私は内郭の見張り塔から上へ。
状況を知りたい。
それに、さっきの一か八かの方法が、どんな効果を生むのか確認しなくては。
ようやく上がり切ったところで、見張りをしていた兵士にびっくりされた。
「領主様!?」
内郭の上にいた兵士達がわらわらと集まってくる。
彼らも詳細を知りたかったのだろう。
遠目からは、交戦しているのがわかるけれど、どれくらいの状況なのか細かくはわからないから。
「ちょっと外郭の方が危ないのよ。状況が知りたいから上がって来たわ。一応バリスタを用意させておいて」
私の言葉に、隊長格らしい兵士が号令をかける。
兵士達も配置について、すでに持ち込んでいた大きなバリスタにとりつく。
そして私は、外郭の方を見た。
ここからだと、外郭の壁の直下はよく見えない。
ただ、外郭の内側に待機している兵士達はまだじっとしている。だから、穴をあけられてはいないのだろう。
その中に、傭兵隊もいるのが見える。
彼らがいれば、多少の侵入なら大丈夫だと安心できた。
一部、大変そうに働いている兵士達もいる。
さっき壁を破られて、石スライムで穴を塞いだ場所のようだ。
石スライムはこんがりと焼けるとただの石になるのだけど、まだ元気なうちは炎が迫ると逃げようとする。
そして、逃げるとぽっかりと穴が開いてしまうのだ。
そんなわけで、石スライムには悪いけれど、逃げた箇所には石を投げ込んで塞ぎ、焼けて石になったスライムの上に積み上げることで、穴を塞ごうとしているんだと思う。
魔物もそこを狙おうとし、上にいる兵士達は炎でなんとか撃退しようとしているので、石を運ぶ人も大変そうだ。
その作業が終わって、一瞬静かになった時だった。
少し離れた箇所に、岩が飛んできたのがわかる。
地響きに、思わず矢狭間にしがみついた。
収まったところで顔を上げると、外郭の向こうにやたらと大きな魔物の影がある。
「あれは……」
木だと思う。
蔦が絡み合ってできた大樹。
近くにいたら、見上げるほど大きいに違いない。
その木の枝がしなるように動いて、何かを投げつけている。
「蔦の魔物の、上位種みたいなものかしら」
大樹の魔物は、岩や、実のように成っている物をなげているようだけど、威力が今までに見た物とは違った。
一撃で、外郭の上部の岩がぶつかった個所が吹き飛んだ。
「私が、死んだ時の攻撃、これだ……」
蔦の魔物の攻撃は確かに危険だったけれど、妙に小さい気がしていたのだ。
恐怖で錯覚していたのかと思ったけど違う。
何も考えずに対応していたなら、これはあっという間に外郭も内郭も壊されて、全滅していただろう。
今までベルナード軍があの魔物を出さなかったのは、何かしらすぐに出せない理由があったのに違いない。
テオドールは外郭の下にいた兵士達を退避させたみたいだ。
内郭に近い、ベルナード軍の正面を避けた領域へ二手に分かれて移動している。
がれきが降って来ただけでも死ぬだろうから、兵力を温存するためにはそうするのが適当だろう。
テオドールの方は、残っていたらしい凧を上げ、再び石スライムと火の魔力が合わさった粉をばらまいた。
木なら、火で効果があると思ったのだと思う。
粉が降りかかった大樹は、少し痛がるように身をくねらせる。
でも、決定打にはならない。
そのうちに、別の魔物達が炎であぶられてない壁にとりついたらしい。
振動でわかる。
外郭の上にいる兵士達が、再び油を撒き、火をつけた。
さらに強い爆発が起きる。
外郭の壁を壊すまでには至らなかったけれど、とりついていた魔物が吹き飛ばされるのが私の方からも見えた。
舞い上がって落下後は動かなくなったので、魔物を十匹ほど、一気に倒せたはずだ。
頼んでいた通り、渡していた魔石と爆弾を使ったんだろう。
魔物を少なくできるのならそうしたい、と思って渡した物だ。
魔力を帯びている爆弾と一緒なら、魔石もその魔力によって触発されて、爆発の手助けになるだろうと計算してのことだった。
テオドールはそこで、ようやく兵士達全員に避難を命じたようだ。
戦闘をしていた箇所から遠ざかっていく。
あの大樹の魔物はまだいるから、投げられる物で即死させられるかもしれない、と思ったのだろう。
それでも、戦況を見極めるため、テオドールは距離をとりつつも外郭の上から降りることはなかった。
再び轟音がした。
外郭に穴が開いた。
炎があるから、なかなか踏み越えてはこないけれど、魔物達がまもなく出てくる。
退いていた待機の兵士達が整列をした。
槍と盾を構えるのが見える。
魔物が侵入したら戦うつもりだ。
私は内郭側を見て、壊されゆく外郭を越えて上がる炎を見つめながら、祈る。
(あともう少し……)
振り返ると、内郭の庭に、人の姿はほとんどなくなっていた。
急いで避難してくれている。
でもまだ、避難の列が残っていた。
彼らが避難したら、もう目を引き付ける必要はなくなるから。それまではなんとか持ってほしい。
私が祈りながら、唇を噛みしめた時だった。
――どこからか、ざわめきが聞こえた。
ベルナード軍の方からだ。
魔物でも暴れ出したのかと思ったが、そうではない。
じりじりと進軍方向を変えている。
前にも進めず、侵入してきた裏道へ戻るような動き。
どうして……。
私はベルナード軍の動く方向とは反対を見た。
「あ……」
遠くに、きらめく物がある。
ハルスタットまで至る山の斜面。
その方向には、南からの道がある。
じわじわと沢山の人馬の姿が冷えてきた。
青に、金の色で光できらめくよう紋章が刺繍された、三角の旗。
風にはためくその紋章は間違いない。
「ジークリード辺境伯の、軍」




