112 戦には意外性がつきもの 1
それからしばらく、私は外郭の中で少し休ませてもらった。
丘の上で高い場所にあるおかげで、矢の心配はない。
時どき爆発音が響くが、まぁ、こちらが抵抗出来てる証明なのでよし。
「沢山爆弾を作っておいてよかった」
「本当に、すごい量でしたよね」
時々手伝っていたニルスが同意してくれる。
薬を作った後は、ひたすら爆弾ばかり作っていた気がする。
工房の二階は、ほぼ爆薬用の部屋になってしまったくらいだ。
それでも、心もとない。
材料はまだあるけど、いつかは尽きると思うと恐ろしい。
「生き残れるかな……」
思わずつぶやいてしまう。
「これだけ努力したのです。城を守れなくとも、逃げることは成功できると信じています」
ニルスはそんな言い方をする。
大丈夫ですよ、なんて甘いことは言わないのが気に入った。
信じてくれるなら、がんばろう。
それに、援軍のことも言わないでいてくれるのもありがたい。
(援軍が来てくれないかなと思うと、逆に不安になってしまう……なんてね)
間に合わないまま死ぬ未来を見てしまったから、希望にすがるのが怖いのだ。
なにせ私は、元々は特別な人間じゃない。
ずっと周りに翻弄されて、隙間を縫うように生きてきただけ。
怖いから、誰かに頼らせてほしいという思いは、いつも心の中にある。
今でも私は英雄でもないし、賢者でもない。
ちょっと錬金術ができて、人のおかげで未来を垣間見ることができるだけ。
普通の人よりは、だいぶんよさそうに見えるけど……これがただの令嬢の立場だったり、どこにでも逃げていける独り身の商人でもなく、私は代わりに責任を負ってしまっている。
(領民や兵士の命を全部背負うのって、なかなか重たい……)
テオドールが、決定した責任を分け合ってくれているけど。
それは兵の行動のみに関してだ。
全体の方針を決めたのは私だ。
みんなが死なない未来を目指して。
少しでもマシになるように。
(あー。一番マシなのは、ベルナード軍を撃退して、侵入できなくさせることだけど。次点は、みんなで逃げおおせることかな)
今は、撃退が絶対にできるという自信がないからこそ、次点を目指して行動している。
逃げる隙を作れて、兵士も撤退させられたら私の勝ちでいい。
そのためにも、あと半数。
ベルナードの兵士を減らしたい。
相手の兵士も人間だとか、そんなことは今考えられない。
私が何もしていないのに大切な人達を殺そうとするのなら、それは魔物と一緒だと思うから。
考えことをしていると、一度だけうとうととする。
でも、もう夢は見ない。
カールさんもまだ回復していないし、これ以上の未来は、これからの行動にかかっているだろうから。
そして……。
「領主様、敵軍が動き始めました」
ニルスの声で、目を開ける。
「起きられますか? もしそうでなければ、やり方はご指示いただいたので、私どもですすめますが」
執事になりたかったニルスは、こういうところでも細やかな配慮をしてくれる。
でも、正念場はここだ。
そして自分の行動の成果を見たい。
だめだったら、また違う手をすぐに考える必要があるから。
「ううん、行くわ」
そして外壁の上に戻る。
吹きさらしの中で、私の髪がなびく。
テオドールが私を振り向いた。
「領主様、お加減はどうですか?」
「少し休ませてもらったから大丈夫。あなたは? テオドール」
「私はこれぐらいなら大丈夫です。あと、準備も終えています」
テオドールの側には、袋があった。
どれもやや大きめの袋状になっている。
おあつらえむきに、風も強い。
「凧は飛びそうね。敵は……もう少しね」
じわじわと、ベルナード軍は前進してきていた。
先頭は、やっぱり魔物だ。
でも岩を投げてくる、蔓を固めたような植物の魔物が多い気がする。
そもそも魔物が多い。
30匹はいるんじゃないだろうか。
「一気に壁を崩して突入してくるつもりかしら?」
「だと想像しております。そうすると、兵士が近づいてくるのは後になりそうです。作った紐から考えると、もっと近づいてほしいですね」
ベルナードの兵士を減らしたいのに、遠くにいるとこの作戦が使えない。
……さっき思いついたことだから、元々紐なんて沢山用意してなくて、多めに仕入れていた布から作ったせいだ。
テオドールがもっと近づいてほしいと言うのだから、100メートル以上にはならなかったはずだ。
「風は……」
風向きを確認する。
けっこう強い風が、背後から吹き付けている。
「多少なら遠くても、全体に飛んで行ってくれると思うわ」
「では、魔物が壁にとりついた時点で凧を上げます」
テオドールの指示に、協力者である町の人達が配置につく。
凧を飛ばすだけなので、剣を使う必要はないので協力を要請したようだ。
凧とつながる太い紐は、床に差し込んだ複数の楔につないで、簡単には飛んでいかないようにしてあった。
そして、外郭が振動し始める。
魔物達がたどり着いて、外壁を攻撃しているんだろう。
さらに、先ほどまでの攻撃でくずれた岩を利用しているのか、外壁の上部にも岩が飛んでくるようになった。
一度、とんでもない轟音が響いて、揺れたせいで立つのが難しくなる。
そして「崩れたぞ! 巻き込まれた人間は!?」という声が聞こえる。
ああ、外壁が壊されたんだ。
誰かが巻き込まれたかもしれないと思うと、ぞっとする。
「けが人を運べ! あとは大丈夫だ」
そんな声が聞こえてしばらくすると、階下から上がって来た兵士がテオドールに報告した。
「騎士様、階下の壁が魔物の投げた岩で壊されまして、二人負傷。今運びまして、後方で治療をしています」
「わかった。どこも危険になるから、町民はなるべく避難させるように。破られた場合に備えて待機の兵は、外郭の壁際から少し離れることを通達」
「承知いたしました」
報告した兵士が、現場へと走り去っていく。
死人はいなかったようだ……。よかった。
「テオドール、始めましょう。風で飛んで届くと思います。そして凧を上げたら、意識が他には向きにくくなると思うので、領民には避難の指示をお願いします」
「わかりました」
強い風が、人の三倍はありそうな高さの凧を高く空へ舞いあげる。
紐が届く限りの上空へ舞い上がった凧は風に流され、ベルナード軍の兵士達の近くへと移動していく。
これなら、きっと届く。
「射ろ!」
テオドールの号令で、控えていた兵士達が火矢を放った。
何本か外れたものの、十数個もある凧の全ての下、垂れ下がった布袋に矢は刺さり、そこから燃えながら砂が飛んでいく。




